水無月 ルキア Ⅱ
幸いな事に名前負けしない容姿だったので、気に入っている。
母が幼い頃に他界し、片親で育ったが生活に不自由した事は無い。
水無月財閥といえば世界広しといえども、知らない者は皆無だ。
父の所有する会社を継ぐという定まった未来があるが、異議はない。
むしろこの不景気に、大企業への就職が決まっているのだから喜ばしいことだ。
しかし何もしないで楽に生きられるわけではない。裕福な家庭で育ち、五体満足な私は後継ぎとして最高の教養を得ることを余儀なくされた。
幼い頃から家庭教師をつけられて一流の学校へ通う為に日々勉強していた。
そして何とか、父の目標をクリアして二十二年間、生きてきた。
ただ……大きく父の理想から外れてしまったことがある。
それは私が四人の女性を殺めた、連続殺人鬼になってしまったこと。
今、私がいるのは父から大学入学のプレゼントで頂いた別荘の地下室。
階段を降りて、正面の奥の壁には沢山の透明な棺が均等に並べられており、その中には私が愛している彼女達が、出会った時のままの姿で私を出迎えてくれた。
血の気の失せた顔……生者が浮かべる事の出来ない表情は、いつも溜息が
恍惚と棺を眺めていると、彼女がまたもや背中に抱きついてきた。
「どうしましたか?」
私は彼女の極上の絹糸のような艶やかな深紅の長い髪や、どんなに見つめていても飽きない金色の瞳……そして澄みきった雪よりも美し過ぎる、真っ白い肌を思い浮かべながら訊ねた。
「そんなに綺麗?
紛れもないヤキモチに私は、呪華を真正面から見つめて答えた。
「美しさの次元が違います。命あった生き物が、命を失くして物になった……そこに宿る美しさと、呪華を比べる事は出来ません……」
「……ふぅん」
私は、閉まってあった木製の椅子を取り出して、棺の前に置いて腰掛ける。
右から順に、一人目、二人目、三人目……一番左は先ほど殺した少女だ。
まだ先の空いている棺が複数ある。それが埋まるのが、これから楽しみだ。
私は、自分が異常だとは思っていない。
そう呪華も言ってくれる。私の愛しの呪華。かけがえのない存在。
私の、この背徳的な秘密がバレてしまったら……いくら容姿端麗、頭脳明晰、品行方正と褒めてくれる周囲の人々も掌を返すだろう。
そして激しい非難を浴びせるだろう。
多くの人は、どうして私がこうなってしまったかを知りたがるかもしれない。
父が悪いわけではない。父は私をここまで育ててくれた立派な方だ。
家庭環境が悪いわけではない。生活してきて、今まで不満を抱いた事など無い。
世間が悪いわけではない。私は、とても恵まれているのだ。
ただただ仕方がない。自然とこうなってしまっただけなのだから。
「また、会いに来ますね」
別れる間際、そう言って一つ一つ棺に口づけをした。
振り返ると呪華が見つめていた。
「少しは
「呪華は妬いたりしないもん!」
「……そうですか」
さっきは、嫉妬のあまり抱きついてきたのに。可愛らしさに顔が綻ぶ。
「ルキアは繊細過ぎなんだよぉ……あ。今のナシ!
繊細だったら、こんな死体一杯な空間に入り浸ったりしないもん!」
今度は私が微笑みかけると、呪華も最高の笑顔で返してくれた。
「そろそろ家に帰りましょう」
「うん!」
地上へ戻る階段へ向かう。
呪華が横にやって来て、上目遣いで媚びた表情を見せた。
私が腕を差し出すと、嬉しそうにその腕を取る呪華。
彼女に感じている感情を、どう表現すればいいのだろうか?
「――――呪華」
「うん?」
「愛しています」
「キャハ! 呪華も~」
そう、愛している……うん。
「愛しています」
「嬉しいなあ」
「――――呪華、あいし」
「くどいっ」
怒る呪華に向かって、私は言いました。
「愛しています。今すぐ、殺してしまいたいくらい……愛しています」
「キャハハ! 気持ちは嬉しいけれど、無理かなぁ?」
そう言って彼女は、魅力的な金色の瞳を輝かせて言った。
「呪華は殺されないもん! 死なないもん! だって呪華は、神様だもん~」
「……そうですね」
いつまで、我慢出来るだろうか?
呪華――――私の最愛の者。
冷たく硬直した彼女の死体を抱きしめたい欲求を、いつまで……。
「ねえ、ルキア~帰ろぉ?」
「そうですね」
美しく残酷な彼女をエスコートしながら、私は地上へ戻った。
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