体質

「というわけでさ、這いよる夕暮れ、見に行ってみない?」

「どこらへんが、というわけなんですか?」

「これだから学年万年最下位は」

「脈絡を考慮してから考えを口に出せ、イリエ」

「アサカちゃん以外なんで息をするように俺を罵るの!?」


 がたんと椅子から立ち上がってイリエ先輩が叫べば、2人ともそっぽ向いてしまう。なんだか変わった関係性だな、この3人。


 じっと3人を見つめていれば、それに気づいたイリエ先輩がひらひらと手を振ってくる。


「ま、いいんだけどね。あ、そういえば西園寺先生とどんな関係なの?」

「ぽんぽん話が飛ぶやつだな」

「えっと、いさなくんとは小さい頃からの知り合いで・・・すいません、これ以上は言いたくないです」

「へー、そうなんだ」

「言えないのではなく言いたくない。まあ賢明な判断ですね」


 ふーんと自分から聞いたくせにたいして興味もなさそうにイリエ先輩。なんなんだ。ふむと顎に手をかけて頷きを1つして、イチイ先輩がにっこりと綺麗笑みを


 作りものとわかっていても、人形のように美しい顔にはよく似合った。なんとはなしにその横顔を見ていれば、お人形は口を開く。


「思ったよりも、馬鹿じゃなさそうで安心しました」

「はぁ!?」

「ア、アサカ落ち着いてくれ。イチイも失礼なこと言うんじゃない!」

「ふっは!」

「すみません、なにぶん根が正直なものでして」

「・・・はぁ!?」

「イチイ!」


 それでも謝っているつもりかとイチイ先輩を睨めば2度目の「はぁ!?」にだろうか、冷たい眼差しが送られる。そんな目をしたいのはこっちだよ!


 吹き出したイリエ先輩にタチバナ先輩が机越しにチョップを決め、イチイ先輩の名を呼ぶ。対して、それがどうしたと言わんばかりの態度でちらりとタチバナ先輩を見たイチイ先輩に、絶句した様子だった。


 何あの傍若無人というか我儘な人というか。今までにあったことのない人種に、固まっていれば。それよりとチョップされた頭を抱えたイリエ先輩があたしたちに再度告げる。


「這いよる夕暮れ、見に行ってみない?」

「え・・・」

「行ってもいいが、今まで見れなかっただろうが」

「いや」

「イチイ?」

「新入生・・・アサカさんがいれば大丈夫な気がする、僕の直感が正しければ」


 顎に手を当て夕日の暮れてきた窓の方を向いていた顔をあたしに向け、イチイ先輩はまっすぐあたしを見つめた。黒曜石をはめ込んだような底知れないほど黒い瞳に、呑みこまれそうになりながら見返すと。イチイ先輩はかすかに口端を引き上げた。


「君の体質は『人以外からも好かれやすい』というものだと思う」

「え」

「ってことは幽霊とかにも? 出てきてくれちゃったりするんだ?」

「そうかもしれない。視る体質はなさそうですけどね」


 しかし他の体質に感化されて開花するパターンもあるので、よかったですね。にっこりと微笑まれても別に嬉しくない。その体質とやらがなければあたしがここにいることもなく、今頃図書部に入部していただろう。


 というか体質開花とか、別に幽霊なんて見たくないんですけど!


 それに人以外からも好かれやすい体質って・・・いさなくんもここに惹かれたのかな。一目惚れって言ってたし、本当はあたしの人格なんてどうでもよくて必要ないものだったんだろうか。


 それだったら、なんか嫌だな。今まで、いさな君と出会ってからの4年間が急激に色あせていく気がした。


 答えの出ない思考をめぐらせていると、唐突にイリエ先輩が椅子から立ち上がった。


「行こう、旧校舎。夕暮れも近いしさ!」

「本当に見に行くんですか?」

「カメラの準備は出来ている、行くぞ3人とも」

「すまん、アサカ。ああなったらイチイは止められないんだ」


 申し訳さそうに、死んだ魚の目で。タチバナ先輩はあたしに謝罪した後、ぽんとあたしの肩を叩いた。

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