久留里と回帰

空牙セロリ

久留里と回帰

 1



 死にたくない。死にたくないわ。なんで私が死ななくてはいけないの。


「すまない。これも国のためなんだ」


 ねぇ、父上。それは私でなければいけないの。なんで私なの。


「すまない……すまない……」


 しにたくない。いけにえなんていやよ。


 泣きたいのに涙は出てこないの。でもそのかわり空が泣いてくれるわ。私が生け贄になったのだもの。悲しくてもずっとここで見守るわ。


 だから、ねぇ。帰ってきて。





 2



 君津市で有名なものと言えば久留里城を思い浮かべるだろう。里見八犬伝の舞台になったとされる城だ。


 今日は高校の課題をするためにこの久留里城へやってきた。夏期休暇に歴史的な場所に行ってレポートを書かなくてはならないからだ。

 久留里城を選んだのには理由がある。たまたま図書館においてあった千葉県史なる、千葉県の歴史について書かれている本を読んだ時だった。


 久留里城については里見八犬伝経由でなんとなく知っていた。知っていたのは城主は里見氏であったことぐらいだったのだが、もう一つ久留里城について書かれていた。


 久留里城築城主、上総武田氏、武田信長。


 久留里城は元々里見氏のものではなかった。

 さらに偶然か、築城主は私の名字と同じ武田なのだ。運命を感じたと言って良いだろう。


 単純なことながら、そんな理由で久留里城を訪れることになったのだ。



「るり子ちゃんがお城に興味持つなんて思いもしなかったよ」


 シュウヤは機嫌良さげに笑う。解説役に城マニアのシュウヤを連れてきたのは正解だったかもしれない。疑問にすぐ答えてくれるので良いレポートが書けそうだ。


「課題だからなんとなく来ただけだよ」

「それでも今まで興味なかったでしょう。去年は博物館行ってたし。それに久留里城に興味もってくれたことがうれしくてしかたがないんだ」

「里見だから?」

「そう、俺が里見だから」


 このシュウヤも名字が里見だから久留里城に興味をもったくちだ。里見氏とは関係ないらしいけど。


「それにしても、なんで今日に限って雨なの」

「久留里城はね、三日に一度雨が降る雨城なんだ。雨が降るのは珍しいことじゃあないよ」

「そんなに頻繁に雨が降るの?」

「久留里城を建てるとき、若い一人の娘が人柱になったらしくてね。泣きながら死んでいってそれから三日に一度雨が降るようになったのさ」


 いつかのバイトの時と同じように、気味の悪い空から霧のような雨が降り注ぐ。傘を片手に久留里城の山道を歩けば、かつて城として栄えていた面影が見えてくる。この山そのものが天然の要塞となり、鉄壁の守りとなっていたようだ。


「ほら、資料館が見えてきたよ」

「あそこで証拠写真撮ろうかな。ついでに資料取ってこよう」


 資料館へ入ればそこそこの展示物がある。適当にメモを取って資料をもらっていると、一人のスタッフが話しかけてきた。


「お若いのに珍しいですね。どこから来たんですか?」

「隣の市からですよ」

「まあ! ならちょっと、この久留里城についてお話ししましょう」


 そう言うと、スタッフは一冊の資料を取り出してくれる。


「初代城主と里見氏につてご存じですか?」

「上総武田氏が築城して、その後里見氏に攻められて城を明け渡したんですよね」

「お兄さん詳しいですね。ではその後の武田氏につてはご存じですか?」

「うーん。そこまでは知らないなあ」

「私も最近久留里城について知ったばっかりだから知らないや」

「武田氏は里見氏に城を明け渡した後、どこかに落ち延びることができたんです。でも、具体的にどこというのが判明していません」

「秘密裏に落ち延びたんでしょうか」

「正確な資料が戦争で焼けてしまったのです」

「……」

「でも、この辺というのはあるんですよ」


 スタッフが開いた資料は地図だった。


「この辺だと、言われています」

「ここらへんって……」

「……私の家の地区だ」

「ここにだけ武田さんが集中してますよね。どの家かはわかりませんが、だいたいこの辺だと言われてるんです」

「この辺で一番大きな家の武田って」

「私の家だね」

「もしかしたらあなたがその子孫かもしれませんね」

「俺が里見でるり子が武田。なんか因縁感じるなあ」

「案外この城が里帰りさせるために、里見に案内させてたりしてね」

「それはロマンがありますね」


 空はいつの間にか晴れていた。





 3



 懐かしい感じがする。

 遠い昔、この城から去っていった血族のにおい。

 ああ、やっと帰ってきてくれたのね。待っていたわ。



 おかえり。じょうしゅさま。

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