第10話

それから、僕達は昨日行った河川敷へと歩いていた。

椎名さんが連れていってくれたあの幻想的な場所で、1時間くらいは過ごしただろうと思っていたけれど、実際は30分程度しか経っていなかった。

通りすがった子供が持っていた綿菓子の香りが鼻腔をくすぐり、なんだか僕もお腹が空いてきてしまうようで、僕は極力見ないようにする。

提灯に照らされた大通りを並んで歩いていた時、ふと思い出したように僕は呟く。

「まだ連絡先交換してなかったね」

「え?」

椎名さんとはあと2日間お祭りに行く予定だし、連絡先を知っておけばお祭りが終わってからも会えるかもしれない。

そんな少し期待の混じったような考えをしてしまいつつも、僕は連絡先の交換を提案することにした。

「…LIME交換しない?」

「………。」

僕の提案を聞いた彼女は酷く動揺していた。

きゅ、と口を結んでいた彼女はしばらくすると、何か意を決したような表情をしこう告げる。

「……メールアドレスでも良い、かな…。」

「……?良いよ、じゃあ僕から空メールを送るよ。」

LIMEを使っていないのだろうか。

LIMEとは友達内で通話やメッセージを送ることが出来るアプリケーションであり、高校生だったら誰もが入れているようなものだ。

まぁ良いか、どちらにせよこれで椎名さんと連絡を取り合える様になれたわけだし。


「…じゃあ、アドレス読むよ。」

僕は、椎名さんが読み上げてくれている通りに連絡帳に英語を打ち込む。ふと椎名さんを見てみると、彼女は落胆したような、悲しげな表情をしながら俯いていることに気づく。

「椎名さん、どうかしたの?」

「え?な、なんでもない……」

苦笑気味な笑みを頬に浮かべ、彼女はアドレスを読み続けることを再開する。


「……よし。」

椎名さんのアドレスを連絡帳に保存し、メールの新規作成を開く。

僕は、とりあえず件名に【三尋木友也です】と打ち込み送信することにした。【です】は要らなかったかもしれない…目の前なんだし。

僕が少しくすぐったいような気持ちになってしまっていると、彼女の携帯電話が震え、僕のメールが届いたことを知らせる。

「……え?…………来た!!」

「ふふ、そりゃあ届くよ」

当然の事を嬉しそうに彼女が微笑むものだから、僕もつい くす、と笑みが零れる。

そうして彼女はしばらくの間、信じられないとでも言うかのようにスマートフォンの画面を見つめていた。

「どうしたの椎名さん。ふふ、何かあったら連絡して。できるだけ早く見るようにするから。」

まぁ僕の事だから連絡が来たらすぐに見てしまうだろうな、なんて少し自嘲気味に思いつつも、連絡が来る事を期待する僕。

うん、わかった。彼女は微笑みそう告げると携帯電話の画面をたっぷりと見つめあと、手に持っていた赤色の巾着にしまった。

「悪戯メールとかしちゃおうかな」

珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべながら顔を覗き込むように見てくる彼女。


そのまますたすたと、まるで夜道に吸い込まれて行くように先に行ってしまう彼女に置いて行かれないように、僕も歩く足を早めた。


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