断るはずが

 次の日、半日で終わった放課後。由佳とお弁当を食べてから別れたあたしは、オカルト研究会に与えられている部室へと足をのばした。


 ちなみに断りに行くと言ったら、由佳は残念そうな顔をしながら図書部を勧めてくれた。なんでも月1でおすすめの本を持ち寄る読書会をするだけで部活動として認められているらしい。


 あたしが求めてたのはそういう部活! 友達との放課後を邪魔しないようなものに入りたいの! 


 というわけでやってきた3号館の4階一番端の教室。・・・昨日も思ったけどここ校門から離れすぎじゃない? 隔離でもされてんの? 


 Eの字になっている校舎は校門から一番近いところから1号館、2号館、3号館と呼ばれている。そして、校門から1番遠いそこ、旧校舎の真ん前にあるその棟にあたしは来た。


 すぅ大きく息を吸って深呼吸。

 こんこんと扉をノックする。


「はぁい! ・・・って昨日の新入生ちゃんじゃん。いらっしゃい」

「あ・・・え、あ、はい。お邪魔します」


 出てきたのはつり目先輩ことイリエ先輩だった。いらっしゃいと中に招き入れられるままに中に入れば、そこには昨日と同じ、タチバナ先輩とイチイ先輩がいた。イチイ先輩はつまらなそうにデジカメを弄っていた。なにやってるんだろう?


 机や椅子が後ろに片づけられた教室は案外広くて、中央におかれた机を2個くっつけただけの上には手作りと思わし気クッキーが大量に乗った包み紙と2Lのオレンジジュースのボトルとそれぞれの前に紙コップが3つあった。


 それを囲むように椅子が4つ机を挟んで向かい合うように2つずつ並んでいた。タチバナ先輩とイチイ先輩の隣の席はそれぞれあいていて、座っている2人に見つめられてあたしはちょっとたじろいだ。


 そんなあたしに気付いてないのか、扉を閉め背後からひょっこり顔をのぞかせたイリエ先輩が口を開く。


「新たなメンバーに乾杯ってことで、椅子に座りなよ。後輩ちゃん」

「いえ、あの。あたし、断りに来て・・・」

「え?」

「あたし、図書部に入りたいんです」


 あたしが言い放った瞬間、デジカメを弄んでいたイチイ先輩ががたんと大きな音をたてて立ち上がる。


 どうしたのかとそれを見ていれば、きゅっきゅっきゅと可愛い音をさせてあたしの前に来ると、さっきまで弄っていたデジカメのディスプレイをあたしに見せながら言った。本当にぽつりと、まるで興味なさげに。


「いさなくん」

「!?」

「西園寺先生と、随分仲が良いようで」

「なっ!」


 デジカメのディスプレイに映しだされていたのは、昨日の日付あたしがいさなくんに家に迎え入れられている場面だった。ご丁寧にスライドすると何枚か顔がはっきり映ったものも出てくる。


 ざあっと音を立てて血が下がっていくのが、青ざめたのが自分でもはっきりとわかる。じっとりと嫌な汗が背中に、額に噴き出してくる。ぞわぞわしてたまらない。撮られてた、昨日帰ったところを。


「おい、イチイ」

「これは取引だ。君がオカルト研究会に入会することと引き換えに、僕はこの画像を消そう」

「どこが取引だ。ただの脅しの間違いだろうが!」

「タチバナは黙っててくれ」


 同じくきゅっきゅっと音をさせてあたしを背後にかばったタチバナ先輩とイチイ先輩のやり取りがどこか遠いところのように感じる。目の前で行われてるのに不思議だ。


 かと言って黙り込んでいても仕方ない。苛立ったように形の良い眉をつりあげたイチイ先輩に、あたしは告げる。


「・・・入会すれば、消してくれるんですか」

「君!? いいんだぞ、あれは俺がイチイに消させる。無理しなくて」

「取引完了ですね。無論他言しないことも約束しましょう。お前たちもだ」

「はぁい」

「はぁいじゃないだろイリエ! 君もなんとか言ったらどうなんだ!」

「だって会長何があっても取り込みたそうだし、何言っても無駄だし」


 はぁいとゆるく手をあげたイリエ先輩に、タチバナ先輩が怒鳴る。ただイリエ先輩の言葉を聞いてぐっと黙り込むあたりきっといさなくんとの写真を撮られてなくても、違う手であたしはオカルト研究会に取り込まれたんだろう。


 どこにでもいそうなただの新入生1人、しかも由佳はダメであたしはいい理由がわからなくてあたしは首を傾げた。


「なんで、あたしなんですか?」

「君には『体質』があると僕の直感力が告げているんです」

「は?」

「体質、だ。超能力と呼ぶには小さすぎて、ただの気のせいと思うには大きすぎる。特殊な体質のことだ。ぼくはこの体質を解明するため、体質持ちを集めている」

「あたしに、あるっていうんですか?」

「僕はこの直感力、イリエはどんな相手とも円滑にコミュニケーションがとれ、タチバナにナビゲート出来ない場所はない。他にも幽霊と呼ばれるものを視ることが出来るやつもいる。その部員全員の体質を見抜いた僕の直感が、君も同類だと告げているんですよ」

「・・・」

「それで十分でしょう」


 話はすんだとばかりにあたしに背を向け椅子に戻ろうとするイチイ先輩。

 何言ってんのかよくわからない。っていうかそんな曖昧なもののためにあたしは脅されてまでここに入るの? 冷や汗までかいて? え、ばかばかしくない? むしろ今の説明でどこらへんが十分なのかを説明してほしいくらいなんだけど。


 よくわからなかったけど、とりあえずあたしにあると言う「体質」というものが欲しいのだろう、この不遜な先輩は。


 きっと、きっと。いさなくんに脅されたことを言えば、すぐにでも西園寺の権力を使ってイチイ先輩はねじ伏せられるだろう。いさなくんは例えあたしが望まなくてもそうしてくれるだろう、きっと。


 でも、それじゃだめなんだ。あたしが何でこうして離れた土地に来たのかがわからなくなってしまう。きっと、その権力に頼りきりになってしまう。そんなこと、絶対ダメなんだ。自分で何とかしなければ。


 そう焦ったあたしをゆっくり振り返り、思い出したようにイチイ先輩は言った。


「ああ、早くその胸ポケットに入っている入会届を出してくれませんかね」

「・・・!?」

「あとは提出するだけだろう?」


 一瞬間をあけて、なんとなく胸ポケットを探る。深くまで指を入れた時、指先に触れた紙の感触に自分で目を見開くのがわかる。全身にぶわりと鳥肌が立つ。


 言われたときは何を言われているのかわからなかった。6時間目の授業が終わった時、ほぼ無意識の端にちょっぴり乗るくらいの気安さで入れたそれを。なぜ、なんでわかったんだろう。


 見えたのかな、いやそんなはずない。小さく折りたたまれたそれは胸ポケットの奥の方に入っていた入部届の入の字も見えないはずだ。じゃあ膨らんでいるからわかったのだろうか。でもなにか入っていることはわかってもそれが入部届だなんてわからない。


 それに気まぐれで記入したことを何で知ってるの? あたし、断りに来たって言ったのに。


 ということは本当に、本当なんだろうか。この人の言っていることは。


「本当ですよ」

「なんで・・・」

「言ったでしょう、直感力。そして」

「・・・そして?」

「君は表情に出やすい。覚えておいた方がいい」


 ばっと顔を触れば、嘲笑うかのようにイチイ先輩は鼻を鳴らした。なんなのこの人。


 思わずじと目で睨む。そう、まだ信じたわけではない。体質なんて、どこまで本当かわからない。・・・獣神を知っているあたしが言うことじゃないかもしれないけど。


「今日の、あたしの下着の柄は?」

「は?」

「おい! 君!」

「ぶっは!」


 ぽかんと口を開けた間抜け面で、イチイ先輩は呟いた。間抜け面も絵になるとか、とことん嫌味な先輩だ。まぁ、もちろんいさなくんには敵わないんだけどね! なんとなくそのことに優越感を感じて勝気に微笑んで見せれば、タチバナ先輩が焦ったようにあたしを振り返り、イリエ先輩が吹き出した。


 あたしの顔をまじまじと見ると、イチイ先輩が嫌そうに顔をしかめながら呟く。


「青・・・じゃない、緑? いや。緑がかった青と言えばいいのか? それと白のボーダーだ」

「な・・・な!?」

「あっはははは!!」


 なんでわかったの。その言葉が口から出そうになって何とか留める。でも、あたしの絶句と真っ赤な顔色でわかってしまったんだろう。


 頭痛でもするみたいに頭を抱えたタチバナ先輩と(笑いすぎて)苦しそうに腹を抱えるイリエ先輩をちらりと見て、小さくため息をついたイチイ先輩はあたしに入会届を受け取るべく手を差し出しながら言った。


「知りたくもないことを知ってしまった・・・」

 

 ・・・失礼だな!


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