Episode 01-9

「赤の、執行者?」


 間抜けな声で返す男だったが、私も全く同じ心中だった。

 ぶっちゃけ二つ名ダサすぎない?


「事の大小にかかわらず、勃発的に乱入して標的を確実に仕留める。逃げることも、抗うこともかなわず刑を執行する、ジルギーラの断罪の化身……ッ! コイツは、裏稼業の俺たちにとって、最も恐れられる相手だ……。そんなのに、敵うはずがない……ッ!!」


「ア、アレンが、その『赤の執行者』だっていうのか!?」


 一方、話題の渦中である団長は少々気恥しそうに頭を掻く。


「それ、ダサいからやめてもらいたいんだけどな」


 あ、本人もダサいと思ってたんだ。


「じ、じゃあ本当に団長がその人なんですか?」


「不本意ながら」


 団長がこれまで話してきた、また周りの人間から聞かされた事実とは、大きくかけ離れている現実が、そこにあった。


 団長、めっちゃ凄い人じゃないですか。


「おかしいだろ……!」


 そう、剣を持つ方が呟く様に口にする。


「おかしいだろ! お前はいつも落ちこぼれで、才能の欠片も無い底辺だっただろうが!! それがなんだよ、執行者とか、いつからお前はそうだったんだ!? 俺たちを内心見下してたのか!? 黒曜は、出来損ないの集まりじゃねぇのかよ!!?」

「……サリス・アルマ・クヴァイラル」

「ッ!? はい!?」


 何故急に呼ばれたのか。


「良い機会だ。お前に、黒曜の騎士団の本当の存在意義を教えてやる。外向きには、コイツが言ったように落ちこぼれの集まりであり、そいつらを更生するのが黒曜の目的だ。だが、実際の存在意義は別にある。それは、ジルギーラの影の執行機関としての役割だ」


「影の、執行機関?」


「ジルギーラは現在世界最盛の国家で、その王国騎士団は世界で最も清く、正しく、強い騎士団だ。であるが故に、他国以上に汚点は許されない。国家は、騎士団は、常に気高くなくてはならない。が、国がすべからく平和で、反乱因子が一つもないなんてことはあり得ない。多かれ少なかれ、大きかれ小さかれ、必ず国を、人々を脅かす脅威は存在する。今回がその典型例だ。国はそれに対し対処しなければならない。だが王国騎士団を動かすことで完璧から綻びが生じた事案を公にしたくない。そこで、黒曜の出番だ。公には存在していない黒曜おれたちを使い、始末することで、事案を表に出させない。それが、黒曜の騎士団の本当の存在理由だ」


 だから、影の執行機関、なのか。


「そんな訳で、俺はお前達を始末しなきゃならない訳だな。俺も鬼じゃないし、抵抗しないなら楽に死なせてやれるが」


 そう言う団長の目には一切の偽りが見られず、本気でやるつもりだということがひしひしと感じられた。

 それを見て、またこれまでの団長の実力を目の当たりにしたことで、自分の立場を理解したのか、二人はこれまでとは正反対の態度を見せた。

 武器を捨て、手を両手に挙げながら、乾いた笑みを顔に張り付ける。


「わ、悪かった。もう抵抗しないから、勘弁してくれよ。同級生だろ?俺達」


「無理だな。傭兵共はまだしも、お前ら二人は始末しろ、と上からの命令だし、何よりお前らは俺の逆鱗に触れた」


 逆鱗に触れた。やはり、団長も侮蔑されるのは癪に障ったのだろう。


「俺を侮辱するのは良い。だがな、弱くても、力が無くても前を向いて進もうとする奴を、俺の部下を馬鹿にするのだけは絶対に許さん」


 声色こそ平坦だが、そこには強い怒気が含まれていた。


「あ、謝るよ、すまねぇ。もう侮辱なんてしねぇよ」


「もう遅ぇよ。お前らみたいな目先の金に眩んで信念に背くような奴がな、恵まれなくとも志を曲げない、気高い精神を持つ人間を見下して侮蔑する権利なんてな、どこにも無いんだよ。なぁ」


 そう言い、一歩一歩、二人に近づいていく。傭兵達は、まるで足を地面に縫い付けられたかのように身動き一つしていなかった。いや、できなかった、といったほうが適切だろうか。


「クソ……ッ!!! クソがァ!!!!!」


 片方はヤケになったのか、捨てた斧を再び取ると、団長に向かってそれを振り回す。

 それを、団長は涼しい顔をして身を躱すと、男の胸に手を付け、こう呟いた。


「稲妻シンティラ」


 途端、男の体は何度も痙攣を起こし、数秒後には白目を向き、黒焦げになって地に伏せた。


「次は、お前の番だ」


 団長の宣言に恐怖し、気が動転した男は、団長とは逆方向に走り逃げた。


 つまり、私の方向に。

 ヤバいどうしよう。


「サリス!!」


「ハイ!?」


「今のお前には、ソイツをぶん殴る権利がある。思う存分、やってやれ!!」


「……ッ、ハイッ!!」


 殴れと言われれば、殴るしかないだろう。

 殴れと言われたんだから、きっと殴れるんだろう。


 私は拳を握りしめ、武器も持たずにこちらに走ってくる男の顔面に対し。

 全体重とこれまでの鬱憤と団長への感謝と申し訳なさをを込めて、思い切り殴り飛ばした。


「グギャアッ!!??」


 男は、数m宙に舞いながら壁に激突し、気を失った状態でずるずると地面に落ちていった。


 ……。


「いや飛びすぎでしょ!!??」

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