「こちらの離れに主の部屋があるんだ」


 玄関でくつをぬぎ、母屋に入って数十分、どのくらい歩くのかというくらい歩かされて、わたりろうかをわたって。ついたさきは離れだった。


 西園寺家には母屋と離れ、使用人とうがあるらしい。いさなくんは小さい頃からこの離れでくらしているんだとか。120年ぶりに獣神いぬがみが生まれたため、一族で大はしゃぎした結果らしい。


 母屋にいるパパとママと小さい頃から食事の時くらいしか顔をあわせなかったと聞いて、あたしはうるっと目をうるませた。だって、こんなに広くて部屋もいっぱいある離れで、小さい頃から1人暮らしなんてあたしはきっとたえられない。


 いさなくんがかわいそうでいさなくんの黒いスーツ、ズボンのすそをきゅっと握れば。いさなくんがかがんでくれたから、抱きつけば抱きしめ返される。


 抱きつくのに夢中になっていたあたしは、いさなくんがこうこつと笑っていたことに気付かなかった。


 あたしを抱えすたすたとなれたように離れを歩いて進み、きれいな桜と金のちょうちょが描かれた両開きのふすまの前でいさなくんは立ち止まり。あたしを下ろした。


「ここが主の部屋だ」

「このふすま、きれい」

「喜んでいただけたならよかった。さぁ、開けてみてくれ」

「いいの? じゃあ」


 えいっとふすまを左右に開ける。


「うわあ・・・お姫様の部屋みたい!」

「気に入ってもらえたか?」

「うん!」


 ピンクのじゅうたんに金の縁取りの赤いカーテン、白木でできた猫足のローテーブルやチェストにクローゼット、赤いベルベットのソファー。天井は白地にバラが描かれていて、きらきら窓から入る光に照るミニシャンデリア。


 ところどころに置かれた花びんにはバラやマーガレット、カスミソウ、グロリオサなどが活けられていた。


 そして何より目を引いたのが天井から下ろされるうすい布地、てんがい付きベッドだった。


 うれしくて入り口のところで歓声を上げれば、いさなくんに入るように促される。


「ここは君の部屋なんだから、入ったらどうだ?」

「う、うん。入ってもいいの?」

「主の部屋だ。君以外の誰の許可もいらないさ」

「うん・・・わあ! すみっこぐら〇のぬいぐるみある! ペンギン! 大きいよ!」


 黄緑色の丸っこいフォルムが可愛らしいそれにかけよる。ほかにもネコさんやテディベアなどが白木のチェストの上に置いてあって可愛かった。それに手を伸ばしてつんつんとつっついてみる。可愛い。


 あたしが楽しく遊んでいるのを、部屋に入らないでいさなくんが見ていた。

 あ、あたしの許可がないと入れないのかとあたしはあわてていさなくんのもとにとことこ歩いていく。それとあることを訴えるために。


「待たせちゃってごめんね? それと」

「これはこれで楽しかったから構わない。どうした、主?」

「あの、ね」

「部屋が気に入らなかったか?」

「ううん! すっごく可愛くてあたしにはもったいないくらい! で、あのえっとね。・・・イレ」

「すまん、もう一度言ってくれないか」

「お、おトイレ、どこかな」


 もじもじと足をすり合わせながら言えば、きょとんとしたいさなくんが、しゅんじにあたしを抱き上げた。ふすまを開けたまますたすたと廊下を歩いて角を2回曲がり、焦げ茶色の飾り気のない引き戸の前まで来てあたしを下ろした。しんどうが少ないように歩いて下ろしてくれたのが嬉しかった。


 あたしはいさなくんにお礼を言うのも忘れて、トイレに飛びついた。




「すまない、配慮が足りなかった」

「ううん、あたしがもっと早く言えばよかったの。ごめんね」

「主に遠慮させるなんて獣神の風上にもおけない・・・」

「いさなくん、あたしえんりょなんてしてないよ?」

「主の心を配慮してこそなのに・・・」


 あたしの前に膝をつき、はあああと大きくため息をついて落ち込んでいるいさなくん。背中も丸まっていて本当にしょんぼりしていた。


 はいりょっていうのはよくわからないけど、そのせいでいさなくんが落ち込んでいるのを見るのはいやだった。だからあたしは、その背をよしよしってなでて、いさなくんの頭をぎゅっと抱きしめた。


「いさなくんはやさしいよ。あたし、トイレ間に合ったし。別に平気」

「でも・・・」

「大丈夫だってば」

「・・・」


 ぎゅーっと胸に抱え込んだ顔にあたしの顔を擦りつける。これで元気になってくれればいいんだけど。あたし、いさなくんと今日初めて会ったしよく知らないからなんて言ってなぐさめればいいのかよくわかんないけど。


 とりあえずほっぺすりすりしておいた。いさなくんのほっぺがすべすべで気持ちよかった。


「あたし、おかしくれるし、やさしいし、いさなくんのこと好きだよ」

「主!」

「だから、そんなこと言わないで」

「・・・すまなかった、もう大丈夫だ。主」


 ほっぺといわず顔全体を真っ赤にしたいさなくんが、さりげなくあたしから離れた。りんごみたいに赤い顔をじっと見つめれば、ふいっと顔をそらされる。どうしたんだろう。


 ふしぎに首をかしげていると、こほんといさな君がせきばらいした。


「まぁ、それはさておき。食事の準備が出来たらしい。母屋に行こうか」

「え、なんでわかるの?」

「あれだ」

「あれ?」


 いさなくんがまっすぐ視線を向ける方向に目をやれば、えんび服っていうのかな? スーツに似た格好をした執事さんがぺこりと頭を下げてきた。あわてて下げ返す。そしていさなくんを振り返ると、ぶぜんとした顔であたしを見ていた。


「食事の準備が整ったら来るように言っておいた。ようは仕事だ。だから君が頭を下げる必要はない」

「でも・・・呼びに来てくれたんだし」

「・・・それは君のいいところかもしれないが、俺にとっては喜ばしくないところだな」

「え?」

「何でもない、行こうか」

「うん!」


 さりげなくからめとられる手に引かれながら、あたしはいさな君と一緒に母屋に向かった。

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