「早希……」


 そこにいたのは紛れもない早希だった。続く言葉は決まっている。


「どういうことだ?」


 はっきりと顔が見える位置まで近づいて、疑問を投げかけた。


「お母さんからの手紙。あれは私が書いていたの」


 その言葉に鈍器で後頭部を殴られたかのような鈍い衝撃を受ける。


 当初、早希を疑ったこともあった。しかし、早希が知らないようなこともたくさん書かれていたため、俺の中からすぐにその答えは消えていた。


「早希が産まれる前のことも書いてあったよ」


 どうして手紙の存在をしっているのか? 疑問は次々に姿を表すが、予想外の状況に思考がおいつかない。


「うん。書いてたのは私。内容は福田のおじさんが考えてたから」


 ──福田が……?

 早希は俺の困惑した表情を一瞥すると背中を向けて言葉を続けた。


「おじさんが私の字がお母さんに似てるって言い出してね……」


 福田と早希が共謀して? 道理で犯人探ししても見つからないわけだ。


「どうしてだ……父さんを苦しめるためか? もっと罰を受けろっていうのか!」


「違う! もしもお母さんから手紙が届いたら、お父さん元気になるかなって……。悪気があったわけじゃないの。ずっとずっと寂しかった。お母さんが死んでから、お父さんまで死んじゃったみたいで……でも手紙を始めてからお父さんは少しずつ元気を取り戻してくれたから……辞めるタイミングがわからなかった……それで傷つけてしまったことは……ごめんなさい」


 すべて偽りだったのか。俺が追いかけてきた妻は幻。夢にみた妻が真実ということだ。


 俺は許されちゃいない。許されちゃいないんだ。許されちゃいけない人間なんだ。


「それで? 満足したか。父さんはな、もうだめかもしれない」


 自分でも驚くほどか細い声がでたとおもう。


「どうして最後に思い出の場所にこいって書いた……。あれで終わらせてくれれば、父さんは夢をみたまま過ごせたかもしれない。どうしてだ? なぁ、どうしてだ!」


 語気を強めて言った言葉に娘は肩を震わせた。そして泣きじゃくりながら叫んだ。


「お父さんに思い出してほしかったから!」


「意味がわからない。父さんはお母さんのことを毎日……」


「違う! お父さんはお母さんを辛い思い出としてしか見てない! 私は楽しい思い出を思い出してほしかったの。確かにお母さんが死んだのはどうしようもないくらい辛いよ……でもね、手紙に書いたことは嘘偽りない真実だよ。お父さんが加害者ぶってるのは楽したいからだ! すべてを受け止めて生きていく覚悟がないんだよ!」


 すべてを受け止める覚悟……?


「お父さんは記憶をすり替えてるんだよ」


 記憶をすり替える? 早希が何を言っているのかが理解できない。


「事故のとき、確かにお父さんは少しだけ速度を出し過ぎていた。でもね、あの時突っ込んできたトラックは赤信号を無視してきたのよ? 酒気帯び運転だったのよ? なんでその事実をねじ曲げて、すべてを一人で背負おうとするの?」


 酒気帯び……信号無視……そのワードを聞いて記憶が巻き戻る。そして録画映像のように再生された。


「トラックの運転手は罪を償ってる。私お父さんに黙って面会したこともあるのよ……何度も何度も謝ってくれた……あの姿に嘘はないと思う。お父さんだけが悪いんじゃないの、だからもう前を向いて歩こうよ!」


 ──すべての点と点が線でつながった。


「父さん……許してもらえるのかな」


 早希は何度も何度も力強く頷いて、俺の体を抱きしめた。


 ほのかに香るシャンプーの匂い……懐かしい匂い。これは有紀が愛用していた花の香りがするシャンプーか……。


 俺は早希を力の限り抱きしめ、心の底から言葉を吐き出した。


「寂しい思いをさせて……すまなかった」


 これだけ俺を気にかけてくれている人達がいる。会社のみんなも、福田も、良子さんも……そして早希も。


 それに気づいているはずなのに、俺自身が弱かったせいですべて拒絶していたのだ。


 全部……全部俺のエゴだったんだ。


 妻との思い出はいろんな場所にたくさんある。


 匂いは、面影はすべて家に……娘に詰まっている。


 いつも妻は俺の近くで見守ってくれていたんだな。


 そして……こんな素敵な贈り物を残してくれたじゃないか──。


 君が出来なかったこと、やりたかったこと全部、早希と長い時間をかけてやり遂げる。父親として頼りない部分もあるだろう、君のように手先も器用じゃないから料理も作れない。


 でも、『君がいないから』を理由に立ち止まってはいけないのだと早希に気づかされたよ。


 『ありがとう』この言葉をもう六年も君に言っていなかったな。


 ──俺と結婚してくれて本当にありがとう。

 君はここにいる。ずっと生きている。俺たちといるんだ。


 俺たち三人は家族なんだから──。


 そのとき聴覚を柔らかく、二人を暖かく心地よい空間が包み込んだ。ぬるま湯に浸かっているような優しい……優しい……ぬくもり。


 幻聴だろうか?

 幻影だろうか?


「有紀……」


 エーデルワイスを口ずさむ有紀は、俺たちを抱きしめながら微笑んでいる。


「許してくれるというのか……」


 昔と変わらないはずなのに、なぜだか記憶から欠落していた有紀の笑顔に胸が締め付けられる。


 夢に見ていた君も、俺が作り出した都合のいい幻だったんだな。


「……ありがとう」


 君の笑顔を見たら、もう一つ思い出したことがあるよ。


『エーデルワイスの花言葉ってしってる?』

『俺が花言葉をしってるような顔にみえる?』

『【大切な思い出】っていうんだ、だから余計にこの曲が好きなのかもしれない』


 そんな大切な思い出に浸っていたら、早希が首を傾げて問いかけた。


「お父さん、どうしたの?」


「すまん、なんかお腹すかないか? ……そのなんだ……外食でもするか」


 俺は行くよ。早希と新しい明日へ──。

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ゴーストレター ~神様からの贈り物~ 大友 青 @Bluehystyle

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