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「父さん、行かなければならないところがあるから、早希はおじいちゃん達とご飯食べて待っててくれるか」
七回忌法要。両家の親族が集まり、これから会食という頃合いに早希に声をかけた。
「ご飯食べてからじゃだめなの?」
せっかくの会食だからと言って、早希は俺を引き留めたが首を横に振る。今すぐにでも飛び出したい気持ちに勝てなかった。
「悪い。急用なんだ。おじいちゃんには話してあるから」
早希は不服そうに膨れ面をしたが、そんな様子をみかけた親父がやってきて早希の頭を撫でた。
「早希ちゃん、おじいちゃんと一緒にご飯食べような」
俺は無言のまま親父に会釈し、会場を飛び出すと大通りでタクシーを停めた。
「昼ヶ丘公園まで」
思い出の場所といっても複数あり、どこにいけば良いのか検討がついていなかった。それであれば、近場からすべて回るしか方法はない。
一体そこに何があって、何をさせるつもりなのかもわからないが、行かなければ何も始まらないのだと思う。
昼ヶ丘公園は市が運営する大きな公園で、よく二人でやってきた場所だった。ここには有紀が好きだった花がたくさん咲いており、赤、白、黄色と様々な色合いで園内を染めている。
この公園で特に思い入れが強い場所へと直行する。小高い丘を登り、またその先にある丘を登る。すると背がそこまで高くない展望台が見えた。螺旋状のスロープを駆け上がると、誰もいない展望台のベンチに息を切らしたまま腰掛ける。
そこから見える景色は、360度に広がる花景色。以前と変わらない景色に懐かしさを感じる。
あいつはこの景色が好きだった。このベンチに腰掛けながら、何時間も話をしていたこともあった。
『花の絨毯! こんな絨毯ほしい!』
『いや、家にあったら邪魔だろ?』
『弘則さん夢がなーい』
しかし、どうやら有紀が待っているのはこの場所ではなかったようだ。
視線を泳がせてみても特別変わったこともなく、溜息と共に肩を落とした。
次にきたのは山城動物園。少し郊外にあり、ドライブも含めて初めてデートした場所だった。
あの時は二人ともガチガチに緊張して、せっかくのドライブだったのに結局無言で到着したのだったな……。
『わたしパンダは見ないから!』
そう言って頑なにパンダの檻に行くことを拒否していたのを思い出した。
なぜ? そう尋ねると有紀は真剣な表情で言ったっけ……。
『だって、本物のパンダってお腹が茶色くてきちゃないじゃない? パンダは可愛いパンダがいいんだもの』
それを聞いて二人で笑って……ようやく緊張が解けたのだった……。
「ここでも……ないか」
初デートの場所でもない。彼女にとって俺との一番の思い出とは何なのだろうか……。
◆
ここには二度ときたくなかった。
真っ白な百合の花束を今は何事もなかったかのように新しくなったガードレールに供える。両手をあわせると辺りを見回した。
──たったの六年ですっかり風景が変わってしまったな……。
木々に覆われていたと記憶するが、すっかり伐採され、高層マンションが立ち並んでいる。あの時向かっていた道の駅は二年前に閉鎖してしまったようだ。
こんなところが思い出の場所なわけがないが、けじめとして一度だけ訪れようと考えていた。
ただそれだけ、ただそれだけなのに俺の唇は震えていた。
「すまなかった……すまなかった……」
その場にうずくまり、動けなくなる。どれくらいの時間そうしていたのかはわからないが、空は少しオレンジを帯びてきていた。
この時間から回れるのはもう一、二カ所というところだろうか。いよいよ絞っていかなければならない。
次にやってきたのは二人で最後にデートした場所だった。早希が産まれてからと言うものの、二人で出かける時間を作ることは中々できなかったが、その日は親父とお袋に預けて夜の二時間だけ無理矢理作ったのだ。
星空と夜景がよく見えるパーキングエリア。
雑誌などでも取り上げられるスポットで、その日もたくさんの人が居たことを思い出す。
『こんなに人がいるなら別の場所にすればよかったな。落ちついて話もできない』
『そう? お祭りみたいでいいじゃない。ほら、夜景が花火だと思えばいいでしょ?』
そういう問題か……? 確かそのとき、そう返答したと記憶している。
『ほら、はぐれちゃうよ』
そう言って差し出された手を握り返した。その日が手を繋いだ最後の日だったかもしれない。
まだ夜景をみるには早い時間だからか、それほど人は多くなかった。だが何も、何も見つけることはできなかった。
他の場所は……他県に旅行した場所などが頭をよぎるが、遠すぎて今日中に回るなんて出来るはずもない。
──次で最後にしよう。
そんな思いで向かった場所は、二人が挙式をあげた海の見える教会。
フロントに入ると受付嬢が立ち上がり、俺に会釈する。
「本日はご見学でしょうか? それともお打ち合わせでしょうか?」
「いえ……以前ここで挙式をあげさせていただいたもので……近くまできたものですから懐かしくてつい……」
死んだ妻を探しているなど言えば警察に通報されてしまうだろう。
受付嬢二人が驚いた顔で見合わせると一人がゆっくりと口を開いた。
「安藤さまでしょうか?」
「え? そうですがなぜ知っているのですか?」
なぜ、俺の名前を知っているのだ? と肩をびくつかせる。
すると次の瞬間、言葉を失った。
「お連れ様がおまちですよ」
受付嬢の両肩を掴み、必死に声を絞り出した。
「ど、どこ、どこですか!」
「ご、ご案内します」
それには受付嬢も驚いた様子で、俺の手を振り払うようにして前を歩いてくれた。焦る気持ちを抑えて受付嬢の後をおった。
──本当に有紀が生きていたというのか……。
「こちらでございます」
そう言って観音開きの扉をゆっくりとあけてくれる。そこは俺と有紀が永遠を誓った場所だった。
室内は電気がついておらず、ステンドグラスの窓から差し込む神秘的な淡い光が室内を照らしていた。
「有紀……なのか?」
そこに確かに人がいる影がある。必死に顔を確認しようとするが、うまく見えない。
「わたしだよ」
その声を聞いて俺は戦慄した──。
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