挨拶

 帰り道、色んなところからの視線を感じながら下校する。まだお昼のチャイムも鳴ってないのに小学生が帰ってるのがおかしいのかな? けっこう背が小さい方だから中学年に見られているのかも。あたし、最高学年だよ! 


 それとも一緒に歩いているいさなくんが美人さんだから見られてるのかな。ぽかぽかと温かい日差しの中をてくてくといっしょに歩いているいさなくんをちらりと見上げると、ばちんと視線が合ってしまった。にこっと笑うとにこっと返してくれた。


 本当はいさなくんが車で送ってくれるって言ったんだけど、せっかくお天気もいいから歩くことにしたんだ。いさなくんは車で行けば? って言ったんだけど、主と歩きたいって言われた。


 おさんぽしたいんだって。わんちゃんだから? よくわかんないけどそわそわ隣を歩いていたいさなくんの細くてきれいな指をきゅっとにぎるとぱあぁぁと顔をかがやかせてくれた。せいかいだったらしい。


 でもじろじろ見られるのはやで、ちょっといさなくんに隠れながら歩いていたあたし。じゃまだと思われてないかなと思って顔をあげれば、いさなくんはとてもいい笑顔でサムズアップしてくれた。いさなくんておかしくれるしやさしいけど、ちょっと変わってると思う。


 そんなことを思っていさなくんの陰に隠れながら歩くこと15分。会話はなかったけどやな感じではなかった。

 家についた、はずだった。


「うわぁ・・・お花がいっぱい」

「・・・いくら主が花が好きとはいえ邪魔か? 片付けさせる?」

「ううん、お花好きだし・・・っていさなくんよく知ってたね?」

「あぁ。情報網にな、引っかかったんだ」

「じょうほうもう?」


 なんかすごいらしいじょうほうもう。引っかかるってお魚さんみたいな感じなのかな。よくわからないけど。あたしが首をかしげてもいさなくんはそれ以上答えてはくれなかった。


「これ『祝いの花束』だよね。金の包装紙に鈴と紅白のリボンついてるし」

「主はよく知ってるな」

「この街に住んでて知らない人の方が少ないと思うよ?」


 家が花束にうまりかけていた。


 コチョウランやバラ、マーガレットなど一種類ずつの花束が山になれと言わんばかりにちょっとしかないにわすら埋められていた。金の包装紙が太陽にきらきらしていてちょっとまぶしかった。


『祝いの花束』花全般が好きだった獣神いぬがみさんが、いつもお祝い事には金の包装紙と紅白のリボンと鈴をつけて贈っていたことから名付けられたこの街独特の風習らしい。前に転校してきた子が、他のところではやってないって言ってた。


 手近いところにあった、マーガレットの花束を拾い上げてくんくんとにおいをかぐ。甘やかな匂いがうれしくて、あたしはそのうれしさをいさなくんにもわけようとした。


「このマーガレットいい匂いだよ」

「そうだな」

「あ、いさなくんに似合いそうだね。そのままで待って」

「こう?」

「うん。・・・よし、きれいだよいさなくん!」

「あ、主・・・!」


 花束を差し出すといさなくんがかがんで匂いをかいでくれた。すうっと吸い込んで、笑ってくれた。いさなくんの白金の髪がきらきら太陽に輝いてきれいだったから。


 花束から一りんマーガレットを引き抜いていさなくんの耳にかける。真っ白な花弁が白金の髪によく似合ってた。テレビに出る誰よりも美しい顔は、小さな花にいろどられてさらに輝いていた。


 じわじわと赤くなるほっぺたとうるんだ眼にやっぱり男の人にきれいは失礼だったかな青くなるあたし。


「あ・・・あの」

「ありがとう、とても嬉しい」

「え・・・いいの? 嫌じゃない?」

「君がくれるものが嫌だなんてありえないな。ありがとう、主」


 ふわりと笑ったいさなくんは花の妖精みたいにきれいだった。見たことないけど。




 それはさておき、かぎを使って家の中に入る。あたし、これでもかぎっ子なんだよ! パパもママも共ばたらきだから仕方ないのだ。


 でも、だから友達とかを家に連れてきちゃいけませんって言われてるんだけど、いさなくんは大丈夫なのかな? 友達じゃないけど。


 とりあえず玄関につみ上げられていた花は少しはしによけさせてもらった。いさなくんも手伝ってくれた。時々手がふれるたびに引っ込めてたのが変だった。さっきまで手、つないでたのにね。やっぱりいさなくんってちょっと変わってる。


 かぎを開けて、とびらを開くと玄関口にも花束が積まれていた。あれでも家の中に入れたらしい。まだあふれんばかりだったけど。そのすきまにパパとママのくつを見つけて。


「パパー、ママー」

「まい!? 今西園寺家から電話が・・・」

「まい! 西園寺の若様と知り合いだった・・・」

「急に失礼した。西園寺唯真だ。少しお話よろしいか」

「「もちろんです!」」


 玄関でパパとママを呼ぶと、2人ともリビングからあわてて出てきた。廊下も花束でうまっていて、わずかに通れるすきまがあるだけで、これが本当の花道なんだなとどうでもいいことを思った。


 2人とも何か言ってたけど、いさなくんをみるとぴきーんと固まってしまった。そしていさなくんが口を開くとがくがく頷いていた。どうしてだろうと思ったけど、そういえばやさしいからすっかり忘れてたけど、いさなくんは西園寺の人だった。こんなはんのうにもなるよね。


 いさなくん、パパとママより年下みたいなのに一番えらそうというか堂々としててちょっとかっこよかった。耳にお花かけてるのはかわいかったけど、内緒だ。


 玄関を上がって花道を通りリビングに通される。リビングも花束だらけだった。さすがにちょっとげんなりした。リビングの向かい合わせになった2人掛けのソファーとローテーブルのあるところまで来ると、パパがきんちょうしているみたいに強張った顔で口を開いた。


「どうぞ、お座りください」

「うん。主、隣においで」

「えー、あたしパパとママの間がいい」

「まい!」

「若様の隣に座りなさい」

「え・・・あ、うん」


 2人からきょひられたあたしはとぼとぼといさなくんのとなりに座る。いさなくんがちょっとこわい目をしてパパとママをにらんでいたがあたしは気付かなかった。2人が冷や汗かいていることも。


 いさなくんを、見上げればにこっと笑顔を向けられる。それににこっと返して2人でにこにこしていれば、ママが席を立って紅茶を持ってきてくれた。


「若様、その。その花は一体・・・」

「主からいただいたものだが何か?」

「い、いえ何でもありません」


 お父さんがいさなくんに話しかけていたけど、あたしはそんなことより気になることがあった。匂いだ。


 アプリコットの香りがして、この間家族で行ったショッピングモールで買ったネコさんのパッケージのやつだってわかった。うれしくて、それをいさなくんに自まんしてしまう。


「いさなくん、これネコさんの紅茶なんだよ。かわいいの」

「ほう、主がお気に召したものか」


 目を細めていさなくんが紅茶をにらむ。アプリコット、きらいだったのかな。しょんぼりと肩を落とせば、あわてた様にいさなくんが言いつのる。


「いや、可愛いのか。ぜひ見てみたいものだな」

「2つ買ったんだよ! ね、ママ」

「はい、持って参ります」

「頼む」

「あたしが持ってくるね!」


 そうしてあたしはリビングを飛び出した。ちょっと曲がってキッチンに入る。淡いオレンジ色の和紙で包まれた筒。猫と紅茶と書かれたパッケージ。


 ところどころにネコさんのシルエットが入っていて、ちりんちりんと小さな鈴が可愛らしいそれはシンクの上に出ていた。


 それをひっつかんでいさなくんのところまで戻ろうとキッチンを出れば、いさな君とパパとママがしんけんな顔で何か話し合っていた。

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