寵愛
いさなくんは一生をかけてあたしを大切にしてくれるって言ってた。
ところが、あたしの思う大切といさなくんが思う大切には大きな違いがあったらしいことを、西園寺家に来て2日目の朝。あたしは知ることになる。
「いさなくん、あたしそろそろ学校行きたいよ」
「だめだ、主。君は俺の主だ。学校なんて行かなくていい。俺が一生をかけて大切に尽くすのだから」
朝日が金の縁取りの赤いカーテンの隙間から入り込む。それに反射するミニシャンデリアの下。ベルベット地のソファーであたしを抱え込むように抱きながら、いさなくんはうっそりと笑った。
そう、いさなくんの「大切にする」とはしまっちゃう感じ。外にも出さず家の中で何不自由なく大切に大切にする系。
こうやって学校にも行かせてもらえないで抱き着かれていたり。そうそう、昨日はどこから持ってきたかわからない大きなスーツケースの中にたくさんのお花とともに入れられた。他にもいろんなお洋服で人形みたいにかざられたり。いさなくんってやっぱりちょっと変わってる。
「や、いさなくんこわいよ」
笑い方にぞくりと背筋をふるわせるままに言葉を放てば、困ったようにいさなくんは笑みを変えた。ほっと肩から力が抜ける。
「・・・はは、すまない。ちょっとした冗談だ。だが明日とそう、明後日までは俺のこの遊びに付き合ってくれないか」
「・・・遊んでたの?」
「あぁ、君を俺のものだと思い込みたい、馬鹿な俺の遊びだ」
「ううん、そうゆうことなら。大人の人も遊ぶんだね!」
にこっと笑いかければどこか切なさを含んだ甘酸っぱい眼差しで見つめられてどきどきする。あたし、何か変なことでもしちゃったかな? きゅっといまだに高鳴る胸を押さえれば、主? といさなくんが声をかけて顔をのぞき込んでこようとする。
それにぷるぷると頭を振って、身体をを動かす。対面になっていさなくんに向き直る。
「なんでもないの! あたしもいさなくんと遊びたいなぁって」
「おぉ、何をする?」
「隠れ鬼とかどうかな? あたし足早いんだよ! 運動会の500m走で1番になったの」
ちょっぴりの自慢と共に胸を叩けば、いさな君は面白そうに小さく笑った。その笑顔が
なんだかうれしくて、あたしもにこにこした。
「そうか、主はすごいな。鬼ごと・・・君に追いかけられたり、追いかけて手中することが出来るのか・・・たまらんな」
「なにが?」
「いや、なんでもない。しようか、鬼ごと」
「えへへ、じゃあ離れの中ならどこでもOKね! あたし、追いかける方がいいな!」
いさな君の手をつかんで、見上げながらだめ? と首を傾げれば、ぐっとうなったいさなくんはすぐにあたしから目をそらした。なんなんだろう、失礼な。見るに堪えなかったとでも言いたいのだろうか。かと思うと、聞き取れないくらい小さな声で何かをつぶやいた。
「君に求められるなんて素晴らしい」
「いさなくん?」
「始めようとしようか?」
すとんと対面状態から床におろされて、いさなくんはにっこりと音がつきそうなほどに笑った。
それから次の日も、その次の日もいさなくんと鬼ごっこをした。
いさなくんが隠れるところはいつも変わったところ(あたしの部屋のクローゼットの中とか、ベッドの下とか)で見つけるのが難しかった。探すのに疲れてベッドに腰を下ろしていた時、なんの気なしに足をぶらぶらさせていたら、なにかにがつがつ足が当たる感触がしてベッドの下をのぞき込んだらいさなくんがいた時は倒れそうになった。
必死にあやまるあたしに、いさなくんは「構わない、むしろ・・・」となんかぶつぶつつぶやいていたけど足の当たった顔を押さえながら許してくれた。優しい。
そうしている間に2日なんてあっという間に過ぎ、4日も休んでしまったあたしが学校に行ったとき。起こったのは集団無視だった。
いや、無視っていうのはちょっと違うんだけど。すごくよそよそしくなったのだ。いつも通り咲たちの飼育小屋で掃除をしてご飯をあげて。たどり着いた教室で。
おはようと言えば返される。大合唱で。青木さんは話しかけたら真っ青になるし、鈴木さんはたまにあたしと視線が合うと泣きそうになっていた。先生たちも授業中あたしを指さないし、体育ではだれも一緒に組んでくれない。
なんとか1日をやり過ごして、なんでこんなことになっちゃったんだろうと振り返れば単純だ。
いさなくん。西園寺家に、あたしが迎え入れられたから。
だからといって今までのあたしと何ら変わりはないのに。悔しくて悲しくて、その日は1人きりの広いお風呂で静かに泣いた。
それから卒業まで、なんとか皆との距離を縮めようとしてみたけどだめだった。皆よそよそしいまま、あたしは小学校卒業の日を迎えたのだった。
そういえば咲、あの可愛いうさぎは西園寺家が引き取った。あたしの卒業祝いにといさなくんが手配してくれたんだ。
あたしの腕に抱かれる咲に、いさなくんは嫌そうな顔をしてたけどあたしがうれしくてぼろぼろ泣きだしたら、ハンカチであわてて目を拭ってくれた。
小学校卒業まで、咲はあたしがお世話していた。その時だけが、学校で唯一心安らぐ時間だった。
結局持ち上がり組の中学でも態度は変わらなかった。あたしは周りから1歩も2歩も距離を置かれて学校生活を送った。
当然友人なんてできなかったし、先生も親身にはなってくれなかった。嫌な時間ほど長く感じると言うけど、あたしは案外あっさりと中学校生活を終えた。もちろん3年という期間が短いといわけではないけど、ただ淡々と終えた感じだった。
そして中学校卒業の間際、寒い冬の日のことだった。ころりと眠るようにケージの中で咲は死んでしまった。中学校でも、あたしの支えだった咲が。
だから、だからあたしは。決意したのだ。
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