ヘキサランド 《召喚者60名、生存者・・・》

mrtk

第1話 『スーパー織田の超常現象』

「お兄ちゃん、晩ご飯はいつもの時間でええのん?」


 事務所のドアを開けながら妹の深雪みゆきが声を掛けて来た。

 日焼けした顔と薄い唇から覗く白い歯と涼しげな白いワンピースが対照となって印象的だ。

 で、みんなに言わせると顔立ちが兄の俺と似ているらしい。

 俺の目から見る限り、ややきつめだが、結構整っていると思える顔立ちだ。


 俺は清算処理が済んで持って来られた2号レジの入金金額のチェックを中断して、事務所の壁に掛けられている時計を見上げた。閉店40分前の午後7時20分だった。


「そやな、それくらいには終わると思う。今日は輸入のエビが結構残っているから、それを使ってくれる?」

「そしたら、エビチリでええか・・・ 他にはなんか余ってる?」

「惣菜も少し残りそうやな」

「分かった。適当に見繕っとく。ほんじゃ!」


 深雪はそう言うと、事務所を出て行った。

 高校のソフトボール部に所属する妹は、練習が終わって帰宅して一旦荷物を置いてから俺たちの店に寄って一般のお客様と同じ様に表示価格で材料を仕入れてから兄妹の夕食を作るのが日課だった。

 もっとも、午後7時を越えると賞味期限切れが迫っている生鮮食材は半額で処分しているので、我が家の食費を抑えつつ店の在庫処分も出来る一石二鳥の買い物だ。

 そういえば、各レジから上がって来る清算レシートをチェックしていた佐々木大地ささきだいち副主任が明後日から即応予備自衛官として最寄りの駐屯地に訓練に行く筈だった事を思い出した。

 この店は退官後も即応予備自衛官として登録する自衛官の再就職先として結構有名だ。

 なんせ、店長の俺自身が元幹部自衛官だし、自衛隊に対する個人的な負い目から人事制度を即応自衛官向きにしてしまっていた。

 まあ、おかげで前から居る店員には苦労を掛ける事になるが、そこのところは諦めてくれている。


「佐々木君、明後日からの訓練って、何タイプだったっけ?」

「Fタイプです、店長」

「と言う事は、訓練期間は4日間だったっけ?」

「そうです。陣地攻撃訓練も有るので、参加人員も多いですよ」

「ご苦労様。まあ、月並みだけど頑張ってな」

「有り難う御座います」


 佐々木君が頭を下げた。

 起立して室内礼をしないだけ「娑婆」にも馴染んで来たのだろう。

 慣れていないとついつい立ち上がってやってしまうのが元自衛官のさがだ。


「いやいや、除隊した俺の代わりに苦労してくれるんだから、激励くらい安いもんだよ」


 数分後にレジ担当の女の子が入金袋を持ってやって来た。

 5人雇っているバイトの女子高生の1人、神崎彩かんざきあや君だった。


「店長、4番レジの入金お願いします」

「ご苦労様」

「今日は思ったよりも忙しいですよ。1番レジと3番レジの入金は遅れるかもしれません」


 俺はチラッと防犯モニターを見た。

 9分割された画面の1つに映るレジには結構な数のお客様が並んでいた。

 店内にもこの時間帯にしては多くのお客様が買い物をしている姿が映っていた。


「そうやね。悪いけど1番レジの応援をしてもらってええかな? 今日は清算が遅くなりそうだ。余り遅くなると深雪に悪いからな」

「了解です」


 そう言って、彼女はマイブームらしい敬礼の真似をしてからレジに戻って行った。


 彼女は深雪の親友だ。

 母子家庭と言う事も有り、経済的な問題を抱えていたから深雪から相談を受けた俺は2年前に母親をヘッドハンティングした。その後で一人娘の彩君もバイトとして雇った。

 恩義を感じたのか、親子揃って真面目に働いてくれている。母親は大手のスーパーで長年レジのパートをしていたせいでPOSシステムの違いを乗り越えた後はレジ部門の責任者として教育係までやってくれている。おかげでレジ部門は問題がかなり減った。

 彩君も女子高生バイトの姐御的存在となってくれている。

 高校を卒業したらそのままウチで働いてくれる予定だ。


 深雪の姿が映らないか防犯モニターに目をやった時に異変に気付いた。

 鮮魚コーナーの床が光っている?

 いや、防犯モニターに映る全ての床が金色に光っていた。

 気が付けば、事務所の床も光っていた。

 有り得ない。両親が残してくれたこの小さなスーパーには床に照明など埋め込んでいない。

 理解出来ない現象に直面した俺の腕には鳥肌が立っていた。


『くそ、お客様の避難誘導を・・・』


 直後に視覚と一緒に意識もホワイトアウトした。




 再び、意識を取り戻したのはどれほどの時間が経過した後だったのか?

 事務所に設置してあった書類用のロッカーがうつぶせになった身体の上に倒れていた。

 怪我をしていないかの確認をしながら周囲を見渡すと、とんでもない事に気付いた。

 半壊した事務所内が陽光に照らされている?

 屋根は? 半日以上意識を失っていたのか? 店、いや、店内に居たお客様や店員のみんなは無事なのか?


「佐々木君、無事か?」


 返事はすぐに帰って来た。


「何か上に乗っかっている様ですが、怪我はしていない様です」


 ひとまず無事ならこの状況からの脱出する行動に移れる。


「良かった。動けるか?」


 そう問い掛けながら、俺は書類用のロッカーを押しのけた。

 ん? 書類が詰まっているからこんなに軽い筈無いのだが? 

 確保出来た視界には惨状としか呼べない光景が広がっていた。

 天井は見当たらず、鉄骨が途中で斬られたかの様に一定の高さで立っている。

 壁の大半は無事だったが、外に面した壁は全て内側に向けて倒れ込んでいた。

 店内の状況を見ようと防犯モニターを見たが、画面は死んでいた。

 いや、電源さえも死んでいる。

 佐々木副主任も自分にのしかかっていた鉄骨を押しのけていた。


「佐々木君、店内の様子を見て来る。悪いが警察へ通報して、その後はここの復旧を頼む」


 取り急ぎ指示を出した俺は、店内に繋がるドアを開けた。

 陽光に照らされた店内には呆然としたお客様と店員が座り込んでいた。

 店内の中ほどは問題無いが、外に面した壁面はひどい事になっていた。


「誰か怪我をした人は居ませんか? もしくは何かの下敷きになって、身動きが取れない人が居たら教えて下さい。店員は自分の周辺に怪我をした人や下敷きになった人が居ないかの確認を行う事! 発見した場合は大声で知らせてくれ! それと誰か休憩室のエイドキットを持って来てくれ」


 俺の声が届いた全員が周りを見渡し始めた。

 バックヤードのドアが開いて鮮魚部門と精肉部門の店員たちが店内に移動して来た。

 沢田勝盛さわだまさもり精肉部門長と三宅文雄みやけふみお鮮魚部門長の2人が先頭に立っている。


「沢田部門長、三宅部門長、全員無事?」

「ええ、全員大丈夫です。それよりも何が起こったんですか、店長?」

「分からないけど、少なくともまともでない事が起こったとしか考えられない。取敢えず周囲の状況を確認して来るので、みんなで店内に居るお客様の救助に回ってくれます?」

「了解です」


 俺よりも年上の2人の部下に仕事を割り振った後で、俺は店内の全員に聞こえる様に気持ち大き目の声で告げた。


「現在、何が起こったかを確認中です。お客様は申し訳御座いませんが、今しばらくその場で待機をして下さい!」


 取敢えずの指示を出した俺は、エントランスに向かった。俺たちの店には小さいとは言え、エントランスが有る。普段は買い物かごや手押し台車が置いてあるのだが、エントランスに面したドアまで来ると、俺は呆然と立ち尽くしてしまった。

 エントランスは消えていた。

 替わりに在るのは、赤土がむき出しのグラウンドだった。



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