第4話

やがて大広間についた静哉達は、各々好みの席に座り、教皇と名乗ったあの老人の説明を受ける運びとなった。ちなみに静哉はもっとも目立たない端の席をとったのだが、しれっと隣に座ってきた絢音の影響により再び注目を集めることになった。静哉は微妙な表情をするも、あえて何も言わない。一度口を出してしまえばろくなことにならないと学習したからだ。



「それでは説明をさせて頂く……といいたいところなのですが。勇者様方もお疲れでしょうし、まずは一息ついてからですな」



シャン、と錫杖を鳴らすと、全員の目の前に水の入ったグラスが現れる。グラスの側面に浮かんでいる水滴からして、よく冷えているのも間違いないようだ。今回も魔法らしい魔法を使ったことにより、生徒たちが驚きの声を漏らす。その声の色に、若干の興奮が混じっているのは気のせいではないだろう。人知れず静哉は舌打ちをする。



(クソッ、うまく生徒を取り込みやがった。《魔》を使ってる以上、例えいくら便利に見えても裏があるってのは確実だってのに)



心の中で悪態をつくも、高校生の好奇心などそうそう抑えられる物ではない。静哉はこの光景を苦々しく見つめることしか出来なかった。



「ホッホ、そこまで驚くことではない。ささ、まずは一杯お飲み下され」



生徒たちが躊躇せずにコップの中身を傾ける中、静哉と絢音だけは口にしない。魔法で作られたものである以上、体に害を及ぼさないとは限らないからだ。



「(……一応解析してみたところ、中身はただの水ですわね。飲んでも影響はありませんが……)」


「(……警戒するに越したことはないな。手は付けないでおこう)」



そんな静哉達の内情を知ってか知らずか、教皇の話が始まった。



「さて、ひとまず落ち着いたところで、私の話を聞いていただきたい」



彼の口から語られた内容は、それはもう胡散臭いものだった。


この世界には巨大なラースと呼ばれる大陸が一つ、そして東の方に小島が点々と存在しており、この国は大陸に存在している人間国家のひとつであるという。人間国家と言ったのは、なんとこの世界には人間以外の知的生命体が存在しているらしいからだ。俗に言う亜人である。


その亜人の内の一つ、魔人の国家が人間国家に宣戦布告をしてきたらしく、現在人間族は危機に晒されているという。只でさえ魔獣と呼ばれる脅威に直面しているというのに、これではどうしようもないと。そんな事情で、対抗できるであろう勇者を召喚したという話だ。



「……説明は以上でございます。なにか意見は御座いますかな?」


「お待ちくださいアンタレスさん。教師という立場からして、教え子を戦争に駆り出そうとするのは見過ごせません。即刻私たちを元の世界へと返してほしい」



教師である及川が立ち上がって抗議の言葉を口にする。確かに、教師という立場からしてみれば生徒を危険にさらすような事は言語道断といった所だろう。



「ふむ……少々勘違いしておられるご様子。我々としても勇者様方を積極的に戦わせようと思っている訳ではありません。ただ、強大な抑止力になっていただこうと考えているだけでございます」


「抑止力? 私達に特別な力などありませんよ」


「いいえ、我らが神が直々にお呼びになった方々です。特別な力が授けられ、力も大幅に上がっている事でしょう。その件に関しては後程自らの目で確認していただけると」



より困惑を深める及川であるが、そんなことは露知らず、より興奮を高める生徒達。静哉達からしてみれば実に暢気なものだと思わざるを得ない。いくら力を得るとはいえ、あくまでそれは戦いの力。持ってしまえば否応なく戦乱に巻き込まれてしまうのは当然の摂理である。そのことを理解しているのであればいいが、この調子では理解など到底望めないだろう。静哉は頭を抱えた。



「……そうですね。その役目は俺たちにしかできないものなのでしょうか? アンタレスさん」



そして次に発された言葉の主を見て、静哉はさらに頭を抱えることになる。



(よりにもよってお前かよ稲葉……!!)



頼むから余計なことを言うなよ、と内心で必死に祈る静哉。



「ええ。どこにも代わりはおりません。だからこそあなた方を呼ばせて頂いたのです」



だが、彼のそんな願いは無残にも打ち砕かれ。



「……わかりました。なら、俺は協力します。その戦いを止めるためにも」



一気にざわつく大広間。嫌な予感が形となってしまったことに、思わず静哉は天を仰いだ。



「……淡浪ぃ」


「……どうしました?」


「……あのバカなんとかして」


「……」



無言。もはや手の施しようがないということを、これ以上ない程に如実に表している。


稲葉がただのバカであれば問題はなかった。ただ、彼には非常に強い影響力があると考えると話は変わってくる。人間というのはポリス的動物、すなわち集団に合わせるのが基本となる存在であるため、その集団のトップが方向性を決めてしまえば、それに従わなければいけないという空気になってしまうのだ。稲葉にその意思があったかどうかというのはもはや関係のないことである。


もうちょっと集団のリーダーという自覚が欲しかった、そう思いつつ瞑目する静哉。もはや完全にこの場を放棄している彼であるが、さすがにこの状況をひっくり返せというのは酷であろう。それがわかっているからか、絢音もため息をつくだけで何も言わない。


次々と稲葉に賛同し、参加の声を上げる生徒達。教師である及川も困惑しているが、このまま生徒達を見捨てるわけにはいかないと考えたのか渋々参加を表明する。


そして残ったのは、静哉達二人。いまだ手を上げない二人に対して、全員の視線が向く。



「……えっと、絢音と神裂君はどうする?」


「その話、拒否権あんのか?」



片目を開けつつの静哉の返答。それに戸惑いつつも頷く稲葉。



「ああ。戦いたくない人を無理には戦わせられないからね」


「そうか。ならパスで」



彼の返答に騒然とする生徒達。「信じられない」「腰抜けかよ」など意見が飛び交うが、いずれも好意的ではないものだ。一方の静哉はそんな罵倒などどこ吹く風。だるそうな表情を浮かべて再び瞑目する。



「……えっと、絢音は?」


「ごめんなさい。私もちょっと……すこし考えさせてもらえないかしら?」



困惑の表情を浮かべながら、今度は絢音に尋ねる稲葉だったが、その絢音にもにべもなく断られてしまう。今度はクラスのトップカーストが参加を断ったのだ。参加は強制ではない以上、まさか罵倒を飛ばすことも出来ず、生徒たちは静まり返ってしまった。


様子をうかがっていたアンタレスがここで話に介入してくる。



「では、大筋は決まったようですな。参加するにしろしないにしろ、一先ず力を測るために王城へと向かわねばなりません。王城へ向かえば皆様が休憩できる個室も用意されています。後々のことはそこでゆっくりと話し合った方がよろしいかと……」

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