酸っぱいリンゴと桜散る

@kuronekoya

酸っぱいリンゴと桜散る

 弘前公園の桜は入学式のシーズンではなくゴールデンウィークに満開になる。

 そして僕は今日、飛び石連休後半の平日、予備校をサボってひとりで弘前公園に来ていた。


 行きたかった大学に落ちた。

 地元の国立大学には後期試験で受かっていたけれど、親に頭を下げて浪人させてもらった。

 行きたかった大学の二次試験、手応えというか、ちゃんと勉強していればほとんど解ける問題ばかりだったじゃないか、と思ってしまったのだ。

 試験の前後に少し歩いた街の雰囲気もとても気に入ったし。


 高校時代、あまり真面目に勉強してはいなかった。

 全国模試の志望校に「フェリス女学院大学」と書いたらA判定がついて、友達と「女子大生になれるじゃん」と大笑いしたり。

 イケメンでもないのに女の子をデートに誘っては玉砕したり。

 同じノリで本気で好きだった子に告白して玉砕したのはここだけの黒歴史だ。


 部活はわりと熱心にやっていたけれど、全力を出し尽くしたか? と問われれば勉強同様完全燃焼したとは言い難かった。

 もっとやれた、もっと練習すればよかったという後悔ばかりが残っている。


 その頃の僕は、と言ってもほんの2ヶ月前だから今もあまり変わっていなけれど、本当に将来のことなど何も考えていなくて、地元の国立大学に受かればいいやと思っていて、たぶん合格できる程度の成績はキープしていて、そして本当に行きたかった大学名を書いてD判定とかつくのが怖かったのだ。


 イソップ童話の酸っぱいブドウのように。


 なのに予備校に通い始めてほんのひと月で、志望校の二次試験から帰ってきた夜、親に頭を下げた時のあの気持ちのたかぶりは既に薄れてきていた。


 そんなことを思いながら、観光客は多いものの地元の人が少ないせいか「比較的」混んでいない弘前公園をひとりぶらぶら歩いていたら中学時代の同級生の子と会った。


 昔はなんというかりんごほっぺの地味子だった。

 ぼっちとかいじめられるような子ではなく、地味な子どうし学校では一緒にいる、みたいな。

 たぶん。


 たぶん、っていうのは当時は特に仲良くもなかったから。


 僕はわりとうるさい男子のグループというか、「イケメンじゃないけど勉強できるから一軍半」みたいな立ち位置で、彼女とはほとんど接点がなかった。


 久しぶり! と挨拶した。

 彼女は地元の私立大学の短期大学部に入ったんだそうだ。

 高校もそこの付属だったから、よほど素行と成績が悪くなければ入れちゃうんだそうで、大学は連休中の平日なんて休講ばっかりだよ、と笑った。


 彼女の笑った顔は初めて見た気がした。

 化粧のせいだけではないだろう、素直に可愛い、と思った。

 僕の記憶の中の彼女は、うつむいていているか、地味女子で集まってこちらには背中を向けているかだったから。


 私服姿も気取りすぎず、地味すぎず、控えめな化粧と明るい笑顔によく合っていて、こんな子だったのか、って初めて気づいた。


 今度一緒に映画でも行かない? と誘ったらOKしてくれた。

 玉砕しなかったよ!? もしかして女の子をデートに誘って断られなかったのって初めてじゃね?


 数日後連休も明けて予備校に向かう途中、ちょっと寄り道をして弘前公園の堀端を歩いていると、連絡用にと交換していたアドレスにメッセージが入った。


 弘前公園の堀の水面は散ったばかりの桜の花びらで埋め尽くされて一面さくら色に染まり、「花筏」なんて最近は呼ばれている。

 すぐに色あせてしまうから、これを見ることができるのはほんの数日のあいだだけ。

 なので天気のよい今日、早起きをして寄り道してみたのだった。


 ちょっとだけ浮かれた気分でスマホをタップ。

「合コンで知り合った地元の国立大学の人と付き合うことになったから、映画はナシで」

「ごめんなさい」

 立て続けに2件のメッセージ。


 今は予備校生で、たぶん一年後にはこの街にいない僕。

 クラスでの空気というか立ち位置をちゃんと把握できて、高校デビューか大学デビューかわからないけれど、きれいになった彼女。

 彼女にとって、少なくともあと4年は一緒にいられて、もしかしたらその後も地元に残るかもしれない男性。

 そう、中学時代の立ち位置同様、的確で現実的な判断だ。


「やったね! 仲良くね」

 と返信して。

 この届かなかったリンゴは酸っぱかっただろうか? と自問。

 酸っぱいに決まってる、いや酸っぱくあって欲しい。


 っていうか、逆に来年のゴールデンウィークに帰省してきたら、大学を卒業してこっちで就職したら、もったいないことをしたと彼女に思わせてやりたい。

 そもそも僕だってその彼と同じ大学に合格はしてるし!


 ・・・いや、まあ、また偶然会うことでもなければ、そんな機会はもうないのだけれど。

 ・・・でも、せまい街だから、戻ってくればまた偶然会うこともあるかもしれないけれど。


 うん、黒歴史がまたひとつ増えたな。

 ため息をついて、その場で少し伸びをする。


 とりあえず勉強しようか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

酸っぱいリンゴと桜散る @kuronekoya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ