第9章 下女の人形

   1



扉を開けたら、茶色い髪の毛がみえた。


目を落とせば、貧相な身なりで、貧弱な体付きした、

少女の人形がそこにいて、見上げる視線とぶつかる。



   2



「い、いらしたんですね、よかった~っ。

へ、部屋をまちがえたかって泣くとこでし……」


前髪のかぶさる榛色(はしばみいろ)の瞳が涙ぐんでいる。

――左のほうの眼はそこについていなかった。


「あ、あなた様のお世話するよう、

主からいいつけられております」


下女(メイド)ような粗末な恰好で羽布団を抱えている。

――その右腕はついていなかった。


「ど、どうぞなんなりと、

お、おもうしつけくださいませ」


ぺこんと少女はお辞儀する。

がくんと体が傾き、ころびそうになった。


「足がわるいの?」


僕は咄嗟(とっさ)に体を支えてやる。


ほんのかすかながら乳房はある。

けれど、堅い人形のそれなのが、

何か哀れに感じられたのだった。


「――は、はい。失敗作なんで、左足が短いんです。

こんなだから、“できそこない”って呼ばれてます」


ボヤボヤのお下げが跳ねて、

顔にふれるのが擽(くすぐ)ったかった。



   3



「お、お休みになる布団を持ってまいりました。


あ、ああ! 落としてしまってます~っ」


慌てて拾って振るうと、

埃と羽毛が舞い飛んだ。


「けふ、けほ……。


も、もうしわけござません。

お、お掃除いたします!」


不恰好な木靴を履き、

不格好にガタガタと、

音を立てて走ってき、


持ってきたモップの柄に足を絡ませ、

転げた勢いでバケツをひっくり返す。


水の入っていたバケツを頭から被って、

ずぶ濡れの髪や服に羽毛がくっついた。


狙ってやったとしたってできはしない。

狙ったのだとしたらこの道化(おどけ)は芸術だ。



   4



「き、着替えて来たら?」


かぼそい腕を取って立たせてやる。


「だ、大丈夫です。


私は人形ですから、

風邪なんて……。


ぶぇくしっ!」


大きなくしゃみをした。


「ひ、ひぇ~っっ!


は、洟水(はなみず)をおかけしてしまいした」


衣裳の裾をめくり上げて、

こちらの顔を拭こうとし、

下腹部がむき出しになる。


なんというか本物らしく、

そこは精緻な拵(こしら)えだった。


「ちょっ、待ってよ」


僕は酷く焦りながら、

そこに目を奪われた。


「ひゃっ?」


彼女も気づいて、

ぱっと前を隠し、

ぺたんと床へと、

座り込んでいる。



下穿きパンツ、はいたほうがいいね」


耳が熱い。


「…………はい」


彼女は項垂(うなだ)れた儘(まま)、小さな声でいった。



   5



喋ると吃(ども)るし、

頻りに失敗し、

落着きがない。


歪(いびつ)だし不細工で、おぞましいはずなのに、

なんだか滑稽で愛らしささえ感じさせる。



ずっと張り詰めてばかりいて、

切れそうになってた心の弦(いと)を、

彼女が緩めてくれた気がした。



   6



いつか唇に笑みが浮かんでいることに少年は気づいていない。


そして、人形がぼうっとしながら見蕩(みと)れていることに――。

その切ない憧憬のような瞳の色に気づいていない――。


だれかそれをながめているものがいたとしたら、


なにか美しく、

どこか哀しい、


光景にみえたかもしれない――。

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