第3話 『アプリ:攻撃魔法《ファイノム》』

『説明シーケンスを開始』


 頭の中で何かの回路が開いた様な感覚がした後で、それは始まった。

 打ち寄せる膨大な映像、高音から低音に亘る滝の下に居るかの様な音の洪水、更には様々な文字や概念が頭の中を駆け抜けて行った。

 情報の奔流が潮が引く様に去って行った後に残されたのは、状況を理解したにも拘らず、理解したくないと言う感情だった。いや、納得出来ないと言うべきか?

 急に怒りが湧いた。

 ふざけるな!

 只の物質と言っても、考えもするし、感情も有る。

 それは、違和感を感じながらも目覚めてから普通に過ごして来た事からも明らかだ。


『質問シーケンスに移行。質問が有るはしらは音声による質問を』


 吐息を1つ吐いて、息を吸い込む。怒りを急速に覚ました俺は周囲の様子を見た。

 呆然としていたみんなが急に正気に戻ったかのように一斉に声を上げていた。

 深雪と先ほどの女の子もそれぞれで質問している様だ。

 俺はたった今得た情報を今の状況に役立てる事にした。

 せめて身を守る術だけでも入手しておかなければ始まらない。


「ファイノムとやらはどうすれば使えるんだ?」

『個体名織田信之の質問を確認。アクティベイトを実行後、ダウンロード可能。アクティベイト詠唱を』


 俺は一瞬だけ迷った後で「アクティベイト」と口にした。

 途端に目の前の景色に被さるように様々な眩しい光が乱舞して視界を覆い尽くした。

 思わず目を瞑ったが、眩しさは変わらない。

 ただし、光のパターンが変化した。イメージ的にはパソコンでドンドンとウィンドウが開いてはその上に更にウィンドウが開いて行く感じだ。

 何分ほどその状態が続いたかは分からないが、一斉にウィンドウが消えて、目の前で心配そうにこちらを見ている深雪と少女の姿が目に入った。


『アクティベイト終了。個体名織田信之のクラスをiP6sPlus 128GB級と判定。〈ホーム〉詠唱を』


 俺は疑問だらけになりながらも、言われた通りに「ホーム」と呟いた。

 目の前に見慣れたリンゴマークのスマホに似た画面が浮かんだ。イメージ的にいつも使っている画面サイズより大きく見える感じだ。

 ただし、幾つかのアイコンが無いし、見た事も無いアイコンも有る。書かれている名称も見た事が無いものが多い。ただしほとんどのアイコンが灰色だった。


『Fapp storeに意識を』


 画面が切り替わった。

 画面に幾つかのアイコンと説明文が有る。どれも知っている名称だった。

 〈M1911〉、〈M1873〉、〈64式7.62㎜小銃〉、〈89式5.56㎜小銃〉、〈9㎜拳銃〉、〈M4carbine〉、〈MINIMI〉、〈H&K USP〉、〈対人狙撃銃〉、〈閃光発音筒〉、〈H&K MP7〉、〈M82A1M〉、〈レミントンM870〉、〈M203グレネードランチャー〉・・・・・・

 スクロールするにつれて、俺自身が現役だった頃に使った事が有るものばかり出て来た。変わったものでは1回だけ頼まれて運用試験に駆り出された時に試射しただけの『先進軽量化小銃』も有った。


『装備したいファイノムに意識を』


 意識を向けた途端に、身体の前にハチキュウが出現していた。重力に引かれて落ち始めた瞬間には両手が動いて掴んでいた。我ながら相変わらず人並み外れた反射神経だった。今は馴染深いずっしりとした重みが両手に掛かっている。


「え?」


 思わず声が出た。

 どこからどう見ても本物のハチキュウだった。

 セレクターレバー後ろの溶接痕も実物そのものだし、何よりもシリアル番号が俺が使っていたハチキュウと同じ数字だった。

 槓桿を引いて薬室内を確認すると中の構造も実銃と変わりない。

 ただし、弾倉が無いので、このままでは只の鉄の棒と同じだ。安全装置を確認した後で再度質問した。


「本物と同じ性能なのか? それと弾倉や弾丸はどうすれば手に入る?」

『個体名織田信之の質問を確認。現在は本物と同じ設定。弾倉及び弾丸は〈戦闘装着セット〉に含む』


 そういえば〈戦闘装着セット〉というアイコンも見掛けていた。良く分からないアイコンも有るが無視して意識を〈戦闘装着セット(戦闘服市街地用)〉の横に有る〈戦闘装着セット(戦闘服2型)〉に向けた直後に俺の服装は、現役時代に散々着ていた、背嚢や弾帯などの装備を含めたものに変っていた。

 視界の上の方が《テッパチ》で遮られているのも昔のままだ。

 戦闘弾入れから弾倉を引っ張り出す。銃弾はもう装填されていた。問題無さそうなので、暴発した場合の安全策の為に銃口を地面に向けてハチキュウに弾倉を填め込んだ。記憶の通りの感触で弾倉が固定されたので、再度槓桿を引いて初弾を薬室に放り込む。

 視線を上げると、呆気にとられた表情でみんなが俺を見ていた。


「お兄ちゃん、その格好って・・・」

「うーん、久し振りに着たがもう似合わんだろ?」

「ううん、そんな事ないで。うん、似合ってるわ。むしろいつもの制服姿よりも自然な方にツッコミを入れたいくらいやわ」


 深雪が妙に嬉しそうな顔で応えてくれた。思わず笑みがこぼれるが、ほのぼのとした時間を切り捨てる為に意識を切り替えた。

 敢えて、表情を険しくして命令を出した。


「川島三曹、佐々木士長、八木士長、岡一士、小沢一士、奥田一士、各自アクティベイトを終えて装備を整える様に! ただし岡一士は装備を9㎜拳銃で選択してくれ」


 さすがに無反動砲を装備させる意味は無いだろう。

 6人が復唱して不自然に固まった後で陸自の普通科隊員に《変身》している間に、周囲の変化に注意を向けた。

 ますます発砲音が近付いて来ていた。

 先程の〈説明シーケンス〉の時に知ったが、この場に居る全員が《武装》は可能だった。

 先程の質問で俺が口にした『ファイノム』という言葉が鍵だ。

 この女性の声で話し掛けて来る存在が人類に与えた力であり、くさびだ。

 あの強制的に説明された時に知った事だが、ギリシャ語の『現象』という言葉を表す『ファイノメノ』が語源だそうだ。

 本物の銃を撃った事が無い人間でも、最低でもコルト・ガバメントかウィンチェスターライフルのM1873は呼び出せる。

 だが、訓練も無しで武装させる事など論外だ。絶対に誤射を起こされる。


「店長、自分も武装した方が良いだろうか?」


 当惑気味な声で質問して来たのは富田様だった。

 元警官だったので銃器の扱いは慣れている筈だ。

 悩むまでも無く答えていた。

 自衛隊の迷彩服だけでなく警官の制服までも揃えば、不安に駆られているみんなに安心感を抱かせる事が出来る。


「お願いします」


 しばらくして旧型の制服の警官の姿になったが、俺が小さい頃に交番で見掛けた《富田のおまわりさん》を思い出して、一瞬だけ懐かしさに顔がほころんだ。

 《富田のおまわりさん》は亡くなったおばあちゃんの年下の幼馴染だった。


「そのお姿をもう一度見るなんて、人生は何が起こるか分かりませんね」

「ああ、自分もこの格好をまたするなんて思ってもいなかったぞ」

「富田様には我々が抜かれた後の最終防衛線をお願いします」

「了解したが、当たるかどうか自信が無いしニューナンブなんて豆鉄砲だ。なので《信坊のぶぼう》の方で何とかしてくれ」

「了解しました」


 懐かしいあだ名で呼ばれて顔がほころんでしまった。

 直後に、このスタジアムのグランドのすぐ近くで発砲音が連続した。

 その方向を見ると、フェンスの一部が開いて、10人ほどの集団がグランドに入って来た。明らかにパニックに陥っている。全員が後ろを気にしながら壁沿いに走っているせいでこっちに気付いた様子が無い。

 更に4人の武装した兵士?が後ろを気にしながら俺たちが居るグランドに転がり込んで来た。

 彼らは左手に直径80㌢ほどの木製の円形の盾を持ち、右手には拳銃らしきものを持っていた。

 革製と思われる鎧が身体のあちらこちらを保護していた。

 違和感しか浮かばない装備としか言えない。


「富田様、みなさんを店の後ろに誘導して下さい! 岡一士を除く全員! ひざ射ち用意! 岡一士、後方に下がって、みんなを守ってくれ!」


 俺の命令に従って、5人が腰を下ろして、立てた左ひざに左ひじを乗せてすぐに照準を合わせられる様に安定させる。89式小銃とMINIMIの照準は銃口を下向き、すなわち地面に向けている。


「単射用意! 川島三曹は撃ち漏らした時のフォローを頼む」


 金属音が小さく連続して鳴った。切換えレバーを動かした音だった。

 いつでも照準を合わせられるが、照準の指示は出せない。武装した4人を含めて敵性なのか味方なのかが不明なのだ。

 まあ、99%は味方の筈なのだが・・・

 その間、9㎜拳銃しか持たない岡一士が富田さんの近くまで下がった。

 現役の自衛官では無いが、自衛隊初の人間に対する発砲命令を下す事に躊躇が無いとは言えない。

 だが、俺の躊躇する気持ちとは別に事態は劇的に動いた。

 大型犬より更に大きい、見た事の無い動物(強いて言うならジュラ紀を再現したパークの映画に出て来るラプトルとドーベルマンを混ぜたイメージが一番近い)が何頭も武装した4人に向かって後方から飛びかかったのだ。最初に入って来た10人が悲鳴を上げて、更に速く走ろうと前方を見る過程で何人かがこっちに気付いた。表情が驚きに染まった。

 4人は手にした拳銃を発砲したが、全弾外した様だった。左手で持っている円盾を何とか自分と動物の間に挟み込んで牙を避けたものの、上からし掛かられる格好になった。

 却って、動物に対する射線が得られたと思った瞬間に命令が口から出ていた。


「前方、動物に照準! 撃て!」


 ドットサイトを装着している89式5.56㎜小銃にとって30㍍と言う距離は至近距離に近い。

 だが、実際に人間のすぐ上に居る生きている動物?に初めて撃ったせいで照準が安定しなかったのか、5人の内の2人が外した。

 当たった銃弾の内、2発は正確に動物の頭部に命中したが、残り1発は掠っただけだ。

 撃ち漏らしを撃つ為に敢えて初弾を撃たなかった俺が瞬時に片付けると、倒れていた4人がこちらを見てから、後ろを振り返った。 

 彼らは短く言い合いをした後で1人が代表してこっちに言葉を飛ばして来た。


「お前たちは誰だ? どこから来た?」

「君たちの先祖みたいなものだ。詳しくは簡単に言えん。それよりも現状を知りたい」


 俺たちをここに連れて来た(正確に言うと全く違う)存在が教えてくれた情報は概略であり、現状は把握出来ていない。

 まあ、少なくとも翻訳はスムーズに行われている様なので意志の疎通が出来るなら情報を得る事は可能だろう。

 取敢えず、代表者同士で話し合う必要は有る。


「もう分かったと思うが、少なくとも君達の敵では無い。それよりも、どうして『害獣アロ』に追われていたんだ?」

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ヘキサランド 《召喚者60名、生存者・・・》 mrtk @mrtk

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