SAITAMAブランドネギ戦国時代~越谷の陣

榮織タスク

『元祖カモネギの街』を目指して

「……今こそ、我々が時代を担う時が来た」


 重い口調でそう呟いたのは、まだまだ青さの残る越ケ谷こしがや葱治郎ねぎじろうであった。

 越谷という街の更なる発展の為に立ち上がったこの傑物は、同志達に鋭い視線を向ける。


「この街をより内外に知られたものとする為に。このたび小生は、埼玉でも激戦のブランドネギを埼玉随一のものにすべく動くべきと判断した。諸君の意見を求めたい」


 誰もが真に越谷の発展を願う、熱量のある者達だ。

 とは言え、ネギを絞る……もとい、ネギに絞ってしまっては不安もあろう、一人が口を開いた。


「越ケ谷君。だがネギのブランドは激戦だ。越谷の発展には別のアプローチも考えるべきではなかろうか」

「うむ。その意見は傾聴すべき点がある。現在越谷は農産物ではネギ以外に苺を推しているな。そちらには小生の妹のまいがかかっている」

「いや、そうではなくてな。例えば観光資源としてのレイクタウンとか」

「あの、元々は『湖の中に街をつくる構想』が『街の中に湖をつくる構想』にグレードダウンしたレイクタウンかね」

「む……。ならば歴史はどうだ?越谷には徳川家の御殿があったのだぞ」

「明暦の大火の後に解体されて今は碑が残るだけだな。奥の細道では草加宿と粕壁宿(当時)に挟まれ完全にスルーされた非業の宿場だ。他には地域最大の色町があった……と某ペディアには書いてあるが、まさかこの点で町おこしなど考えてはいないよな?」


 ある種身も蓋もない葱治郎の言葉に、周囲は黙り込む。

 隣接都市である草加はかの草加せんべいで有名でもある。関西の人はよく『くさか』と読むのだが、『そうか』せんべいである。念のため。


「だ、だが。先程言った通り、ブランドネギは激戦区だろう。古豪である深谷ネギと吉川ネギに勝ち目はあるのかね!?」

「よくぞ聞いてくれた!」


 と、葱治郎は苦し紛れの反駁に我が意を得たりと胸を張った。

 背後のスクリーンに映し出したのは、ブランドネギ産地として埼玉県のホームページでも紹介されている三都市だ。


「まず聞いてくれ。深谷ネギは冬ネギだ。越谷ネギと吉川ネギは夏ネギ。その点で深谷との競合はない。越谷は現在地元でのネギ料理の発展を押し出すと同時に、東京の料亭への出荷も行っている。2016年度の越谷葱フェスは盛況のうちに終了し、2017年度も1月22日に予定しているのだ」

「お、おお……それくらいは私も知っているが。隣接都市である吉川も夏ネギならブランドネギで競合して互いの商圏を食い合う事にならんか」

「その結論はまだ早い。これを見てくれ」


 葱治郎は参加者達に資料を手渡す。そこに書かれている内容に、彼らは目を剥いた。剥かざるを得なかったのだ!


「『埼玉県東南部5市1町合併検討会議』……だと!?」

「そうだ。埼玉県東南部の5市1町を合併し、埼玉第二の政令指定都市を目指す取り組みさ。ここには越谷と吉川が含まれている」

「つ、つまり……」

「この話が進めば、越谷と吉川はネギにおいて相争う関係ではなくなる」


 勝ち誇る葱治郎。これが上手く行けばこの街は二種類のネギで埼玉のブランドネギ界隈に強い影響力を与える事も不可能ではない。

 が、そんな彼を打ちのめす言葉が放たれた。そこまで沈黙を保っていた一人が、思い口を開いたのだ。


「……悪い情報だ。岩槻ネギが注目され始めている」

「馬鹿な……岩槻ネギだと!?」

「幻のネギと言われた岩槻ネギが参入してくるとなると、話は変わってくるのではないか!?」

「その通りだぞ越ケ谷君!これは由々しき事態だ。何か考えているのかね!?」


 決まりかけていた会議を覆しかねない言葉。

 しかし、葱治郎は冷静に口を開いた。


「……切り札はある」

「何!?」

「越谷にはネギと親和性の高い、ある名物が存在する。分かるかね?」

「……ネギと親和性の高い……?ネギと言えば、鴨……そうか、宮内庁埼玉鴨場!」

「その通りだ。埼玉鴨場がある越谷では、鴨料理の振興も行っている。この二つを兼ね備え、越谷は『元祖カモネギの街』として町おこしを行う!その骨子となるのは単独でブランドとして発表出来る良質なネギと鴨だ。……これならばネギ単独の街にも対抗出来るはず。いかがか!」


 周囲を睥睨する葱治郎。反対の声は上がらなかった。

 いや、むしろ燃え盛る炎のような情熱が一同の瞳に灯っているのが見える。

 葱治郎は成功を確信した。これならばブランドネギの競争にも勝ち目が見える事だろう!

 仕事をやり遂げた満足感に浸りながら、葱治郎は笑顔で提案した。


「では景気づけに、越谷名物『こしがや鴨ネギ鍋』でも食べに行こうか」







 時は今、埼玉ブランドネギ戦国時代。

 その頂点を目指して、葱治郎はこれからも戦い続ける。


「目下のライバル?そうですね……。ネギについてはたくさんあります。まあ、負けるつもりはありませんが。鴨については同じ鴨場を抱える市川市の行徳です。かもねぎ祭りを先んじて開催しているあの街から、『カモネギの街』を奪還します……!」


 戦いは、まだまだ終わりそうにない。

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