「初めまして、主殿。あたしは西園寺乙哉さいおんじおとや。西園寺家の当主を務めさせていただいております」

「あ、ありがとうございます。えっと、朝霞まいです。恵豊けいとよ小学校の6年2組で飼育委員してます」


 いさなくんを追い出してクローゼットから出した洋服きて、もともと着ていたワンピースとカーディガンを洋服のかかっていたハンガーにかけてクローゼットの中にしまった。


 クローゼットの横に置いてある白い枠にハートの絵が描かれた姿見でかくにんしていた。


 ふわふわと空気に遊ぶ肩までの猫っ毛は出来る限り手くしで整えて、あたし、全体的に色素がうすい(意味はわからないけど)らしいから茶色の目と髪が心配。不良って思われないかな。


 でもこの国は髪を染める粉やカラコンなどが発達していて、だれでも・・・それこそ小学生でも気軽に使ってるから大丈夫かなって思う。


 でもこの服・・・というかカーディガン、本当にぶかぶか。肩からずり落ちちゃう。6年生なのによく3年生くらいに間違われる身長のせいだろうか、来年で中学生なんだからね! 


 何度直してもだめ。ずるっと肩から落ちたそれを直しているときに、とうしゅさまはやってきたのだった。


 さらさらの白金の髪は背中まで覆い、濃い藤色の服をぴしっと着こなした口もとにあるほくろが色っぽくて印象的な女の人だった。


 日本人離れした美貌に色彩、いさなくんをより女の子っぽくした顔立ちの中でまっすぐあたしを見据える力強い青い目。あたしに与えられた部屋の赤いソファーに正面に向き合うように座りながら、あたしは緊張していた。いさなくん? あたしの隣にすわってたよ。


「これはご丁寧に、ありがとうございます。・・・なんだ、可愛いいい子じゃないのさ」

「当主、主の前だぞ」

「うるさい子だねぇ。・・・あたしが言うのもなんだが、器用な子でね。獣神いぬがみとして仕えるには器量のいい子さ。うちのバカ息子のこと、よろしく頼むよ」

「は、はい! がんばります! あと、いさなくんはバカじゃないです」

「主・・・!」


 感動したような面持ちで目をうるませながら、いさなくんがあたしを見てくるのを視界の隅に入れる。とうしゅさま・・・おとやさんがそれを興味深そうに見ていた。


 緊張のまま返事をすれば、おとやさんがあたしに視線を戻す。


「にしても、その服。でかすぎやしないか? 肩が見えてるじゃないのさ」

「え、あの。はい。これ」

「主には少し大きいくらいが似合っている。ぶかぶかで何が悪い。俺の一押しだ」

「そうか、あんたの趣味か」


 若干おとやさんの視線が冷める。そのままいさなくんを睨んだかと思うと、あたしに向かって、あの子が言うからってなんでもうのみにしちゃあいけないよって言ってくれた。うのみってなに?


 肩からずり落ちないように安全ピンでしっかり止めてくれたおとやさんに感謝していると、横からいさなくんが恨めしげな視線でおとやさんを睨んだ。なんで? それを鼻で笑いながら、おとやさんはあたしを見ると楽しそうに目を細めて笑った。


「はっはっは、それじゃあ挨拶も済んだし、お暇させてもらおうかね。獣神紋が掲げられたんだ、他家へのあいさつ回りで大変さね」

「おつかれさまです」

「すまないな、母さん」

「なあに、息子とそのご主人のことさ。きちんと手を出す馬鹿がいないかどうか締め上げておかないとね」


 ひらひらと手を振りながらおとやさんは立ち上がると、外で待っていたと思われるお付きの人たちにふすまを開けてもらい出ていった。

 一瞬自動ドアになったかと思ってびっくりした。

 それはそうと。


「ふわぁ・・・」

「ん? 眠いのか、主」

「んーん。ねむくないよぉ」


 うそだ。ほんとはすっごくねむい。現在14時30分。食後の1~2時間にちょうど当たってるし、何より今日はいろいろありすぎて疲れた。


 うとうとソファーで閉じた目をそで口でこすりながら首を揺らしていると、隣に座っていたいさなくんに抱き上げられる。


 それに抵抗もしないでされるがままになっていると、歩いているのか心地よいしんどうの後。ふわりとやわらかくてうまってしまいそうななにかの上にゆっくり下ろされる。たぶんベッドじゃないかな。


 そっと目を開けてみると、いさなくんのドアップでびっくりした。首を急いで回すと、やはりそこはてんがい付きのベッドだった。


「眠いなら寝ればいい」

「んー、いさなくんも」

「え」

「一緒にお昼ねしようよぉ」

「あ・・・え? あ、あぁ」

「んー」


 いさな君の腕を引っ張りながら、目をつぶった。ゆっくりとあたしの意識はくらやみにしずんでいった。

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