Episode 01-10

私、サリス・アルマ・クヴァイラルは、闘騎士を目指し、研鑽してきた身ではあるものの、十八歳の女の子なのである。


 ぶっちゃけ女の子を自称できるほど軟弱でも可憐でも無いのだが、それでもカテゴライズすれば、か弱いタイプの人間なのだ。


 現に、戦闘能力は同期でも最低クラスだし、それに併せて身体能力も男と比べると心許ない。


 そんな私が、である。


 人を殴って数mもぶっ飛ばしてしまった。


「……思ったより、飛んだなぁ」


 驚きの表情を浮かべつつも呑気な感想を漏らす団長だが、こちらとしてはそれどころではない。


「いやいやいやおかしいでしょ!? まさか何かしました!?」


「うん」


 いや言えよッ!?


「何したんですか」


「まぁそれは一旦置いといて、コイツらを縛り上げるぞ。あ、その前に」


 団長は、残りの傭兵達が立っている方を向いた。


「……お前らは、どこまで知ってた?」


 リーダー格と思しき男が答える。


「お、俺達はただコイツらの護衛をするのと、邪魔者を消すように言われてただけだ」


「……ふむ」


 団長は一瞬逡巡するも、すぐに答えを出した。


「お前らは帰って良し。これからは仕事を選べよ」


「ほ、本当か!? すまねぇ、これからはアンタのシマで仕事はしねぇよ!」


 傭兵達は、嬉々とした様子で倒れた仲間を担ぎ、そそくさと去って行った。


「……いいんですか?」


「傭兵あいつらは職業柄、際どいこともやらざるを得ない時がある。アイツらを尋問しても多分意味はないだろうしな」


「……あと、あの二人は始末しなくていいんですか? 生かして帰さんみたいなこと言ってましたけど」


「する訳ないだろ。まだアイツらの好みのタイプも聞いてないんだぞ」


「……はい?」


「冗談通じねぇなぁ、お前。要するに事情聴取もしてないのに殺すなんてしたら俺が大目玉食らうから」


 考えてみたら、確かにそうか。


 団長は私に返答しながらも手際よく二人を縛り上げていく。

 数分もしないうちに、二人を完全に縛り終えてしまった。


「良し、と。じゃあ俺はこれから転送魔術の術式を組むから、お前は先に帰っててくれ。ロクに朝飯も食ってないし、腹減ってるだろ?」


「で、でも……」


 素直にハイとは言えなかった。理由はひとえに、あんなふざけた啖呵を切ってしまった事への後ろめたさだ。


「大丈夫だ。お前が必死なだけだってことくらいみんなわかってる。だから、帰って無事な姿を見せてやれ」


「……はい」


 団長に言われたことが、なんだか心にきて、口元が緩みそうなのを必死に抑えながら、静かに返事をした。


 帰り道は、行きよりも大分ゆっくりだった。団長から赦しの言葉をもらっても、やはり自分の中には後悔と後ろめたさのわだかまりが残っているのだ。

 けれど、あんなことを言ってしまったことを、謝らなければいけないという思いもあって。

 緩やかな歩幅ながらも、謝罪の言葉を考えているうちに気付いたら家の前に来ていた。


 そろりとドアノブに手を掛け、回す。

 目を伏しながら中に入り、恐る恐る顔を上げると、そこには。


「おう、おかえり。思ったより遅かったな」


 ……団長がいた。

 というか、団長しかいなかった。


「……いやなんでですか」


「転送魔術で本部まで直接行って、そっからまた転送魔術で直接こっちに来た。帰りに関しては魔力は本部あっち持ちだから楽なんだよ」


「私歩き損じゃないですか」


「2人も転送したら魔力がバカにならないから。あと基本的に黒曜おれのぶかは本部に行くと白い目で見られるからあまりお勧めしない」


 よく考えたら、確かに団長の言うとおりだ。転送魔術は数ある魔術の中でも術式が複雑で、消費魔力も非常に多い。

 あの場所から本部に人間1人転送させるだけでも1人の魔力量では到底足りないはずだが、そこは本部側にあらかじめ受信側の術式・ポータルを用意するなど、相応の工夫があるのだろう。


「朝飯、ツバキが全部食ってったな……」


 朝私が見た時は結構な量があった気がするが、ツバキさんは自称に違わぬ大食いなのだろうか。


「しゃーない、また軽く作るわ。ちょっと待ってろ」


 そう言うと、団長は冷蔵庫を開け食材を探り始めた。


「ありがとうございます」


「俺も殆ど食ってなかったから気にするな」


 団長はこちらを振り向かず、適当に返事をしながら調理を進める。


 強い空腹を感じながらもリビングを見回すも、他の人の気配は見られない。


「他の人たちは、もう任務ですか?」


「ああ。セナとグレースが巡回、ツバキは図書整理の仕事に出てる」


「……今日私は、本当だったらどの任務についてたんですか」


「今日は仕事させるつもりはなかった。俺もオフにして、お前自身について教えてもらおうと思ったんだ。だからまぁ、この一件でお前のことを知れたから一石二鳥だったよ」


「……わざわざ休みの日に仕事させてしまって、申し訳ありません」


 本当に謝るべきことはそこではなかったが、あまりに謝るべきことが多すぎて、手っ取り早く謝罪できる案件に逃げてしまった。

 そんな私の心境を読みすかしたかのように、団長は優しく笑う。


「もう終わったことだから、謝るなよ。美味しいご飯を心待ちにしてます、ってくらい言ってくれ」


「……美味しくなかったら斬ります」


 郷に入っては郷に従えの理論で言いたくはないが乗りに乗る。


「はっは。できるもんなら是非ともやってくれ」


「ぐぬ」


 私程度では団長に傷一つつけれないことは、先ほどの戦闘から分かっていた。


「さ。できたぞ」


 団長はフライパンの中身を皿に盛り付け、食卓に持ってくる。

 作っていたのは、ペペロンチーノだった。ニンニクの香りが鼻をくすぐり、食欲を掻き立てる。


「ちょっと多めに作ったから、食いきれなかったら残していいぞ」


「……いただきます」


 こういうのは、冷えない内に食べたほうが良い。そう判断した私は、躊躇せずにフォークを突っ込み、絡めとって口に運ぶ。


 実際に口に入れてみるとニンニクの臭さはほとんど気にならず、ベーコンの旨みが舌を強烈に攻める。

 パスタの湯で具合も絶妙で、柔らかすぎないほど良い歯ごたえが口を愉しませてくれる。


 総じて、このパスタの感想を言うと。


「……美味しい」


 空腹と言うスパイスを差し引いたとしても、このペペロンチーノは相当美味しい。

 店でも滅多に会えない味だろう。


「そりゃ良かった。喉には詰まらせるなよ」


 仮にもクヴァイラル家の人間である私が、喉を詰まらせるようなはしたない食べ方をする訳がない。

 と、自分では思っていたが、あわやそうなってしまう直前に至るまで目の前の料理を掻っ込み、10分もしない内に完食してしまった。


「ご馳走様でした」


「大分搔っ込んだな……1.5人前くらいはあったはずだが」


「美味しかったのと、お腹減ってたので」


「そうか……。ま、お粗末様でした」


「後片付けは私がやります」


「じゃあ、やってもらおうかな。洗ったらシンク横の籠に掛けといてくれ」


「分かりました」


 美味しい食事に対するせめてもの恩返しとして、汚れを欠片も見逃さないよう丁寧に洗う。

 家で皿洗いなどの家事手伝いをしていなかった、という点も合わさって、全て終えるのに15分程かかってしまった。


 全ての皿を掛け、手を拭き後ろを振り返ると同時に玄関のドアが開く鈴音がリビングに響く。

 思わず身構えて待つと、現れたのは私と団長以外の団員3人だった。


「あ、帰ってきてる。おかえりー」


「団長1人に任せていいか心配だったが……無事でよかった」


「……もしかして私が寝てる間になんかありました?」


 私の奇行ともいえる行動をさして気にも留めずに、3人は私に話しかけてくる。


「あ、あの……先ほどは、失礼な言動をしてしまって、みょ、申し訳ありませんでしたッ!!」


 緊張のあまりアホみたいな噛み方をしてしまったが、勢いのままに謝罪し、頭を下げる。


「あぁ、いいっていいって。どうせアレンが変なこと言ったんでしょ?」


「どうせってどういうこと?」


 団長の反論を意にも介せず、ツバキさんは冷めた目で見下す。


「無駄に卑下して周りを不必要に失望させるの、アンタの癖でしょ?」


「あー言い返せませんね」


「ったく……まぁとにかく、無事でよかったわ。女の子を傷物にしてたらそれこそこのアホを再起不能にしなきゃならなかったからね」


「その通りだ!! もしサリスの身に何かあったら、いくら団長でも容赦はしなかった!!」


「昨日出会った相手の名前を呼び捨てにするような不埒な男も一緒に潰すわ」


「そんなひどい! 何を!?」


「玉とか棒とか」


 とか言いながら既にグレースさんの股間に蹴りを入れる副団長。さすがに理不尽では。


「セナさんも女性なのに言動が過激ですよねー」


「貴女の食欲には劣るけどね」


「えー。そんなにですかぁ?」


「お前……ウチのエンゲル係数爆上げ要因は誰だと思ってるんだ……?」


 とぼけるツバキさんに突っ込みを入れる団長は、心底うんざりしている様子だった。

 ……実際に見てないけど、そんなに食べるの?


「ていうか、仕事終わりでお腹すいたんですけど」


「言ったそばからかよ」


「腹が減っては死ぬ、と言うじゃないですか」


「言わないから。ったく、キッチンのフライパンの中にパスタが入ってるから適当に食ってくれ」


「ありがとうございますー」


 小走りでキッチンに向かうツバキさんを見つめる団長の遠い目には、哀愁と悲壮感が感じられた。


 その悲しみの理由を身をもって知るのは、僅か5分後のことである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

BLACK SHEEP -弾かれ者の英雄譚- 相模原帆柄 @sagahara07

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ