紹介

「お腹いっぱーい」

「それはよかった」

「いさなくんもおいしかった?焼き鳥、やじゃなかった?」

「美味かった。主と共に食べる食事があんなに美味いものだったとは」

「よかったー」


 お昼ご飯を母屋の食堂で食べたあたしといさなくんは、離れにあるあたしの部屋へと戻ってきていた。入り口でのことろでぴたりと止まったいさなくんに入室許可を出せばききとして部屋に入ってきた。


 だから、別にあたしの許可がなくてもお部屋に入っていいよって言ったらなんかすごくとろけそうな笑顔を向けてくれた。なんだろう?


 部屋にあるピンクのハートのわくが可愛らしい時計が示す時間は13時30分。おなかも落ち着いて、すっかりねむくなるころ合いかと思えばあたしあんがいそうでもない。


 あたしはご飯を食べてすぐやちょっと経ったらねむくなるんじゃなくて、1~2時間くらいした時が1番ねむくなるのだ。よってあたし、今元気。


 赤いソファーに座って、いっぱいなお腹をさすりながら言えば、向かいに座っていたいさなくんが笑顔でうなずいてくる。


 っていうか、思ったんだけど外観はあんなに和のお屋敷なのにここだけとっても洋風。面白いなあ。


「主?」

「このお部屋、洋室だけどいいのかな? お屋敷、どう見ても和式だったよね」

「別に。主はこの方が使いやすいだろう? 気にしないでくれ」

「う、うん」

「もし気になるようなら西園寺の屋敷を洋式に建て替えるが」

「ううん! 全然! あたし全然気にならないよ!」

「そうか?」


 納得いってなさそうに首を傾げてるいさなくん。やめて。部屋を外観に合わせるならともかく、外観を部屋に合わせようとしてくるの本当にやめて。あたしは若干ふるえた。それをかんちがいしたいさなくんが寒いか? と聞いてくる。そうじゃないんだよ。


 空調を効かせようとしたのか立ち上がりかけたいさなくんをソファーに戻して。かちっかちっと時計とあたしたちが会話する音だけになるピンクと白を基調とした部屋で。いさなくんは再び口を開いた。


「と、いうか。先ほどはすまなかった」

「え、なにが?」

「当主が挨拶に来ると言っていたのに、結局来なかっただろう」

「え、全然いいよ? 西園寺家のとうしゅさまだもんね、ちょっとわからないけど、えらい人なんでしょ? いそがしいんだよ」


 ほのほの笑いながら返せば、それでもいさなくんはしぶい顔をしていた。

 和服のメイドさん(女中さんというらしい)が持ってきてくれた紅茶に口をつけながら、ね? と笑いかければ、その顔もずいぶん和らいだけど。


 にしてもこの部屋にいさなくん。顔が日本人離れしたせんさいな美人さんだから似合うと言えば似合うけど、なにぶん似合いすぎるというか。この部屋の持ち主はいさなくんにこそふさわしいと思ってしまう。それはさておき。


「しかし、獣神紋が掲げられているというのに」

「いぬがみもん?」

「母屋に下がっていた垂れ幕は見ただろう? 赤地に金で刺繍された獣の絵のやつ」

「うん、みたよ! あれが『いぬがみもん』なんだ」

「獣神が主人を西園寺家に迎えためでたい日にだけ下がる特別な幕なんだ。以前は230年前に下がったと記録されている」

「あれ? 160年ぶりに獣神さんが生まれたんだよね?」

「俺の前の獣神は主人を見つけられなかったんだろう。哀れなことだ」

「ふーん?」


 思い出すのは、屋敷に入るときに見えたそれ。母屋に下がった赤地に金糸でよくわからないけれどもせんさいにししゅうされたけもののたれ幕。なんのけものなのか全くわからなかったが、獣神さんだったのか。狛犬の一種かと思った。


 いさなくんいわく、あの紋を使えるのは世界でただ1つ、西園寺家だけなんだって。はあーすごいなあという平凡な感想しかあたしは思いつかなかった。


 主人を迎えた日ってところ、いさなくんがあまりにも幸せそうにとろけた灰色の眼で見てくるから、思わず照れてしまった。

 照れ照れしながら、あたしはいさなくんに1つの疑問をぶつけてみる。


「あの、獣神って結局なんなのかな。あたし、いまいちよくわからなくて」

「あぁ、童話は読んだか?」

「幼稚園の時。天の山から下りてきたんでしょ?」

「そうだ。獣神とは本来人と共存を望んだ神だったらしい。だから人に最も身近な獣である『いぬ』の名を与えられたとか。しかし強欲な人間たちが獣神の持つ特殊な能力に目を付けた。それを厭いいとい・・・嫌って、獣神たちは天の山に登っていったという。うちの先祖は人を好いたから、山を下りてきたらしいが」


 自らも紅茶を飲みながら、いさなくんは言った。というかご先祖さまについてこんなにすらすらでてくるとかいさなくんすごい。


 まあ西園寺家のご先祖さまが特殊だってのもあるかもしれないけど。どこか自慢げにも聞こえるその声に、あたしはつい笑みがこぼれた。


「人を好きなってくれた、やさしい獣神さんだったんだね」

「そうだな、止めようとしたほかの獣神たちに怪我をさせられてなお、地上に降りてきたらしいからな」

「そうなんだ」


 カップの縁を、細くてきれいな人差し指でなぞりながら、いさなくんんは呟く。ご先祖様のこと、そんけいしてるんだなとにこにこその様子をながめていれば、主? とその視線に気づいたいさなくんがけげんそうにあたしを見る。

 その時。


「失礼します」


 低い男の人の声が、ふすまの向こうから聞こえた。


「なんだ?」

「10分後、当主様が挨拶に伺いに参るとのことです」

「わかった、下がっていい」

「では、失礼いたしました」


 きし、きしと床がきしんで声の主が離れていくのがわかる。ちょっと緊張していたあたしはほっと肩の力を抜いた。いさなくんがほほえましそうに目を細めたのが分かった。それに気まずくなりながら、あたしはいさな君に尋ねた。


「ごとうしゅさまって西園寺家で一番えらい人だよね? お洋服、これで大丈夫かな?」

「何を言っているんだ。西園寺家で最も偉いのは君だ」

「え」

「主は何を着ていても愛おしいと思うが。まぁ気になるならそれの中に入っているやつを着ればいい」


 それと指されたのは白木でできていて、陶器にバラの模様も愛らしいクローゼット。本当にここに置いてある家具ってみんなお姫さまが使うような可愛いやつばっかりなんだ。


 それをあたしが使っていいんだっていうんだから嬉しい。それは置いといて。うんしょと立ち上がってクローゼットの前まで行くと、さっそく陶器の取っ手を掴んで両開きに開けてみる。


「ふわあ・・・」

「どうした?」

「可愛いお洋服がいっぱい」

「そうか? どれも主を飾り立てるには不足なくらいだと思うが」

「そんなことないよ! すっごく可愛い!」

「まぁ、喜んでもらえるなら重畳ってな」


 手前のハンガーにかかっているお洋服は。薄ピンクの下地に白く染め抜かれたお花のワンピース、フリルがあしらわれているすそに向かうほど白くグラデーションがかかっていいて可愛い。


 その次は濃いグレーの薄いワンピースは総ボタンの丈の長いスカートの間からペティコートが覗いていて、ちょっと落ち着いて見える。


 ほかにも胸の下に赤いリボンが入った白いワンピースに、肉球のもようがついたぶかぶかな猫耳カーディガンを大きな金色のネコさんの安全ピンで留めたものなど可愛らしい服がぎゅうぎゅうに詰まっていた。そのどれもがワンピースだったことには首を捻る。誰の趣味なんだろう。


 それでも、家じゃ絶対に着れないかわいい洋服たちに目をかがやかせていると、いつの間にか後ろに立っていたいさなくんが、ネコさんの安全ピンのワンピースをクローゼットから出す。


「これなんか、すごくいいと思う」

「可愛いけど、えらい人に会うんだよね? ぶかぶか、失礼じゃないかな」

「そんなことはない。主には絶対これが似合うし、失礼でもない!」

「そ、そう? じゃあこれにしようかな」

「あぁ!」


 いさなくんが小さくガッツポーズを決めているのを見ながら、あたしはその手から洋服を受け取る。


 これ、クローゼットに入ってる中でも結構ゆるそうなんだけど大丈夫なのかな? 寝る時とかに着るやつじゃないの? これでとうしゅさまに会って大丈夫? 初対面で「なんだこいつ」って思われないかな。まあいさなくんがあんなに大丈夫っていうんだから大丈夫だと思うんだけど。


 うーんとその服を見ながらいさなくんが出ていってくれるのを待つ。ちっちっちっと部屋が時計の針の音だけになって、あたしといさなくんの間にちんもくが落ちる。でもいさな君は出ていく、そぶりすらない。え?


「あの」

「早く着替えないのか? あぁ、着方がわからない?」

「ううん、1人でできるから。いさなくん、出てって」

「え」

「え?」

「俺が手伝って」

「大丈夫だから!」


 あたしはいさなくんの背中を押して、部屋から追い出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る