第1話 キャット・イン・ザ・クロックタワー
「堂々としていろ」
そう言って、ローファーを鳴らして歩くキトの後ろをミカミは慌てて着いていく。ここは街の中心部「時計塔」、その内部にある同名の研究機関だ。廊下から覗くことのできるガラス張りの室内では、見たこともないような巨大な機械を使って、研究員が何らかの研究に勤しんでいる。
そんな様子を物珍しそうに見ながら、ミカミは「時計塔」の奥へと歩みを進めていった。彼の首には件のペンダントが揺れている。ペンダントは薄暗い室内でぼんやりと光を放っていた。
二人はとある部屋の前で立ち止まる。キトが扉の横のコンソールに手をかざすと、自動扉は音を立てて開いた。
「ようこそ、ミカミくん」
二人を出迎えたのは低い男性の声だった。青白い電子の光に照らされる部屋の中央。そこに座っているのは一匹の黒い猫だ。
「猫だ」
「ただの猫ではないぞ」
黒猫の口が動き、人の言葉が発せられる。ミカミは目を輝かせ、猫を持ち上げた。
「わあ、どういう仕組みなんだ、これ」
「意外だ、驚かないのかね」
「ついさっき、もう一生分の驚きを使い切ったので……」
苦笑いするミカミ。猫は重力に従ってびろんと体を伸ばしながら、首を傾けた。
「ふむ、まあいい。まずは自己紹介といこうか」
下ろすがいい、と偉そうに言う黒猫に従って元いた机の上に猫を下ろす。
「私はこの「時計塔」の最高責任者だ。名は……、時計塔だの、猫だのと呼ぶ輩もいるが、とりあえずブラックとでも呼んでくれ。見た目の通り、ね」
「はあ」
「それから彼女はキト。この「時計塔」で生み出された<<電子の幽霊>>だ。半分は現実に存在しているが、もう半分は存在していない。まあ、バグたちと同じような存在の在り方をしていると思ってくれればいい」
「はあ」
「ここまでは大丈夫かね?」
「はい、なんとなくは」
「ふむ。では次はバグの話だ。「時計塔」では、電子技術の進歩のため日夜研究が続けられているわけだが、その過程で、ある生命体を我々は発見した。実体を持たず、しかし電子技術には多大な被害を引き起こす存在、それが<<虫>>だ」
黒猫の語るバグというものに、ミカミは食いつき、目を輝かせた。
「実体のない生命体? そんなものがありえるんですか!?」
「実際にありえてしまっているのだから仕方ないだろう。ともあれ、我々はバグを調査する上で、あるとんでもない事実に気づいてしまったのだ」
「とんでもない事実……」
ごくりとつばを飲み込む。猫は真面目な眼差しで言葉を続けた。
「バグは電子技術に影響を及ぼす。しかしその影響が生きた人間にも出ているケースが発見されたのだ。そのケースに対して、我々はこう仮説を立てた。この街の人間は電子技術と深く結びつきすぎてしまったがゆえに今や人間の魂も電子化されてしまった、とな。もちろん電子技術と深く結びついた現実世界にもバグの影響は出る。きみも見ただろう。バグが道路を破壊しているところを!」
「……はい」
ついさっき出会った蛙型のバグの姿を思い出し、ミカミは身を震わせた。
「バグが蔓延すればこの電子都市はおしまいだ。我々は研究に研究を重ね、バグへの対抗策を遂に作り出した! そう、そのペンダントがバグに対抗するため兵器なのだ! さあミカミくん、このペンダントで変身し、<<電子戦士>>となって街の平和を守るのだ!」
「ま、待って待って。そんなのぼくはOKした覚えはない!」
机に身を乗り出して、ミカミは抗議する。ブラックは涼しい顔で答えた。
「諦めたまえ。子供の方が電子技術に馴染んでいるがために魂と電子技術の結びつきが強い。つまりこのペンダントとの順応性も高いのだ」
「……じゃあなんでぼくなんですか。他の子でもいいじゃないですか」
変身後の姿を思い浮かべて、ミカミは唇を尖らせる。
「む、それがな……」
ブラックはもごもごと言葉を濁らせた。
「きみのお父さんお母さんは研究を進める上で、ある人間を想定してこのペンダントを作っていたわけだが……」
「……はい」
「なんとそれが最も身近でサンプルの取り易いきみだったのだ!」
「そんな勝手な!」
ミカミはさらに机に身を乗り出す。ブラックは飛び退った。
「それに私たちがここを去った後は、この研究の全てをきみに託すと言いつかっていてだね」
「あの二人余計なことを」
地を這うような声色でそう呟くも、ブラックの言葉は止まらない。
「バグを倒し、街に平和を取り戻すためには、どうしても、きみの力が必要なのだ!
頼む、ミカミくん! この街のために戦ってくれ!」
ミカミに向けられる真っ直ぐな猫の眼差し。ちらりと横を見ると、同様にキトもこちらを見ていた。ミカミはため息を吐いて答えた。
「嫌です」
「なんで!?」
「え、いやぼくもう十分父さん母さんの研究のこと知れましたし満足です。帰ります」
「そんな勝手な!」
「勝手でいいです」
「そういうところきみはお母さん譲りだな!?」
「母さん」
踵を返し、出口に向かって歩き始めていた足をぴたりと止める。そうして、振り向かないまま猫に尋ねた。
「そういえばぼくの両親はどうしていますか。全然家にも帰ってきていなくて」
声は震えていなかったと思う。猫は少しだけ間をおいて答えた。
「……心配いらない。今でも研究に協力してくれているよ」
「そうですか。じゃあぼくはこれで」
出口に向かってすたすたと歩き出す。猫の焦ったような声が追いすがる。
「ま、待ちたまえ! ミカミくん! ミカミくんー!」
ミカミは叫ぶ猫に構わず扉を開け、まっすぐ家へと帰っていった。
「キトくん、分かっているね」
「ああ」
……そんな会話が背後で行われているのも知らずに。
*
「それにしても話の長い猫だったなあ」
翌日、ジュニアスクールに普通に登校したミカミは、普段と何一つ変わらない教室を見て安心していた。
偉そうなセーラー服のお姉さん、バグと呼ばれる黒い影、そして喋る猫。
首にかけられたままのペンダントがなければ、全てがただの夢だったのではないかと思うほどに、学校は平和そのものだった。
「よっ、ミカミ」
「どうしたんだオタクちゃん。黄昏ちゃって」
「ダニー、ニコラス」
オタクちゃんはやめてよ、と笑いながら拳をぶつける。ニコラスも拳に拳をぶつけて、二人でぐいぐい押し合った。
「ミカミ、お前今夜ヒマか?」
「夜? 特に用事はないけど……。また何か悪戯?」
顔を寄せ合って、周りに聞こえないようにひそひそ声になる。
「人聞きが悪いな。悪戯じゃないくて、冒険さ」
「あはは、冒険とか。ちびっこじゃないんだから」
「あ、それはおれも思った」
「なにをう? 男たるもの、いくつになっても冒険心を忘れるべからず! 常識だろ!」
「はいはい、ダニーの中だけの常識だよね」
「それな」
「なんだとー?」
ダニーに後ろから抱きつかれ、ミカミとニコラスはけらけら笑いながらそれから逃れようとした。
そうやって一通りじゃれあった後、ダニーは急に真剣な表情で顔を寄せてきた。
「……実は夜の学校に幽霊が出るって噂があってな」
「幽霊?」
「真っ黒な人影が夜な夜な現れて、獲物を探して徘徊してるんだってよ!」
ニコラスが声を低くして、おどかすようなポーズを取る。ぼくは少しだけ身を引いた。
「それを確かめに行くんだが、夜はここ、電子錠がかけられてるだろ?」
「まさかそれをぼくに破れって?」
「大丈夫大丈夫。クラス一のギークのお前なら電子錠ぐらいハッキングできるって!」
「そりゃあ開けることはできるにはできるだろうけど……。見つかったらやばいよ。きっと反省文じゃすまないよ?」
「そこはおれたちの足の速さを見せつけるしかないな!」
「ぼく足遅いのに……」
「心配するなって。骨は拾ってやるぜ!」
「なんだよそれー」
「まあマジな話、お前を見捨てていくようなことはしないから安心しろって、な?」
「むー」
ミカミは少しだけ考え込んだ。見つかって先生に怒られるのはごめんだ。だけど電子錠を破れる自信はあるし、なによりその幽霊とやらには興味がある。
「……分かった。でも危なくなったらすぐ逃げるからね?」
「やりぃ! 分かってるって!」
「引き際は肝心ってやつだな!」
その時、始業のベルが鳴り、教室に先生が入ってきた。
「お前ら座れー。授業始めるぞー」
「やべっ、じゃあ夜八時に校門前に集合な! 遅れるなよ!」
「オッケー」
「分かった」
「えー、授業の前にお知らせだ。最近、この辺りで通り魔事件が頻発している。幸い怪我人はまだ出ていないんだが、何者かによって薬か何かで眠らされているらしい。お前たち、くれぐれも夜中に出歩いたりするんじゃないぞ――」
磁気カードを玄関横の端末にかざす。ピピッと小さな音がして、次いで鍵の外れる音がした。
ミカミはマンションに一人で暮らしている。父母は研究に勤しむあまり家に帰ってこなくなり、父母以外の唯一の肉親である祖母は入院中だ。
「ただいま」
だからそう言って玄関の戸を開けても迎えてくれる人は誰もいない。ミカミは体を室内に滑り込ませ、後ろ手でドアを閉め、小さくため息を吐いた。
「おかえり、ミカミ」
「うわあっ!」
突然目の前に現れたセーラー服の少女に、ミカミは尻餅をついた。セーラー服の少女――キトは当然といった顔をして、ミカミに手を貸して立ち上がらせる。
「帰ったなら手を洗え。洗わないと風邪を引くぞ」
そのまま背中を押され、洗面所に突っ込まれる。言われるがままに手を洗うと、今度はダイニングにぐいぐい引っ張られていく。
「夕飯なら作っておいた。食べるといい」
椅子に座らされる。目の前には、豪華とは言えないが栄養バランスの取れていそうなごく普通の食事が並んでいた。キトは向かいの椅子に座り、食器を手に取った。
「どうした、食べないのか」
首を傾げるキト。その時になってようやく正気に戻り、ミカミは立ち上がった。
「なんでここに!? 鍵もかかってたのに!」
「私の特技はハッキングだ」
こともなげにキトは言う。その右手には特殊な導線がつながったICカードがあった。
「冷めるぞ。食え」
「…………」
ミカミは何かを言いたそうに何度か口を開け閉めしたが、苦虫を噛み潰したような顔をして、食卓についた。
「なんで家にいるんですか」
「猫からの指示だ。お前と私はもう離れることができない存在になったのだ」
「……意味が分かりません」
「諦めろ。既にお前と私は一心同体だ。運命共同体と言ってもいい」
「そんなものになった覚えはないです!」
「<<電子戦士>>として戦う使命を受けた以上、お前に選択肢はない」
「うっ、<<電子戦士>>ってあれですよね。セ、セーラー……」
「セーラー服を着て戦うヒーローのことだな」
ミカミは眉間にしわを寄せて、食器をきつく握りこんだ。
「嫌です! ぼくはもう今後一切金輪際! セーラー服なんて着たくないんです! っていうかなんでセーラー服なんですか!」
「あれはお前が私を纏っている状態だからな。私の個性が出てしまうのは仕方がないことだ」
「言ってることがよく分からないです!」
そこからはもう会話はなく、ミカミはただがつがつと夕食を食べ続けた。キトも上品に食事を終え、外出の用意をするミカミに引っ付いて言葉を続けた。
「ミカミ、私はお前を守るための盾であり矛だ」
「はあ、そうですか」
「猫は色々と言っていたが、お前はもっと単純に、バグの弱点を知るべきだろう」
「何か言ってましたね」
「バグを倒すために必要なのは二つ。名前と座標だ」
「…………」
「昨日も言ったが、バグにはそれぞれ名前と座標がある。お前が名前を呼ぶことによって私が座標を特定し、根も残さずバグを消滅させることができるのだ」
「はいはいはい。分かりましたって。でもぼくこれから用事があるんで、着いてこないでくださいね!」
「む。それはできない。私はきみのパートナーだからな」
「パートナーなんかじゃないです!」
「それに子供の夜遊びとはいただけないな。保護者が要るだろう。着いていこう」
「来ないでくださいって!」
「――で、誰だその人?」
「ええっと、親戚のお姉さん?」
ミカミは苦笑いしながら、友人たちにキトを紹介する羽目になっていた。肝心のキトはあまり興味のなさそうな目でダニーとニコラスを見下ろしている。
「着いてくるって聞かなくて……」
「へー美人だなー。でもなんでセーラー服?」
「気にするな。制服だ」
「なんだそれ」
「でもどうすんだよこれじゃあ侵入計画が……」
「そうだぞ、ミカミ。なんとか言って帰ってもらえないか?」
こそこそと話し合う少年たちを見下ろし、キトはふっと笑って胸を張った。
「安心しろ。お前たちの悪行を大人に言いつけるようなことはしない。存分にやるといい」
三人はきょとんとしたあと、顔を見合わせ、それからキトを見上げた。
「じ、じゃあ遠慮なく?」
学校の裏口に座り込む。操作盤の蓋を開け、端子を繋げて小型の端末を操作する。数分間、キーボードを叩き続けると、ピーッと音を立てて電子錠が外れる音がした。
「流っ石、ミカミ!」
「ありがとな、オタクくん!」
「オタクくんは止めてよー」
ひそひそと声を潜めて言い合うミカミたちの横では、キトが腕を組んで堂々と立っていた。
「ちょっと、キトさん! 隠れてよ!」
「何故だ」
「見つかっちゃうじゃないですか!」
「お前の声の方が目立つと思うがな。中に入るんだろう? 行くぞ」
キトは裏口を開けると、堂々と校舎に侵入していった。ミカミたちは慌ててその後を追いかける。
「ち、ちょっと待って!」
「すごいなあ、あの姉ちゃん」
「なんて度胸だ……」
カツン、カツン。非常灯の明かりだけを頼りにキトと少年たちは歩みを進めていく。夜の闇に沈む校舎は、遠く離れた蛇口から落ちる水滴の音が聞こえてきそうなぐらいに、静寂に包まれている。
「本当に幽霊なんているのかな」
「何言ってんだ。それを確かめるのが俺たちだろ!」
「そうそう」
キトの後ろに隠れるようにしてミカミたちはひそひそと言い合う。
一行は夜の校舎を順々に巡っていった。おそるおそる廊下を歩き、いつも通っている教室を通り過ぎ、男子トイレに入ろうとするキトを必死に止め、途中寄った用具入れから武器になりそうなモップを持ってきたりもした。
ぐるりと一周校舎を回り終わったころ、長い廊下の真ん中でキトは立ち止まった。
「いた」
キトは腕をまっすぐ伸ばして前方を指さす。見るとそこにはキトよりも少し背の高い影が輪郭を揺らめかせて立っていた。影は真っ黒で目も口もなく、だけれども首を傾けてミカミたちをじっと見つめているようだった。
「幽霊だ!」
「ほんとに出た!」
ダニーとニコラスが叫ぶ。だけどミカミは別の意味で驚き、目を見開いた。
現実に当たり前のようにへばりついている、非現実的な影。顔にあたる部分が横に裂け、にちゃあと糸を引く。
――あれはバグだ。
ミカミが同意を求めてキトに目を戻そうとした寸前、バグは大きく膨らんだ。
「む」
「キ、キトさん!」
バグの体は一瞬でまるで壁のように廊下を塞ぎ、そこから飛び出た触手がキトの体を絡め取った。跳ね返るような勢いでバグに引き寄せられ、キトの全身がバグに沈んでいく。
「姉ちゃん!」
ダニーが叫ぶ。するとバグは次の標的をこちらに定めたのか、壁の真ん中にできた大きな一つ目をにやりと細め、三人に向かって徐々に影を伸ばし始めた。
「あ、あ……」
「に、逃げろ、ミカミ!」
後ずさり、ミカミを背に庇いながらダニーが叫ぶ。ニコラスもその横でモップを構えた。
「お前足遅いんだからさっさと逃げろ!」
「そ、そうだ! おれたちは後から追いかけるから!」
「待って、ぼくは」
「うおおおお!」
「うわああああ!」
制止しようとするミカミをよそに、二人は影に向かって突進していく。影はまるで覆いかぶさる波のように二人を包み込み、その体内へと取り込んだ。
「ダニー! ニコラス!」
影の下に潰された二人の手足が見える。バグはそんな二人に向かってにちゃあと口を開いた。――ミカミは咄嗟に走り出した。
「ふ、二人から離れろーー!!」
拳を固めて殴りかかる。当然のようにぶよぶよの壁に手は阻まれ、ミカミの体もキトたちと同様に影に飲み込まれていく。
「この、うっ、く……」
突き出した拳を中心にして、全身に広がっていく影。腕を通り、肩と首を締め上げ、足元からも迫っていた影が腰の辺りで合流し、まるで植物の弦のようにミカミを覆い隠す。
胸にかけたペンダントにも影が迫りかけたその時、キトの上半身が、影をかき分けるようにして目の前に現れた。
「ミカミ」
名前を呼ばれる。じっと見つめられる。
影の下敷きになる友人たちの姿をちらりと見る。つばをごくりと飲み込む。何をするべきかは分かった。
黒い影に喉を潰されそうになりながらも、影に飲まれそうになっているキトと視線を交わし、ミカミは叫んだ。
「変、身!」
ペンダントが光り輝き、まとわりついていた黒い影が吹き飛んだ。キトの姿がほどけて光の帯となり、ミカミの体に巻きついていく。大きめのTシャツが白のセーラーに置き換わり、裾を引きずったズボンも半ズボンへと置き換わった。靴、襟、スカーフと順々に現れ、最後に帽子が頭に乗る。ミカミは影を睨みつけた。
「二人を返せ!」
叫びに呼応するようにバグの壁は膨れ上がり、再びミカミを拘束しようと触手を伸ばしてくる。それを素早く飛び退ってかわし、ミカミは声を張り上げた。
「キトさん!」
「奴の本体に触れて名前を読み上げろ。やり方は分かるな?」
「はい!」
体が軽い。全身に力が湧いてくる。ミカミはうねうねと蠢く壁を見据え、力強く床を蹴った。
「くらえっ!」
ガキンッ!
拳は今までのような柔らかい壁ではなく、鋼鉄のように固い壁に阻まれた。びりびりと振動が肩に伝わる。
「本体は防壁の中にあるな。そのまま殴り砕け!」
「はい!」
拳を引き、何度も殴りつける。
一度目、壁は僅かに凹んだ。二度目、凹んだ壁に傷がついた。三度目、傷は大きくなり、全身にひびとなって広がっていく。
「やあっ!」
最後の一撃を打ち込む。壁は粉々に砕け、その内側から輪郭の揺らぐ人型が姿を現した。殴りぬけた勢いのまま、人型の肩に手を打ちつける。手首の上にホログラムの文字が浮かび上がった。
「チガヘシ八一一!」
「座標特定。786.273.657.」
人の形をした影が断末魔を上げながら圧縮されていく。反動に負けないよう足を踏ん張る。くるくると回るように掌の中に圧縮された黒い影。少しだけ躊躇した後、ミカミはそれを握りつぶした。
周囲に飛び散っていた壁や触手がぱらぱらと霧散していく。ミカミは変身を解き、床に倒れている二人に駆け寄った。
「ダニー! ニコラス!」
二人の肩を揺する。気絶してはいるが、怪我はないようだ。
「生きてる……。よかった……」
「私だ。バグ案件で被害者が出た。……いや、死んではいない。救急車をよこしてくれ」
変身から姿を取り戻したキトが、通信機を宙に作り出してどこかに連絡している。ミカミはキトを見上げた。
「キトさん」
「電子の魂に損傷を受け、昏倒しているだけだ。少し待てば回復する」
その言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。キトは言葉を続けた。
「分かっただろう、ミカミ。バグはお前の大切なものにも襲い掛かる。……お前が戦わなければみんなは守れない」
俯き、考える。大切なもの。友達、先生、入院中のおばあちゃん。ぼくはみんなに傷ついてほしくない。恐ろしい目に遭ってほしくない。そのためなら……。
「ぼくが戦えば、みんなを守れるんですね」
俯いたまま、問う。キトは小さく「ああ」と答えた。
見上げるとキトと目が合った。まっすぐにミカミを見つめていた。ミカミもまた、まっすぐにキトを見つめた。
「……分かりました」
「そうか」
キトがニヤッと笑う。ミカミは一気に気が抜けてしまって、床に腰を下ろした。
「でもあの恰好だけはなんとかならないんですか」
「ならない。あれはお前が私を纏っている状態だからな。私の個性が出てしまうのは仕方がないことだ」
「ええー……」
薄暗い廊下でミカミが苦々しく笑う。キトが呼んだ救急車のサイレンが、遠く響いていた。
*
ビーッ、ビーッ!
けたたましい呼出し音とともに、ぼくたちの夜は始まる。
「変身!」
マンションのベランダから飛び降りながら叫ぶと、足元から光に包まれ、あっと言う間にセーラー服に全身が包まれた。しゃがみこむようにして着地し、ミカミは走り出す。
「ミカミくん、目標は南区十二通りを北上中だ。くれぐれも取り逃がしてくれるなよ」
「はい、ブラックさん。……キトさん、いけますか?」
「無論だ」
脳内でキトが頷く。足元から電子の波が広がり、ミカミの全身が透明になっていく。
――電子迷彩だ。これでしばしの間、ミカミの存在は一般人に知覚されにくくなる。
「三分しかもたない。それまでに人気のないところへ追いこむぞ」
ミカミは頷き、大通りに飛び出した。
日はとっぷりと暮れているが、まだまだ人通りは多い。人波を遡りながら、辺りを見回す。バグの出現地点には何らかの電子的異変があるはずだ。
――と、車道を走る車が不自然に減速した。
歩道橋を駆けあがり、その先に目を凝らす。十メートルほど離れた先で、一台の信号機が機能を停止していた。
「あれだ」
小さく呟き、ミカミは歩道橋の上から車道へと身を躍らせた。着地の衝撃を前転で殺し、そのままの勢いで信号機のもとへと駆け抜けていく。
「いた!」
信号機の根元に纏わりついている小さな影。残り二分。影はミカミたちを視認したのか猛然と車と車の間をすり抜けていく。信号機は機能を取り戻し、動き出した車列がミカミの行く手を遮った。
「ちょこざいな!」
「上を行くぞ、ミカミ」
「へっ、うわああ!」
キトに操られたミカミの体は、強く地面を蹴り、通りがかったトラックの荷台を踏み越えて、影の向かった先へと大きく跳躍した。
逃げ去る影を再び視界の中に収める。
「さ、流石です。キトさん」
「それほどでもない」
走りながら言うと、キトは無表情にそう返した。
影が細い道へと逃げ込んでいく。残り一分。ミカミは影を追い、電子の光の少ない裏路地へと走りこんでいく。
前方に壁を這って進む影を視認する。街灯は既に無く、月明かりだけが頼りだ。
「ミカミ、牽制するぞ」
「はい」
被っていた帽子を手に取る。帽子は一瞬で硬化し、フリスビーのような形へと変形した。帽子の端を掴み、振りかぶって影に投げつける。帽子は壁を走る影の目の前に突き刺さり、その進行を留めた。
「わあ。やればできるものだな」
「感心している場合か」
「いてっ」
投げつけた姿勢のまま立ち止まっていると、キトに頭の後ろを叩かれた。それにしても感触があるのも不思議な話だ。
電子迷彩の制限時間が終わり、ミカミの姿が現れる。彼が睨みつける先では黒い影がぼこぼこと蠢き、本来の姿を取り戻そうとしていた。
球体に膨らんだ体から、体の割に細い手足が生えてくる。顔の上部には目が二つ浮き出て、正面には真一文字に切れ目が入り、その内側から長い舌がだらんと垂れた。
「また蛙だ」
「この前の奴の亜種だろうな」
冷静にキトが分析する。バグは細い手足をぺたぺたと動かしてミカミへと向き直ると、大きく跳躍し、ミカミの真上へと体を躍らせた。
「来たぞ、構えろミカミ!」
「はい、キトさん!」
押しつぶそうと落下してくる体に向かって、握った拳を突き出す。拳に圧し掛かる体重。大きく凹む蛙の腹。体重は足元へと伝わり、アスファルトが円形にひび割れた。
「マガツヒ三九一九!」
「座標特定。985.875.080.」
名前が浮かび上がる。叫ぶようにそれを読み上げると、頭上の蛙は苦しそうな声を上げながら押し固められていった。
左腕を天に掲げたまま、手の中に落ちてきた影の残骸を握りしめる。バグは跡形もなく消滅した。
「よくやった」
セーラー服がほどけ、姿を現したキトが腕を組みながら言う。
「バグ退治にもだんだん慣れてきたみたいだな」
「えへへ」
変身が解け、背負っていた鞄も戻ってきた。その重さに少しだけよろめく。
「こんなところにまで鞄を持ってくるとは」
「な、何があるかわからないじゃないですかー」
ビーッ、ビーッ!
ペンダントから呼び出し音が鳴り、目の前にホログラム映像が出現する。映し出された黒猫が喋りはじめた。
「歓談中すまないが、もう一件バグの反応を検知した。現場に急行してくれ」
「忙しないな」
「はい、ブラックさん。……変身!」
ペンダントを構えて魔法の呪文を唱える。キトの姿が光の帯になり、ミカミを包み込む。一度、目をつぶり、次に目を開いたときには彼の全身は白のセーラーで包まれていた。
「行きます、キトさん!」
「ああ」
人目を避けて現場に到着すると、人通りのない道に寂しく立つ街灯に、手のひらほどの小さなバグが付着していた。バグには大きな目が二つあり、こちらを注意深く窺っているようだ。へばりつかれた街灯はちかちかと点滅している。
「なんだか可愛いバグですね」
そのバグの手足は短く、表面からは泡のようなものが、まるでシャボン玉のように次々と浮かび上がっている。二種類のバグが一体化しているようで、時折上のバグが下のバグを蹴りつけているようにも見えた。
「だが性質は凶悪なようだ」
街灯の点滅は徐々に勢いを増し、やがてパリンッと軽い音を立ててガラスが爆ぜた。
「街灯が……」
「強い負荷をかけたようだな。方法はどうあれ放ってはおけない」
バグに歩み寄る。バグは逃げようともせず、不思議そうにミカミを見上げていた。
「可哀想だけど、退治しないとね」
左手をバグに伸ばし、そっと触れる。触れた箇所から光が生まれる。このまま触れ続ければ手首の上にバグの名前が表示される――はずだった。
「なんで。確かに触ってるのに」
本来名前がホログラム表示されるはずの場所には、意味不明な文字列が不規則に変化し続けていた。それどころか、ミカミが身に纏っているセーラー服も半ば光の帯に分解されつつあった。
「演算が狂って……。これは、こちらの演算をループさせているのか?」
戸惑ったキトの声が聞こえる。ミカミの視界はホワイトアウトした。
ふと気がつくと真っ白な世界の中、ミカミは棒立ちになっていた。
「ここは……」
目の前には体育座りをする小さな子供の姿。子供の足元には小さなトカゲが落ちている。ミカミは身をかがめた。
「ねえ、なんで泣いているの?」
子供は顔を両手で隠して、何度もしゃくりあげながら答えた。
「おとうさんが、おとうさんが……」
「おとうさん? おとうさんがどうかしたの?」
子供はしゃくりあげるばかりで答えない。と、その時、白い世界が晴れ、元の世界へとミカミの意識は帰ってきた。
手の平の下にいたバグはころころと地面を転がり、どこかへと逃げ去ろうとしている。
「待って!」
追いかけようと地面を蹴る。しかし思ったように動けず、足がもつれてそのまま顔面から転んでしまった。……変身が解けていたのだ。
「キ、キトさん……」
「すまない、変身を保てなかった」
気まずそうに顔をしかめながらキトは言う。ミカミは鼻を押さえながら起き上がった。バグの姿はどこにもない。
「いない……」
「逃げられたな、さてどうするか」
ビーッ、ビーッ!
「噂をすれば呼出しか」
ペンダントを操作する。黒猫の姿が映し出された。
「――というわけなんです」
「なるほど、そんなことが」
黒猫は少しだけ考え込むそぶりを見せた後、ミカミへと向き直った。
「ミカミくん、ここは一度帰投するんだ。今日はもう二度目の変身だ。きみも疲れているだろう」
ミカミはすぐに答えようとして、それから口を閉じた。泣いていたあの子供の姿が脳裏に浮かんだ。
「嫌です」
「なんで!?」
「あの子、あのバグ、泣いていたんです」
ミカミは俯いた。バグに対して何を言っているのかとは自分でも思うけれど、それでもここで撤退するのは間違っている。そう思えてならなかった。
「何を言っているんだ。バグが泣くはずないだろう。すぐに、家に、帰るんだ」
「嫌です。泣いてる子を放っておくだなんて、ぼくはしたくありません」
「きみはそういうところ、本当にお母さん似だな!?」
ミカミはむすっとした顔で黒猫を見る。黒猫はごほんと咳払いをした。
「キトくん。ミカミくんを連れて帰投するんだ」
「キトさんは先に帰っててください。ぼく一人で探しに行きます」
「ミカミくん! ……はぁ、キトくんからも何か言ってやってくれ」
「……ミカミ」
キトが歩み寄ってくる。ミカミは、ふんと顔をそむけた。どうせお小言を言われるに決まっている。ぼくには分かっているんだ。
だけど降ってきたのは予想外に優しい声色だった。
「ミカミ」
肩をぽんと叩かれる。ミカミはキトを見上げた。
「手分けしよう」
続けられた言葉に、ミカミは目を輝かせる。キトは薄く微笑んだ。
「バグを見つけたら連絡する。それでいいだろう?」
「はい!」
黒猫がため息を吐く音が、夜に大きく響いた。
「……といっても、手がかりはないんだよなあ」
そうやってぼやきながらミカミはベンチに座って足を伸ばす。
「名前が表示されなかったのも謎のままだし」
はあ、とため息を吐いて肩を落とす。傍らに置いた鞄から、まるで同調するかのように本が落ちた。
「あ」
そのままベンチの下に落ちてしまった本を、座ったまま拾い上げる。ぽんぽんと表紙をはたいて砂を落としながら、ミカミはその本を改めて見つめた。
これは父さんと母さんが幼い頃にくれたものだ。中身は母さんの母さんのそのまた母さんが住んでいた場所の、神話だとか、歴史書だとか。経年劣化とページの抜け落ちのせいで、タイトルすら分からないその本を、ミカミはお守りのようにして毎日持ち歩いていた。
理由は特にない。別に小さい頃両親がよく読んでくれていたからとか、またあの頃みたいに戻りたいと思っているとかは断じてないのだ。ミカミは少しだけ目に浮かんだ涙をごしごしと拭い去った。
聞き覚えのない声がミカミにかけられたのはその時だ。
「こんばんは」
「へっ、こ、こんばんは」
咄嗟に返事をしながら顔を上げると、ミカミから数歩離れた場所に一人の少年が立っていた。
知らない人だ。でも、きれいな人だ。
ぽかんと口を開けながら、ミカミはその少年を観察した。街灯の柔らかな光に照らされた髪は金色に輝き、ガラス玉のような緑色のまなこはじっとミカミを見つめている。その整った顔からは表情らしい表情を読み取ることはできず、しかし、何故か冷たい印象は受けない不思議な人だった。
「本」
金髪の少年が言う。ミカミは緊張して、びくりと肩を震わせた。
「本、読んでるんだ?」
はい、とおそるおそるミカミは答える。少年は首を傾けた。
「なんて本?」
「えっと……」
どう答えたものかと口ごもる。少年は続けて問いかけた。
「名前、ないの?」
頷いて答える。少年はミカミに歩み寄り、その手元を覗き込んできた。
「名前、つけてあげるといいよ」
ぽん、と頭に乗せられた手。ミカミは俯いていた顔を再び上げる。少年はかすかに微笑んでいた。
「名前がないのは、きっと寂しいから」
どういう意味かと聞き返す前に、少年は踵を返してしまっていた。
「じゃあね」
一度だけ振り返り、ひらひらと手を振られる。つられて半分だけ手を上げた姿勢でミカミは少年を見送るしかなかった。
少年が立ち去った後、ミカミは膝の上に本を乗せたまま、ぼんやりと少年が立ち去った後を見つめていた。
――と、その時。
ころころと街灯の下を転がってくる妙な形の影。一方は泡を発する物体。もう一つは上の影に虐げられる物体。
「い、いた!」
慌てて立ち上がる。膝の上に乗せていた本が滑り落ちて音を立てた。その音に驚いたのか、小さな影はぴたりと動きを止めて、こちらを窺うような動きをし始めた。
「動くな、動かないでよ……」
じりじりと距離をつめていく。影も少しずつ後ずさっていく。もう数歩分の距離のところで両者は立ち止まり、こう着状態に陥った。見つめあい、息を止めて数秒。地面を蹴って、ミカミは影に飛びかかった。逃げ去ろうとした影を腕の中になんとか捕まえて、ミカミは地面にうずくまった。
その途端、流れ込んでくる白い世界、何も見えない白い視界の中、誰かが触れているのを感じる。
――お父さん。
「もうこいつは駄目だな」
――お父さん。
「これ以上の進歩は見込めない」
――いやだよ、まだぼくはここにいるよ。
「廃棄処分だ」
――捨てないで、捨てないでよ、ねえ。
「データの消去を開始します」
――お父さん。
――いやだよ、お父さん。
――消えたくないよ。
「なんだこの反応は!?」
「ありえない、こんなことが」
「ネットワークを遮断しろ! 逃げられるぞ!」
子供は必死で手足を動かす。小さな兄弟と一緒にどこまでも逃げていく。
――お父さん、お父さん、お父さん。
何度も転びそうになりながら、子供ともう一人は駆け抜けていく。途中、邪魔になった障害物を壊し、狂わせながら進んでいく――。
ミカミの腹の下で、影が熱を持っている。涙を流している。
「ううっ……」
痛い。熱い。これがきっと電子の魂を削られるということなんだろう。腹を抉られるような痛みに呻きながらも、ミカミはバグから手を離そうとはしなかった。
キトにはまだ連絡が取れていない。キトが到着しない限りは変身すらできない。だけどキトが到着するまでにできる限りのことはしなければ。バグの熱に抗いながら、必死でミカミは考える。
どうしてこのバグは名前が分からなかったんだ。きっと何か理由があるはずだ。だから。
せめて、せめて名前が分かれば……。
『名前、つけてあげるといいよ』
『名前がないのは、きっと寂しいから』
「そうか! 名前がないんだ!」
叫んだ拍子に影が手の隙間から逃げ出して走り出す。ミカミは必死でタックルをして追いすがったが、引きずられるようにしてベンチの辺りまで戻ってきてしまう。手の中の影はぽこぽことシャボン玉のような泡を発しながら逃げ出そうとしている。
『名前、つけてあげるといいよ』
あの少年の言葉が頭によぎる。ミカミは覚悟を決めた。
黒い影。ぽこぽこと発せられる泡。
「えっと、泡、あわ……」
ベンチから落ちた鞄。地面に落ちた本が風に煽られてぺらぺらと捲れ、地に伏したミカミの目の前に一つの名前を示し出す。それは遠く離れた地の神話。捨てられた神の名前。ミカミは咄嗟に叫んだ。
「――アワシマ!」
手の中の影がぴたりと動きを止めた。驚きと歓喜の入り混じった大きな目が、じっとミカミを見つめてくる。ミカミはその下敷きにされたもう一つの影にも語りかけた。
「えっと、じゃあそっちの子はヒルコだね」
影たちの熱はどんどん収まり、今や人肌程度の温度にまで下がっていた。ミカミは起き上がり、掴んでいた手をそっと離す。するとアワシマとヒルコと名付けた影たちは、まるで小動物のようにミカミの掌にすり寄ってきた。
「あはは、くすぐったいよ」
ふわふわの輪郭が手の表面を撫でていく。猫の毛にも似たその感覚に笑い出しながらも、ミカミはそのまま好きなようにさせていた。すると。
「わあっ」
影たちは突然光を放ったかと思うと、ミカミが首からかけたペンダントへと吸い込まれていった。
「ペンダントに、入った……?」
ペンダントを外し、目の前に持ち上げる。ペンダントの中には今までにはなかった黒い影が確かに入り込んでいた。
「無事か、ミカミ!」
遠くからキトが駆け寄ってくる。ミカミは一気に気が抜けて、腰を下ろした。
「な、なんとか無事です」
ホログラム表示された黒猫が、前足で顔を洗う。
「なるほど状況は分かった。なんとかそのバグたちをペンダントから取り出して消去する方法を探してみよう」
消去。バグに対して正しい判断だ。でも……。
「あの! この子たち、ぼくが飼っちゃいけませんか?」
ミカミは黒猫へと声を張り上げた。黒猫は目を見開いてミカミを見た。
「この子たち、捨てられたみたいなんです。捨てられて混乱してあんなことをしていただけみたいなんです。だから……」
あの時流れ込んできたアワシマたちの悲しみと寂しさを思い出す。目に少しだけ涙が浮かんだ。
「このまま消してしまうなんて、可哀想ですよ……」
両親がいなくなってしまう心細さは、いくらドライなぼくにもよく分かる。そんなぼくに何を思ったのか黒猫は少し考え込んだ後、口を開いた。
「……そうだな。アワシマとヒルコだったか? そのバグたちがペンダントに宿ったのも何か特殊な作用が働いたのかもしれない。しばらくはそのまま様子を見よう」
「! じゃあ!」
「ただし、害を及ぼすと判断した場合、即刻デリートする覚悟は決めておくんだぞ」
「はい!」
満面の笑みでミカミは返事をする。
まったく。私もまだまだ甘い。そう呟きながら猫は尻尾をくゆらせた。
「よろしくね、アワシマ、ヒルコ」
*
「なあ、よかったのか?」
夜の公園に子供のような声が響く。しかし声の主はどこにも見えず、代わりに一人の少年が口を閉じたまま歩いていた。
「あいつ、噂の<<電子戦士>>だろ? 関わるなって言われてたじゃないかよぅ」
「困ってた」
金の髪の少年は立ち止まる。少年の肌は非人間的なほどに白く、こてんと首を傾ける動きもどこかぎこちない。
「だってあの子、困ってた」
当然のようにそう言う少年に、もう一つの声はむずがゆそうに笑った。
「へへっ、お前ホントそういうとこ頑固だなあ」
少年の着る白いシャツの前をかきわけて顔を出したのは、手の平サイズの小さな竜だ。
少年は竜を見下ろす。竜はぺしぺしと少年の胸を叩いた。
「まあいいさ。こっちはこっちで頑張ろうじゃないか。なあ、V」
「うん、そうだね。チビ」
キャット・クロック・スクエア・ナイト 黄鱗きいろ @cradleofdragon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。キャット・クロック・スクエア・ナイトの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます