水無月 ルキア Ⅷ


 〝美月〟を殺してから別荘で二泊し、金曜日に私は自宅へ戻った。

 リビングで寛いでいると、慌ただしく階段を駆け降りてくる音が聞こえた。


「……あっ、帰っていたんだ? おかえり~」


 春海さんは、これから出掛けるのか、余所行きの格好をしている。

 派手で高級なブランド品の数々を身につけている。

 父親が、彼女にせがまれるがまま買った物だろう。


「何処かへお出かけですか?」

「うん。ちょっと友人の所に……ね」


 彼女らしくもなく、歯切れが悪い。どうしたのだろう?


「あ! 今、あたしの事、疑ったでしょ?」


 春海さんが心外だと言わんばかりの顔で言った。顔に出たらしい。


「あのね、あたしは芳伸よしのぶさん一筋なんだからね!」

「もちろん信じていますよ」


 私が笑顔を見せると、春海さんは表情を和らげた。


「……ごめんね、ちょっとした事で苛ついちゃって。

 これから会いに行く友人の妹がね……行方不明になっちゃったんだってさ」

「それは……」


 何と言っていいのかわからず、取り敢えず悲しそうな表情を作る。


「……ねえ、ルキア君」

「何ですか?」

「……先週の水曜日、出掛けてたよね? この女の子見なかった?」


 目の前に差し出されるプリクラ。笑顔で写る女性三人。

 その中に〝彼女〟がいた。


「左端の少女……ですか?」

「うん……行方不明になった〝神楽かぐら 遥愛はるな〟ちゃん」


 私に〝美月〟と名乗った少女だった。


「――――いえ、心当たりないです」

「そう、だよね。ごめんね、ルキア君。

 数日前のすれ違った人の顔なんて、覚えているわけないか」


 春海さんは、悲痛な表情で呟いた。


「仲の良い姉妹だったんだけど……あの日、喧嘩になったらしくてね……。

 遥愛ちゃん、勢いで家出しちゃって……それから全然連絡が取れないんだって」


 私の脳裏に浮かぶ地下室にある透明な棺……中にある冷たく美しい死体……。

 身体の奥から湧き上がる快楽……今週末も彼女達に会いに行こう……。


「――――それじゃあ、行ってらっしゃい」


 ルキアは取り繕うように笑みを浮かべると、お手洗いの方へ向かった。



※※※※※



 ……春海は、彼が視界から完全に消えるのを見計らって、テーブルの上に充電してあるルキアの携帯を手に取った。とあることを確かめる為だった。



『遥愛の奴、援助交際、やってたの……』


 数時間前。電話してきた友人は、落ち込んだ声で言っていた。


『援交をバイト感覚でやっていて……やめろって言ったのにやめてなかったから……あの晩、喧嘩になっちゃって……逆切れした遥愛は出て行った……。

 それで……遥愛の携帯を取り上げた時、見たんだけれど。

 一人の男と頻繁にメールのやり取りをしていたの、〝美月〟って名前で。

 そいつの家に泊まるって書いてあった』


 声音に滲み出る嫌悪感とやり場のない恨み、憎しみ……。


『そいつの名前〝ルキア〟って言うんだ――――』



 春海は震えていた。万が一……自分の想像が杞憂じゃなかったら?

 そんな事は、ありえない! 早くしないと戻って来てしまう……!

 春海は、意を決してメールの送信フォルダを開いた。


《ぉ金に困ってマス。『苺』でいぃです。よろUくぉ願ぃしますッッ!》

《諭吉さん3枚くれたら、ナニしてもいいよ~☆》

《ピチピチのJK2、ユイは家なき子なの……誰か優しい人、メール下さいっ》

《みおのセクシーショット見てくれたぁ?

 初めてだから、優しくして欲しいなぁ》


 絶句――――背筋にぞわぞわと悪寒が走り、気持ち悪くなった。

 そしてスクロールしていくと……ソレは見つかった。


《美月です。突然で申し訳ないのですが、今から会えますか?

 18時に繁華街の街路樹下のベンチで、お待ちしております》


 メールの日付は先週の水曜日……ルキアは嘘を吐いていた……。

 衝撃の〝真実〟に耐えきれなくなった春海は逃げるように家を出た。


 その様子を呪華は恍惚とした表情で、見つめていた。



※※※※※



 翌日……私の別荘に来客が現れた。


「やっほー! 遊びに来たよ!」


 春海さんだった。彼女はケーキの箱を持って来ていた。


「ごめんね、突然来て……」


 謙遜けんそんじゃなく本当に突然だったので、びっくりした。


「いえ、嬉しいです。わざわざケーキまで、ありがとうございます。

 ――――どうぞ、上がって下さい」

「お邪魔しまーす!」


 出したスリッパを履いて上機嫌にあちこちを見て回る、若過ぎる義理の母。


「ハイカラで素敵っ……いいなぁ、この花瓶」

「実家に持っていっていいですよ? 私は花とかあまり生けませんし……」

「じゃあ持って来て? ルキア君!」

「わかりました……」


 楽しく喋っている私達を見つめる呪華。

 視線を向けたが、無情にもぷいと逸らされてしまった。

 仲良く話しているので、嫉妬でもしてくれているのだろうか? だったら嬉しい。

 笑みが零れるのを抑えられない私は、さぞや不審に見える事だろう。


「あっ、そこは――――」


 ……唐突に、春海さんが何気なく手を伸ばしたドアを見て、私は慌てた。

 彼女がドアを開けたそこには、階段があった。


「面白~い! 地下室っ?」

「……ええ。地下は単なる倉庫ですから、面白い物はないですよ?」

「ふぅ~ん? 結構本格的だよね~……」


 あっさりドアを閉めてくれたので、言霊を使う暇もなかった。

 リビングルームへ案内し、一息吐く。


「ケーキを皿に移してきますね」


 傾けないようにそっと手に持つ。と同時に春海さんが腰を上げた。


「ごめっ……あたし、やるよ……!」

「春海さんはお客様なんですから……待ってて下さい。紅茶も淹れますね」

「ミルクと砂糖、沢山入れてね? レアチーズケーキはあたしのだからね!」

「……わかりました」


 キッチンへ向かう。まずケーキをお皿に取り出し、紅茶の茶葉を探す。


「あれ……?」


 見当たらない……切れてしまったようだった。大急ぎで奥へ取りに向かった。


「ルキア、おっちょこちょい」


 戸棚を漁っている私の額をピンッと指で弾く呪華。


「誰にだってこういう事はあるでしょう?」


 何となく悔しい気持ちになって、言い返してしまった。

 すると呪華は、ゾッとする程妖しくて美しい笑みを浮かべた。


 足早に戻ったのはいいが、リビングに続くドアの前でハッとした。


「春海さんは、ミルクティーが飲みたいんですよね?

 だったら、ダージリンよりアッサムの方がいいですよね?」


 大声で聞くが返事が無い。テレビの音が無駄に大きい。


「……春海さん、聞こえてます?」


 返事が無い。芸人のギャグに盛大な笑い声が聞こえる。


「春海さん?」


 中に入ると、リビングには誰もいなかった。

 目の前の光景を信じたくなかったが、背筋には現実と知らせる悪寒が走った。


「大丈夫ぅ?」


 呪華の声で落ち着きを取り戻す。


「……大丈夫、です」


 テーブルに手を着き、深呼吸をしたその時。


「きゃああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 長い長い、女の悲鳴が聞こえた。

 大笑いしている呪華を放置して、私はわき目もふらず地下室へ走る。


「ああああああああああああああっ! 嫌ああああああああっ!!」


 別荘内に響き渡る悲痛な叫び声。


「遥愛ちゃん……いやっ、遥愛ちゃん!

 どうし、て……遥愛ちゃん、遥愛ちゃんっ!」


 私が地下室に入ると、棺の前で女が座り込み号泣していた。


「遥愛ちゃん、遥愛ちゃんっ……ど、どうしてっ……どうしてええええっ!?」


 気配を殺して歩み寄る。凄まじい悲しみに狂う女は全く気がつかない。

 女が振り返った時、私はすぐ背後にいた。

 金のメッシュ入りのショートカットの茶髪を振り乱しながら、絶叫した。


「ひっ……ひぃ……人殺しいいいぃいいいいいぃぃ」


 私が渾身の力を込めて殴り飛ばすと、女は固い床に思いっきり頭を打ち付け、気絶した。


 棺の中の凍りついた彼女達は、静かに私と女を見つめている。

 私は一人一人顔を見つめ返した。興奮した気持が落ち着いてくる。


「知らない人が来て、怖かったですよね? 大丈夫ですよ。

 この女は、さっさと始末しますから……」


 女を担ぎ上げ、地下室を出る間際、振り返って彼女達にいつもの言葉を言った。


「愛しています」


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