第7話

ルミナの後を追いかけながら、どうにか酒場にたどり着いたアルクは、昨日の酒場との豹変ぶりに、ただただ言葉を失っていた。


セマトラル酒場は、アルク達の住むセマール通りでは最も大規模な酒場である。そもそも、酒場は各通りにそれぞれ数点ずつ存在しているのだが、その中でも周辺の酒場を取り仕切る、1つ位の高い親会社のような大規模な酒場には、特に集中して依頼が集まる傾向がある。小規模な酒場には軽いお使いや、引越しの手伝いなど比較的難易度が低いものが集まりがちで、アルク達が今いるような大規模な酒場は、もちろん難易度が低い物もあるが、比較的中高難易度な依頼が集まってくる。また、賊として正式に働くためには免許書が必要で、大規模な酒場はその発行所も兼ねている。


先日のアルクの戦いぶりを見たみたルミナは、彼ならば中難易度はおろか高難易度の依頼でさえクリアできるのではないか、これは私も高給取りの一員に☆などといった目論見の下、こうして彼を大規模な酒場へと連れてきたのだ。しかしながら、ここはアルクが前日訪れた場所と重なっている。そして、今アルクが驚愕しているように昨日までと一変し、壁一面に貼り付けてあったはずな依頼書がたったの数枚程度しか残っていなかった。さらにはその全てが最低難度であるF難易度という状況であった。見事に目論見が外れたルミナは、とりあえず先ずはチームの申請だけはしようと、アルクを手招きし、受付嬢の元へと向かっていった。


「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件でしょうか?」


茶髪の受付嬢が、少々あざとい笑顔で二人に話しかけてきた。


「えっと……チームの申請をしに来ました。それと……多分、この人免許書持ってないんで…その発行に」


…でいいよね?とルミナは首を少々傾けて、アルクの方に視線を送る。


(え、なに、免許書とかいるの?)


初耳の事実に、アルクは取り敢えず頷いて、恐る恐る受付嬢へとさりげなく質問をかます。


「………免許証とかって無かったらどうなるんですか?」


対し、受付嬢は、


「そうですね、もし無免許で依頼を達成され、報酬を得た場合、脱税や賊制度法違反で数年間は臭いご飯を食べる羽目になり兼ねません。初犯だとその限りでないですけど」


と、言葉にそぐわない無邪気な笑顔でそう言った。


そんなことも知らずに依頼主のところに赴こうとしていた自分を恐ろしく思ったアルクは、そんな過去の脱税と賊制度法違反未遂を誤魔化すように苦笑した。


(あ、あぶねぇ…)


何事も、未遂ならば(多分)罪ではない。


「そっか、やっぱりアルクは免許書持ってなかったのね。ほら、さっさと済ませちゃいなさいよ」


「え、この場で作れたりできる類のものなんですか?」


アルクの問いに、ここぞ私の出番とばかりに受付嬢は半身を乗り出す。


「はい!是非!指名と年齢と住所を記入さえすれば、その場で即時発行できますよ?」


「なんですか、そのポイントカードみたいなノリは…」


案外手軽な免許書だという事実に、呆れ半分にアルクはため息をついた。その手軽さとは対照的に、無免許での罰則の重さはどうにも腑に落ちない。


「まあまあ、そんな事は置いといて…さ!こちらが申請書です!どうぞどうぞ。おれであなたもめでたく賊の仲間入りです!」


鼻息を荒らげながら、受付嬢は用紙を取り出し、丁寧な事にペンとバインダーまでつけて、アルクに手渡した。流石にあまりの押しの強さを不可解に思ったアルクは、ひっそりと隣にいるルミナへと耳打ちをする。


「なんであんなに押しが強いんです?逆引きかマルチ並みのノリですよ、アレ」


「多分アレよ、ノルマか何かあんのよ。大丈夫、私の時は申請に三時間は掛かったから、多分運がいいのよ、きっと」


三時間どころか、三十秒で事が済みそうな勢いだけに、アルクの疑念は増すばかりだ。しかし、一応公的な酒場であるし、問題はないだろうという事で、指示通りに1つ1つの項目に丁寧に個人情報を記入していく。そう、多分話題はない、はずだ。


「ありがとうございます!おめでとうございます!これであなたも見事賊の仲間入りです!では、簡単に賊制度について説明していきますね」


受付嬢はそう言うと、免許証らしいプラスチック製のカードを手渡した。


「あ、はい……よろしくお願いします」


アルクがそう言って頭を下げた瞬間、受付嬢の表情が一変する。もう君には用はないと言わんばかりに、先ほどまでの笑みを吹き消して、気怠げな表情へと変化する。


「では説明に入らせていただきます。まず、賊の仕事の基本ですが、あちらに貼り付けてある依頼を達成するのが主な仕事になります。依頼を受ける際、課税や加点の手続きの為にも、一度私たち受付嬢を必ず介してください。もしそれがない場合、先ほど言ったように罪に問われる可能性があります。それと、加点についてですが、賊と依頼にはS〜Fの7つの階級があります。それぞれが属する階級が、依頼の難易度とリンクすると考えて結構です。例えばBランク賊階級をお持ちの方ならば、難易度B以下の依頼が実力的に達成できる範囲と言った具合です。ちなみに、ソロ、つまりは一人で依頼を受ける場合は、自らのランクよりも高い難易度は受けられないので気をつけてください。ツーマンセル以上ならば、その限りではありません。この時点でなにか質問はございますか?」


何やらめんどくさそうに早口で言葉を羅列する受付嬢に、アルクは苦笑する。


「ランクが上がると何か特典とかあったりするんですかね…」


アルクがそう尋ねると、受付嬢は、んなもんどうでもいいだろ、と言わんばかりの顔をして、チッと舌打ちをすると億劫そうに口を開く。登録さえしてもらえば、こっちのものだと言わんばかりの様相だ。


「そうですね…税率が……いえ、面倒臭いので特にはないです。他に質問はありますか、ありませんね。賊ランクはFから始まるので、まあ、せいぜい頑張ってください。ランクアップはまあ、適当に。あと、チームの手続きはメンド………じゃなかった、出来ませんので、向こうでどうぞ」


やはりノルマがあったらしい、とアルクは確信した。なによ、アレが客に対する態度?とぐちぐちと隣の少女が言ってたので、取り敢えず面倒臭い女の闘争が始まる前に、隣の優しげな受付嬢のところへの向かった。


アルクがその受付嬢に、隣の受付嬢が割愛した話の詳細を伺ったところ、先ほどとは対照的にアルクの質問1つ1つに、それも的確に答えていたのが彼には好印象に思えてならなかった。よほど意気投合したのか、二人は30分と世間話やらに華を咲かせてしまい、あまりにも手持ち無沙汰になり過ぎたルミナは店内を20周ほどぐるぐると歩きまわったほどだった。どうらや受付嬢によると、第一にランクアップの特典は、活動物資の支給と減税にあるらしい。この国の課税の方法は実に複雑で、所得に応じて細かに税率が分かられる、累進課税法と呼ばれるものである。その中でも、特にAランク以上の高ランカーはかなりの収益があるらしく、以前は他の業者と同じように税金が課せられていたという。しかしながら、かつての賊達は、その支払う税金の多さに嫌気がさし、事もあろうか酒場を仲介せずに個人事務所を開き、そこで依頼を取り仕切るようになったという。そうなると、公的な機関のチェックが甘くなり、脱税や節税行為が横行し、国の財源を逼迫するほどに大変な事態になったとかなってないとか。それを受け、国は規制を強化すると同時に、他の業者よりもかなり低い税率にして際立った優遇策をとる事で、彼らの不満を発散させるとともに、税収の安定化を図ったとか云々。


第二にランクアップの方法は、依頼達成の際に付与されるポイントの総計が、各ランクごとに設けられている基準ポイントを越える、というものだった。依頼ごとにポイントというものは決まっており、それぞれの達成難易度、それから社会的重要度、そして依頼者が自らのポケットマネーで任意に(上限有り)付加できるものの3つの要素で成り立っている。という話だ。


さらにそこから話は発展し……ようとした時に、さすがにルミナが痺れを切らし、二人の話に横槍を入れる。


「いや、長いから。ね、アルク?私たちはチームの申請をしに来たんでしょ?それ、忘れてない?」


「何を言ってるんですか!忘れてるわけないでしょう?」


と、豪語するアルクであるが、本当のところチームのことなど頭の中から完全に抜けていた。しかし、アレほどの戦闘を起こしてしまった今、もれなく師団長が店を襲いに来るかもしれない特典を付けたアルクを雇ってくれる店など、よほどの物好きなところでないと存在しない。そのことをふと頭によぎらせたアルクは、今後の賊として為なのならばと、受付嬢が空気を読んでスッと差し出して来たチームの申請書の事項を記入していく。


しかし、彼は此の期に及んでも未だ迷っていた。かつて大切な物を守るどころか出来なかった自分が、誰かと生業を共にする。かつて誰も守れなかったこの剣で、誰かを守るために対峙することも考えられなくはない。それに成り行きで唐突すぎるという事もある。安易な選択は、その後に深い後悔を残しかねない。かつてな自分がそうであった様に。


その思いが現れているのか、朱肉に親指を押し、書類に触れる直前で、手が完全に止まってしまう。一方ルミナの方は自分の分をしっかり記入し、拇印まだ済ませていた。そして、紙の手前で手を止めているアルクに焦ったさを感じたのか、ムズムズとした様に体を震えさせていた。


「……えーいっ!」


そう叫んだルミナは、アルクの手首をにぎり、そのまま紙に向けて____


「うわ!?ちょっ……はぁ!?」


葛藤をかえせ!と言わんばかりにアルクはルミナを睨みつける。


「何よ、いいじゃない。こんな美人とチーム組めるのよ?光栄よ光栄!!」


「そういう問題じゃなくてですねぇ……」


「何?どういう問題?お金?お金の配分でも気にしてるの?うわー、ケチ臭い。貴方には依頼クリアした時には報酬な3割あげるから安心しなさいよ」


「だ・か・ら!!そういう問題じゃなくて…………は?3割!?その問題もありますよ!!」


「冗談よ。そんなにムキになっちゃって。ちゃんと割り勘するからさ」


「だからそういう問題じゃぁ……」


二人の堂々巡りないがみ合いを、受付嬢は苦笑いで見つめているしか術がなかった。数分後、先に折れた少年が不本意そうにしながらも、二人は受付嬢へと申請の書類を提出した。が、その時アルクは偶然チラリと見えたルミナの個人情報に、思わず目をギョッとさせる。


『ルミナ=アルージ 満17歳』


………ほお、こやつめ、年下ながらにあの様な生意気な口を……


流石のアルクも、こればっかりは負の感情が働いてしまった。


「へぇ、ルミナさん、17歳なんですね。ほお、ほお……」


「…………何よ?」


そう返したルミナに、アルクはスッと提出書類を手元に寄せ、年齢の欄をさりげなく指差した。


「え…………人生の先輩なん…だ……ど、童顔なんですね、先輩?」


ルミナはあわあわとした口元を覆い隠す。さて、ここはどういった反撃をしてやろうか、と考えたアルクだが、どうにも大人気なさすぎる様な気がしたため、深くため息をはき、まあ、いいかと自分に言い聞かせると、取り乱していたルミナを安心させるかの様ににっこりと微笑んだ。しかし、その笑顔は逆効果だった様で…


「ちょっ………その笑顔、怖いわよ……」


「いえ?べつに?ええ……特には」


「ご、ごめんなさい……」


ルミナの萎縮ぶりに、逆効果にアルクが取り乱す。


「いやいや、本当に!まあ、僕は一応命を救われた立場ですから……まあ、敬語はクセですから…」


「それ、私も同じだって………」


「あはは……」


「分かった!私も敬語使うから!!ね、だから申請書を引っ込めようとしないで!!お願い!」


アルクは自らの手元をみる。アルクは彼女の言う通りに無意識で申請書を引っ込めようとしている。手元をガシッと握られたアルクは、しばらく考え込み、力を抜いてルミナの力の方向に流れを任せる。


「……………条件がありますよ?」


ゴクリ、とルミナは唾を飲む。


「……………エッチなやつ?」


ルミナは自分のしっかり育った胸元を、手で覆い隠す様な動作をする。


「……申請破棄の書類とかあります?」


「ごめんってば!ね、お願い。なんでも言うこと聞くからさ!!」


「………もし、また戦闘行為があった時は、僕の前にはできれば出ないでくださいね?」


なーんだそう言うことか、とばかりにルミナは小さな微笑んだ。


「分かったわ。………あ、そうだ美女が作った朝ごはんもつけていいわよ?」


ニヤリ、とルミナは微笑む。ゴクリ、とアルクは唾を飲み込む。久しぶりに誰かに作ってもらった朝食は、お世辞もなく美味なものであった。この条件は、アルクにとっては申し分は無い。


「分かりました。それじゃ、よろしくお願いしますね?」


「うん!やった♪」


ルミナの一転した満面の笑みに、アルクは思わず赤面し、はにかんだ。二人は互いに手を握り、硬く握手を交わした。これからの順風満帆な賊ライフに、胸の奥から湧き上がる希望に、ルミナは頬が緩むのを止められずにはいなかった。


が、現実はそう上手く行くはずもなく。


「『洗濯物を干してください:2000メーロ』……『愛犬を探して欲しい:8000メーロ』………『収穫作業を手伝ってください:12000メーロ』…………って、何よコレ!もっと魔獣を討伐とか……そんなものはないワケ!?どれもF難易度……」


「うーん……昨日はいっぱいあったんですけどね…」


引きつるルミナに、どこか納得がいかない様子のアルク。受付嬢に真意を尋ねたところ、どうやら今日に限っては、朝から賊が殺到した様で、依頼が次々に達成されていったとのこと。仕方なく、アルクとルミナは報酬が最も高い依頼書を手に取り、受付嬢を介して、依頼主の元へと赴いた。


__________2人の順風満帆な(はずの)賊ライフは、農業に従事する事から始まったのであった。




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半妖失業者と禁忌魔剣 たけるんば@ @Takerunba612

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