第11話
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まさか、メールが届くとは思ってなかった。LIMEとか、Twiterは今まで使えなかったのに。
どういうこと?私がここにいるからだろうか。
私は巾着を持つ指を絡ませながらため息をつく。
それは良いことでもあるけれど、同時に私に後悔もたらすことだろう、と、心の中では分かっていたから。
俯くように、地面を眺めながら歩いていると、ぎゅるる、とお腹が鳴ってしまった。…恥ずかしい。
「ほんとにお腹空いてるんだね。」
少し足早になっていた私に追いついた友也くんは、私を見下ろしながらそう微笑む。
「し、仕方ないでしょ……私だってべつに好きで鳴らしてるわけじゃないもん…。」
ほんと、お腹が空きやすいのは前から変わっていなくて困っている。こういうところはそのままなんだよなぁ。
「じゃあ河川敷についたら僕が何か買ってあげるよ、それまでがんばって」
「え?ほんと……?やった…!」
私が溜息をついたことに気を使わせてしまったのだろうか。彼は隣で「んー。」と少し唸った後、いつもの笑みで私の瞳を見た。
「まぁ、僕と一緒に回ってくれてるお礼だと思って。実際、椎名さんと回れて…楽しいからさ。」
紺色の浴衣を着ている友也くんは、備わっているらしいポケットに手を突っ込むと、すたすたと音を立てながら私の隣を歩いていく。
「うん、そういう事にしておくね」
…お礼を言わなければいけないのは私の方なのに。
そう思いつつも、私は微笑を浮かべ彼の顔を見上げた。
まっすぐ前を見つめる彼の瞳は、目に映る街頭の灯り全てを吸い込んでいるかのように黒く澄んでいて美しい。気づけば私は数10秒間、いや実際は数秒間なのだろうけど、彼の瞳を見つめていることに気づく。
「……ん?な、なに。なんか僕の顔に付いてるの?」
「んーん、なんでもない」
彼は恥ずかしかったらしく、顔をみるみるうちに紅潮させると目を泳がせた。
ふふ、おもしろい。
なんだろう、少し前から思っていたけれど、友也くんといると凄い安心するというか、生きてるって感じがする。何言ってるんだ私。
「なんだよ…恥ずかしいからやめてくれる……?」
そのまま見つめ続けていると彼は照れくさそうに頬を掻きながら歩く早さを上げ、私の前に行ってしまった。
「もう、待ってよ。」
私もまた、彼に置いていかれないように、しっかりとついて行く。
─
「ありがとう友也くん!まさか本当に買ってくれるとは思ってなかった。冗談かと…」
「言ったことだし、流石にね。ていうかこれくらい大したことないから」
河川敷の真ん中。お祭りとかでよくある大きめのビニール袋で作られた簡易的なゴミ箱がいくつか並んでいる場所の近くにあるベンチで私達はチョコバナナを食べている。今日も今日とて河川敷を行き来する人は絶えず辺りは賑わい、気づけば安堵に似た感覚が私の心を明るく染めているようだった。
「そういえば友也くん、チョコバナナよく買うの?さっきのお店のおじさんに顔覚えられてたね」
「昨日帰りがけに妹と寄ったからかな。それにしてもおじさんの記憶力凄いね」
このチョコバナナを買った屋台が昨日たまたま令奈さんと一緒に寄った店だったらしく、私たちが着くなり店主は友也くんに「おお、また来てくれたんだねボク!」と親戚のおじいさんみたいな口調で言ってきた。その後「今日は昨日の子連れてないんだねぇ、1つでいい?」なんて言うから仕方なく「あの……。」と私から声をかけることになっちゃったけど……まぁいいか。慣れてるし。
「それにしても椎名さん本当に影が薄いんだね、昨日もこんな感じだったし。ああ、ごめん。失礼なこと言ったね」
彼はくすくすと笑いながら齧ったチョコバナナを口の中で咀嚼する。
「…ううん、…実際、私気づかれにくい人だから」
気づかれにくいというか本当に気づかれないけれど。
「それだと生きていくの少し大変そう」
「あはは……ほんと困るよね…」
「ごめんごめん、冗談だよ」
友也くんは冗談で言ったらしく、くすくすと笑っていた。
私は微笑なのか苦笑なのか、どちらもが混ざったような笑みを浮かべながら未だ半分も食べていないチョコバナナを齧る。
まだチョコレートは温かく、しっとりとした甘みが私の中に染み渡っていくようだった。
その後は「チョコバナナってさ、このチョココーティングのしっとり感が良いよね。」とか唐突に友也くんがチョコバナナについて語り始めたり、妹の令奈さんについて話を聞かせてもらった。友也くんと令奈さんは本当に仲が良いみたいで、友也くんのことを「おにぃ」と呼んでるらしい。彼はその呼び方をやめて欲しいと言っていたけれど、どこかそれはそれで楽しそうだった。良いなぁ、そういうの。
前私にもお兄さんがいて、いつも「兄さん」って呼ぶと にこにこしながらこっちを振り返っていたっけ。
私は食べ終えて残ったチョコバナナの棒を指でくるくると遊びながら兄さんのことを思い出す。
兄さんはいつも私に優しかった。
私の体が元からあまり強くない事もあってか兄さんは本当に私を大切に扱ってくれていて、そのおかげで私たちが通っていた高校では「葵様のお兄さんはめちゃくちゃシスコンらしい」とまで噂が立ってしまうほど行き過ぎた時もあった。
ふふ、思い出すと笑みが零れてしまう。
あの頃の私は兄さんのことを少し鬱陶しがっていたけれど、それと同時に、私はこんな私のことを気遣ってくれていた兄さんの事が好きだったのだ。
……ああ、友也くんの近くにいると落ち着く原因はこれなのかもしれない。
友也くんのその話し方や私への接し方が、あの頃の兄さんと似ていたのだ。
だからこんなにも、彼の傍にいることで落ち着くのか…。
そんな事を考えながら隣の彼を見る。彼はまだ妹の事が話したりないみたいで、「でさでさぁ、」と切り出すとまた妹への不満を言い出した。
ふふ、こんなたわいもない話が私には楽しい。
くだらない事で笑い合うことが、誰かと笑えることが、今まで1人でいた私には充分過ぎるほど楽しいのだ。
ひとしきり話終えると私たちの間には静寂が訪れる。けれどその静寂すら私には心地良いもので、ただ静かに、私は友也くんの隣で目の前を行き交う楽しそうな人々を眺めている。
屋台から漂う焼きそばの香り、くじ引きを引いて騒いでいる子供たち。
昔にもこんな景色を見たな…なんて思いながら、私は雲一つ無い星空を見上げた─。
彼女の映る世界 桜之 玲 @Aoin8
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