アンハッピーチルドレン
棒読み
1人目 矢場優位
「やっぱ手札でやる気変わるよなあ」
なんとなく集まった日曜日、僕らは棚の中にあったトランプセットではじめた大富豪に、思いの外熱中していた。
「俺の手札見ろよ、勝ち目ねえってこれ」
「見せたら意味ないじゃん」
「や、ほんと勝ち目ねえんだよこの手札、もうトランプやめてスマブラやろうぜ」
「えースマブラあ?やる気しないよお」
高2にもなると携帯機や据え置き機でやるゲームへの熱は冷める。やったらやったでそれなりに楽しいんだろうけれど、わざわざWiiを引っ張り出してまでやるほどの熱意はもうない。
僕はわりあいゲームへの熱はある方なのだけれど、学校中の男子がもれなくドラクエ9やモンハン3rdに熱中していた小中の頃と現在を比べると、なんだか虚しくなってしまって自分もやる気が失せる。
いまでは月に数回、ふと気が向いたときにマニアックなネットゲームをやる程度だ。
実のところ僕は「みんなといっしょにやれる何か」が好きなだけで、ほんとうに好きなものなんてひとつもないのかもしれない。
サッカーも、キックボクシングも、自転車旅もゲームも趣味と言えるものは何もかも、能動的にではなく、「あいつがやってるなら」「あいつが好きなら」それならいっしょにやりたい、という受動的な理由で始めた。
それ自体がほんとうに好きなのか、と問われれば…淀みなく「好きだ」とは言えない。
やっぱり僕はほんとうに好きなものなんて_____
「んい、聞いてんのかヤバイ」
はっと我にかえると、遊馬が次のカードを催促している。んい、という一風変わった呼びかけ方は小学生の頃から突っ込む機会をうかがっているのだけれど、流石にもう受け容れなければならないのだろうか。
「あ、ごめん」
僕の思索は脱線と寄り道とそこに生えている草のテイスティングで成り立っている。
もう日も暮れかかっている。
窓の外から、カア、とカラスの鳴き声が聞こえた。
*
「あ〜ほらやっぱな、あんなクソ手札じゃ無理」
遊馬が大貧民だ。確かに僕を含めた4人の中でぶっちぎりに手札が弱かったようだ。
「トランプもたまにはいいねえ」
と本日の大富豪・サコが言う。彼女は何に対しても肯定的な性格で、それゆえにこの4人の中ではムードメーカーを担っている。それを富豪・唯が
「まあもう飽きたけどねー、次どうする?もういまからどっか行く時間もないし」
とバッサリ切り捨てる。いつもの流れだ。
こんなに価値観が違うのによく仲良くやってられるよなあ、と常々思う。ちなみに僕は貧民だった。
この4人で集まるようになったのは高1の夏頃からだ。
高校に上がると中学時代の友達とはほとんど遊ばなくなる。遊馬はそれが寂しかったのかもしれない。夏休み3日目の夕方、急に呼び出されたのがこの3人で、以来数ヶ月に1回のペースで集まって遊ぶようになった。
僕も遊馬もサコも唯もみんな違う高校に通っているから、こうして集まるとき以外、顔を合わせることはほとんどない。
違う学校に通う高校生の男女4人が楽しさを共有できる遊びはあまり多くはないから、集まって2時間もすれば大抵は手持ち無沙汰になる。
そうすると、決まってバイト先の愚痴とか、友達の愚痴とか、学校の愚痴とか、とにかくあらゆる愚痴を4人4色に話すことになる。
「ウチの新しいバイト先、ガチのブラックだから。最低賃金余裕で下回ってんの」
「前も話したミクって子がまたあたしとの約束ポシャッて男と遊びに行っててさあ」
「俺んとこの文化祭マジでショボいんだよ」
バイト先も友達も学校も共有していない相手になら、気兼ねなくフラットに愚痴を言える。
この集まりがなんやかんやで1年以上続いているのも、この愚痴大会が大きいのだろう。
日が沈んで、窓の外には街灯に群がるコウモリの影が見える。
*
「あ、そいえばヤバイってこの子知ってる?同じ高校だと思うんだけど」
唐突に唯がスマホを見せてくる。画面には同じクラスの女子の顔が写っている。名前は忘れたけれど確か斜め右前の席のひとだ。
「顔は知ってる、同じクラスだし。その人が何?」
「なんかこの子がヤバイって噂聞いてさあ。あー、君のあだ名じゃなくて、マジヤバーイ!の方のヤバイね。」
矢場優位、という人名らしからぬ漢字の並びは小学生の頃からいじられてきた。ヤバユウイのユウを抜いてヤバイ、というあだ名を付けたのは僕の眼前でニヤつきながらスマホゲームに興じている男だ。
「もうそのネタ飽きたってば。どうヤバイって?」
「援助交際」
「うへえ」
意外だ。というかショックだ。名前も知らない相手にせよ、同じクラスの女子が援助交際とは…。
「なんでいきなりそんな話…?あんま聞きたくないんだけど」
「や、その噂の内容がけっこーすごくて。なんか知ってないかなと思ってさ」
「どんな噂なの?」
あんま聞きたくないんだけど、と言ったそばから聞いてしまっている。自分のミーハー精神に少し腹が立った。
「なんかその、そういうのの相手がヤバイみたいで。あ、君のことじゃなくて_____」
「わかってるからもういいよ、早く言えって」
「学校の先生なんだって」
「うへえ」
ショックが大きい。こういう話はあまり得意じゃない。
「うちの学校の先生ってことだよね?マジかあ…」
「なんかLINEの女子グルで話題んなっててさ、ヤバイの高校だったから聞いてみたの」
「噂といっしょに顔写真も流れてるんだ、アンハッピーセットだねえ」
サコはときどき空気の読めないあまり面白くないギャグを言う。
「もう明日から顔見れないな…その噂が流れ出したのいつ?」
「今朝。たぶん明日の今頃にはある程度広まりきってるだろうね」
確か明日はコミュニケーション英語がある。机をくっつけて、4人で1つのグループを作って英語でディスカッションするのだ。
僕とその子は同じグループになる。
明日の学校がすごく憂鬱になった。
「そろそろみんなお家帰ったらあ?」
サコのお母さんが、サコ譲りの (逆か?) のんびりした口調で帰宅を促す。
もうすっかり夜で、空は塗り潰したような黒色だ。
明日の学校が、すごく、すごく憂鬱になった。
アンハッピーチルドレン 棒読み @bouyomi_bouyomi
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