案内

「主は食べ物、何が好きなんだ?」

「え、うーんと・・・笑わない?」

「俺が主を笑うなどありえるものか」

「・・・んと、すなぎも」

「え」

「すなぎも、大好き! こりこりしてておいしいよね」

「あぁ、あの歯ごたえは確かに。しかし、砂肝か・・・」


 車の中、あたしの好きな食べ物を聞いて、うーんといさなくんがうでを組む。どうしたんだろう? でもすなぎも好きなのわかってくれてうれしい。大体あたしの好物を聞いた子って、なにそれ? って言ったりしぶいねって苦笑する。


 パパとママだって笑ったのに、共感してくれたのはいさなくんが初めてだ。うれしくてにこにこしていれば、いさなくんが主? とふしぎそうに首をかしげる。


「いさなくんも、すなぎも好き?」

「まあ好きかと言われればそうだな」

「えへへ、そっかぁ。わかってくれる人、初めて」

「俺が主の初めての人・・・!」

「おそろいだねー」

「しかも揃いか!」


 組んでいたうでをほどいて、いさなくんはぐっとこぶしをにぎりしめ小さくガッツポーズを決めていた。本当にいさなくんてちょっと変わってると思う。別にやじゃないけど。


 本当を言えばまだちょっとだけこわいけど、やさしいしクッキーくれたし爪ととのえてくれたし。あたしのこと、大切にしてくれるって言った。なによりも、あんなにきれいな顔、きらえるわけない。


 ちらりとそのきれいな顔を見上げれば、ばちんと目が合った。


「どうしたんだ?」

「んーと、どうしてそんなこと聞くのかなって」

「あぁ、せっかく主をお迎え出来たんだ。昼飯は主の好きなものをと思ってな」

「すなぎも食べられるの!?」

「あぁ、昼は焼き鳥にしようと思っている」

「いっぱい食べたいな!」

「任せてくれ」


 いさなくんがあたしの頭をなでなでする。くすぐったくてきゃあきゃあ笑っていると、いさなくんも笑ってた。車のまどから入ってきた光が白金の髪に反射してきらきらきれいだった。しばらくそうして遊んだあと、いさなくんが口を開いた。


「他に食べたいものや好きなものはないか?」

「えー・・・んー、りんごが好きかな。あの甘いかおりが好き!」

「林檎か・・・今日の風呂に浮かべてみるか?」

「おふろに!? もったいないよ!」

「使った後の林檎はきちんと俺が責任もって処分するから安心してくれ」

「もったいなくないの?」

「あぁ、だから大丈夫だ」


 かがやかしい笑顔でいさなくんがサムズアップする。使いおわったあとのりんごなんて汚いしすてるしかないと思うんだけど。どうするんだろう。


 あ、花だんにまくひりょうにするとかかな? 確かそういう感じのがあった気がする・・・。いさなくん、すごいな。頭いい。知らずそんけいの眼で見るあたしに、いさなくんが首をかしげる。


「なんだ、主?」

「ううん、なんでもないの。えっと、いさなくんは何才なのかなって」

「あぁ。22才、月見城大学の4年生だ」

「つきみしろ・・・すごいね、頭いいんだ」

「そんなことはないさ」


 月見城大学。この街にあり、東〇とも肩を並べるほど頭のいい人たちがそろう大学。当然この街にあるということは、西園寺家が作った大学なんだけど。


 ずっと前ママとパパが話してるのをちょろっと聞いただけだから何とも言えないけど、とりあえず頭がいいのはわかった。・・・でも月見城には変人が多いとも聞くけど本当なのかな? いさなくんちょっと変わってるし、変と言えば変かもしれない。西園寺家がこわいから絶対言えないけど。


「なんのお勉強してるの?」

「看護・・・保健師をとろうと思っているんだ」

「ほけんし?」

「保健室の先生になりたいんだ」

「わあ・・・そしたら学校でも一緒だね!」

「あぁ、主の成長を間近で見守れる」


 うっとりとほっぺをそめてあらぬ方向を見るいさなくん。やっぱりいさなくんってちょっと変かも。でもそっか、保健室の先生か。いさなくん、美人さんだから怪我してない生徒もいっぱい来そう。用もないのに。


 あ、でも西園寺家。幼稚園児だって西園寺には近づかないようにって言われてるんだからそうでもないか。でもそうしたら本当に具合の悪い子も来れなくなっちゃうんじゃないかな、ちょっと心配。


 そんな会話をしつつ、ほっぺをつっついてきたいさなくんにつつき返しながらじゃれていること十数分。


 周りを木々に囲まれた高台にある西園寺家に行くため、車がななめにかたむいてから十数分ほどたった時。

 突然開けたそこ。大きな重厚って言うのかな? 松の木がかぶさっている重そうな門の中に入り、そこで車は止まった。


 いさなくんが扉を開け、先に降りてあたしを待っていてくれたため、急いで降りる。


「ありがとう、いさなくん」

「礼を言われるほどのことじゃないぜ、主のためだ」

「うん、でもありがと!」

「主・・・」


 緑のかおりがするび風の中、いさなくんを見上げてにっこり笑いながらお礼を言うと、いさなくんは感動したようにひざを地につけ抱き着いてきた。


 あたしと違ってさらさらの髪が風になびいて鼻をくすぐってきてむずがゆかった。ぎゅーぎゅーしてくるからあたしもぎゅーって返せば抱きしめる力がさらに強くなる。苦しくはないけどね。そこらへんはちゃんと手加減してくれてるみたい。いさなくんって大人だ。


 耳にかかったマーガレットが落ちそうになっていたから、それを付け直したところでいさなくんの顔が上がる。


「主?」

「おひざ汚れちゃうから、立とうよいさなくん」

「あぁ・・・。それにそうだな、昼飯が出来るまで我が家を案内しよう」

「わー、よろしくね」


 立ち上がったいさなくんに手をひかれて、あたしはかきねに紅白のたれ幕がかかり、なんか赤地に金のけものの絵がししゅうされた大きなたれ幕が下がっている母屋に向かって歩いていった。




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