第7章 夜と氷の姫
夜の館に彼女は住まう。
氷の国を彼女は統べる。
1
そこは謁見の間のようだ。
奥まった方が段になっていて、
金剛石(ダイヤモンド)の玉座が設えてあった。
若い女の姿をした人形が、
物憂げに横座りしている。
背は高くもなく低くもなく、
けれどすらりとした肢体だ。
「――ノウスィンカ」
人形は呼びかけられて、頭(こうべ)を廻らす。
短めの黒髪から覗く白い項(うなじ)、ほっそりとした頚筋(くびすじ)、
そして少し尖った頥(おとがい)を少年はみる。
つり気味な巴旦杏(アーモンド)型の眼に填め込まれている、
大粒の氷石のような瞳は異様な美しさだった。
「この館に客人は久しい。
男子(おのこ)はあまり好まぬが、
妾(わらわ)の退屈を紛らわしてくれるなら、
それなりの歓迎くらいはしようぞ」
人形が足を下ろし立った。
機械のようなぎこちなさはなく、
艶(あで)やかでなよやかで優婉な動き。
雪のように白い衣裳を着た上、
オーロラのような布を腰巻く。
夜のような黒髪を飾るのは、
透き徹った宝石と青い氷花。
「妹を返してほしい」
魔女を見据えていう。
3
「ふむ、そなたの妹とな。
そのようなこともあったかの?」
魔女は首を傾(かし)げた。
少年が睨(にら)みつける。
「おそれをしらぬようじゃな。
なれど、勇敢さばかりではどうにもなるまい」
香気のような気品と威圧は、
骨まで浸みる冷気とともに、
大広間を覆い尽くしていた。
少年は言葉を失った儘(まま)でいる。
「そうよの、よかろう。
そなたに力はあるまい。
ならば、智慧をみせよ」
その形は少女でありながら、
纏う雰囲気は畏怖そのもの。
「三つの試練を与えよう。
これを越えられたならば、
妹とやら返さぬでもない。
この館にて永遠に生きるもよし。
ここより財宝を持ち帰るもよし。
そなたの好きにしてかまわぬぞ」
その姿は美しい氷像のよう。
その声は氷柱の音色のよう。
「妾は、このうえなく慈悲深い。
それ故、そなたに告げておこう」
その声は氷菓のように、
冷ややかで甘やかな声。
「この試練、そなたでは無理だ。
だから、誰の力を借りてもよい。
ただし、それを助けたる者は、
死をもって罰されるであろう」
彼女は泣かぬ、微笑まぬ。
彼女は歌わず、ただ囁く。
気まぐれな美しい魔女、
美しく残酷な魔女――。
4
「部屋を用意させる。
いまは休んでおれ。
人形は夜に
動くものだ」
その言葉とともに、
館が振動を始めた。
「ここは永遠に夜だが、
人の世で夜明けが近い。
館の変遷が始まるぞよ」
床が動く、
壁が回る。
回転木馬さながら、
回って回る壁と床。
透き通る黒曜石の中で、
絡繰り歯車が切替わり、
再び噛み合っては、
通路が組み変わる。
床が沈んで、
迫り上がる。
彼が乗っかった儘にし、
高速で移動させられた。
5
やがて、変遷が終る。
自分が小さな部屋に、
いることに気づいた。
扉の外はあの迷宮だろうか。
遠くから奇妙が足音がする。
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