ようこそ、成田へ! Welcome to Narita !

双葉あき

ようこそ、成田へ! Welcome to Narita !

     ***


 のーまくさーまんだ ばーざらだんせんだ まーかろしゃーだ・・・・・・。


 午前は六時。

おごそかに唱えられる僧侶達の読経を追い、成田山新勝寺の御護摩に集まった我々一同は手を合わせて合唱する。


 こんな肌寒い秋の早朝から、なんて信心深い信徒さんなんだろうと思われるかもしれないが、実は自分、特に成田山新勝寺に属する信徒ではない。

確かに仏教徒かどうかも、実にアヤシイものだ。


 けれどもそんなアヤシイ面々は、何も私だけではない。

見るからに仏教徒ではなく、東洋人ですらないだろうという方々も居られるのだ。

淡い色の髪に青い瞳、どうみてもクリスチャンな感じの人々が、ちらほら見られる。

さすがに彼らは我々の合唱に加わらず、大きな瞳をぱちくりさせ、胡坐あぐらをかいて神妙に座っていた。


 日本の玄関口として国際空港を有する成田、空港利用だけではなく、手軽に日本の雰囲気を味わえる場所として、外国人観光客の人気を博している。

空港を降りればすぐソコなのだもの、立ち寄らない方が損だろう。

京都ほどではないかもしれないが、それに劣らぬ古都の雰囲気を残し、日本情緒あふれたお土産さんも盛り沢山、海外からのお客様の心をとらえるのも道理だ。

地元民の自分としては・・・・・・うん、京都にだって負けてはいないな。


 どんどん増える外国人観光客を更に魅了するため、英語メニューの舌にうれしいステーキハウスや、英語が話せる女の子を集めたバーだってあるのだ。

お客様のお財布事情に合わせ、宿泊施設もゴージャスホテルからバックパッカー用までそろっており、もう至れり尽くせりである。


 それにしても朝一番の御護摩に、外国人が増えたなぁ――。

半ば感心しつつ、半ば呆れつつ、つい思ってしまう。

熱心なクリスチャンならまず来ないだろうから、信仰に関してあやふやなのはお互い様なのだが。


 成田山新勝寺の御護摩は、朝一番にテキメンのご利益あり。

それは自分も知っている事で、最初はそれを目当てに通っていたのだが、今はご利益目的というよりは、マインドフルネス効果のために通っている。

恰好つけた言い方をしたけれど、つまりは瞑想、頭が大変すっきりするのだ。


 僧侶達のすぐ横脇、プラチナシートを陣取る海外からの面々の目的は、もちろん前者、ご利益の方であろうが。

プラチナ席はお金を払って御護摩祈願を頼んだ方でないと、座れないからである。

いつだって無料なワタクシ、ご利益があまり期待できないのも道理といえようか。


     ***


 「ワタシ、晴海に行きたいのです・・・・・・」


 広い境内の散歩を楽しんでいると、いきなり英語で話しかけられた。

といっても彼は、通りがかる人達全てに話しかけていたから、私個人に興味があるわけではないだろう。

うっかり話を聞いてしまったのが――バカだったのだろうか。

英語なんて分からないフリをして、通り過ぎれば良かったのかもしれない。


「晴海、いいですねぇ~。何を目的に?」


「コミケに行きたいのです。でもお祈りで、お金が足りなくなってしまいました」


 確かに彼はプラチナシートに座っていた。

毒々しい色合いのドラえもんのネクタイを締め、ぴっちりセンターラインをプレスしたぱつんぱつんの青いズボン、そのズボンのベルトにAKBの団扇うちわを差し込んでいるという強烈な人物なので、大変印象に残っている。

浅黒い顔をテカテカに光らせ、顔に劣らず油光りした黒髪を七三分けにしているから、西洋人ではなさそうだ。


 聞けば、コミックマーケットのイベントに来るアイドルタレントの握手権を勝ち取るため、必死に御祈願したとのことである。

成田山の朝一祈願をすれば、どんな願いも叶うと聞いて・・・・・・。


「ワタシ、この国に来て彼女に会うため、ゴハンもロクに食べずに働きました。でもせっかくやっと日本に来たのに、会いに行くこともできないのです。ああぁ悲しい」


 下をうつむき、今にも泣きそうな彼を見て、私はため息をついた。

バカだなぁと呆れつつも、そのいじらしいまでのバカさ加減には同情してしまう。

こんな話を聞いてしまっては、乏しい財布のヒモを緩めるしかないだろう。


 これだけあれば足りるだろうと、三千円を彼に手渡した。

毒々しいドラえもんのネクタイを上下させて、彼は何度もおじぎをする。

何だか気恥ずかしいような、情けないような気がして、私は後ろを振り返らずに境内を後にした。



 帰路の途中で、思わず吹き出してしまった。

事実に気付いて――。

ゴハンもロクに食べれなかった人間が、なんであんなに油光りして、ズボンがぱつんぱつんになるほど太っているのだろう?

お尻なんか、オバチャンの私より大きかったではないか。


 げらげら笑いながら、なんだか楽しい気分になってくる。

とにかくまぁ、彼がアニメ好きなのは間違いないし、きっと晴海のコミケにも行くのだろう。

ちゃっかりしたヲタ外国人君が握手権をゲットできるよう、私も心から願った。


 ようこそ、成田へ!

ようこそ、日本へ――いらっしゃい。

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