栄永 利口 Ⅷ

 目を覚ますと、自分の部屋だった。

 僕は上体を起こし、辺りを見渡した。


「やっと起きたか……」


 出入り口であるドアを塞ぐように青黒色の髪の美少年が寄りかかっていた。

 見知らぬ存在に、ギョッとし大声を上げかけたが、次の瞬間、記憶が甦った。


「…………恨月。どうしてココに?」

「ボクがお前を運んでやったんだ。

 お前の姿や声は、この家の人間には見えないし、聞こえない」

「そう、か……ありがとう」


 起きたばかりだからだろうか。意識がはっきりしない上に記憶があやふやだ。

 さっきまで……彼じゃない、誰かと一緒にいたはずなのに……夢か?


「ところで――――世界を壊すとか言っていたが、本当にやるのか?」


 そういえば、そういう事になったような気がする。


「あ、あぁ……」

「全世界を滅ぼす程の憎悪が、お前にあるとは思えない。

 お前が心の底から憎んでいる者は誰なのか……今一度、思い出してみろ」


 言われるがまま……僕は目を閉じて嫌いな奴を、不幸になって欲しい奴の顔を思い浮かべた。

 ――――憎悪が、心を浸蝕していく……。


「そう、だよね。排除したい存在は、そんなに多くなかった」


 完全に憎悪で心が満ちた時、僕はゆっくりと瞼を開いた。

 そして深呼吸してから言った。全てを真にするために……。


「まず、担任の秋谷あきたに 秀夫ひでお! あいつは、成績が良い時はベタ褒めしたクセに、成績が落ち始めると人格を否定し出した。許せない!

 あいつは教師に向いていない! 二度と教壇に立てないようにしてやる!

 だから……そうだ! 両足切断するような事故に遭え!」


 心拍数がどんどん上がっていく。心臓の音が大きく響いた。


「次は、あいつだ……神流木 隼! あいつは僕の一番を奪ったんだ!

 そして僕に許しがたい暴言を! こいつは……一生不幸になってもらう!

 今日からアリ地獄に落ちたように、もがいても、もがいても、苦しむんだ!!

 僕が受けた苦痛を未来永劫、永遠に……!!」


 そうだ。復讐ってこういうものなんだ。

 憎悪が発散されていくのがわかる。それは、脳髄が痺れるような快感だった。


「もういいのか?」


「ちょっと待って……」


 一度、深呼吸する。充分に新鮮な空気を胸に沁み渡らせてから、僕は言った。


「最後は、僕の家族だ……」


 僕の言葉に、恨月はニタリと嗤った。


「父の栄永さかえ 良太郎りょうたろう。母の栄永 文子ふみこ

 兄の栄永 けん。妹の栄永 怜悧えいり……。

 この四人は、血が繋がっているこの僕を厄介者扱いした。

 ただ、出来が悪いという事だけで! 見放した! 見下した!」


 恨月は笑みを浮かべながら、深く頷いた。


「それで? どうする?」


 思考が、憎悪で混乱していた。


「……どうしたら」



「――――殺しちゃえば?」


 澄んだ声が、クリアに脳に響いた。


「え?」


「殺しちゃいなよ!」


 恨月は、いつの間にか僕の隣にいた彼女に鋭い眼差しを向けた。


「お前……また」

「呪華って呼んでって、言ってるのにぃ!

 そ・れ・にぃ! 利口は、呪華の担当だったでしょう?!」


 呪華は妖艶に笑いながら僕の腕を掴んだ。


「勝手にいなくなったクセに……は、どうするつもりだ?」

「もうすぐ終わるんだから、いいの!」


 恨月が呆れたように肩を竦めるのを尻目に、呪華は僕に視線を向けた。


「言霊の力で、一生不幸にする事も出来るよ?

 でも、人の世界での不幸なんて生ぬるいと思わないかなぁ?

 もう一度、考えてみようよ?」


 僕の家族。血の繋がった……僕の味方であるべきはずだった者達。


「…………そうだ、思い出した。

 クラスで最下位になった時だ。賢兄と怜悧の前で、僕を叱ったっけ。

 努力が足りない。怠けているせいだ。もっと頑張りなさい。

 今までの頑張りとか、努力とか、そういうのは最初から無かったかのように」


 結果が出せなければ、頑張った事にはならない……そう、父さんの口ぐせだ。

 すっかり忘れていた。僕は結果を出せなかった。その上、全てを放棄した。

 

「そして――――僕が学校へ行かなくなってからは、僕は存在を消された。

 最初っから、生まれてなかったかのように!

 厄介物だった。いらない存在だった。そんな扱いしか受けていなかった!!」

「嫌いなヤツ全部、苦痛と絶望しかない本物の地獄に、逝かしちゃえ☆」


 そうだ。先に僕を殺したのはアイツらだ。別に死んでもいいかと思った。



「死ね。激痛で苦しみながら死んでしまえ!!」



 言い終わった後、僕は大急ぎで下へ降りた。


「あいつらが死ぬ所を、見てみたい! 今日は休日、家の中に居るはずだ!」

「呪華も行くぅ~! キャハ!」


 階下には、確かに皆がいた。各自好きな事をしている、何も知らないで。


 これから思い知らせてやる。苦痛に満ちた死で!!


 僕を苦しめた奴らに、復讐できるのが嬉しくて……きっと僕の顔には黒い笑みが浮かんでいるだろう。僕は壁に寄りかかって〝その時〟を待った――――。


 さあ、死ね。死んでしまえ! ……さあ、苦しんで死ね!


 さっさと死ねよ……おい。死ね、死んでしまえ、お前らなんか!


 ……何だよ、死んじまえよ…………何も、起こらない? え?


 胸を掻き毟ったり、頭を抱えたり、苦悶の表情で倒れたり……しない!?


「どうして……どうして?」


 呪華を見ると、おどけたように笑うだけだった。

 何で……何で死なないんだよ。どうして!?


「死神が怠けてるのかもね~」


 不真面目に笑う呪華に、堪忍の袋の緒が切れた。


「ふざけんじゃねえよっ!! おいっ、今すぐ殺せ! 早く殺せ! 殺せよ!」

「ム・リ☆」

「はぁっ!? 神様だったら人間ぐらい簡単に殺せるだろ!?」

「人間の命を奪うのは、死神。呪華は呪神! 一緒にしないでよ~」

「何だよそれ……何だよ!?」

「まぁ、落ちついてよぉ……ね? 大丈夫、言霊は裏切らないから」


 呪華は僕の掴んでいる手を剥がすと、肩を馴れ馴れしく叩いて姿を消した。


 僕は呆然と、その場に立っていた。


 僕の姿が見えていなくて、本当に良かった。

 もし見えていたら……父さんは説教を始め、母さんは泣き始め、賢兄は僕を馬鹿にして、怜悧は露骨に嫌な顔をして二階へ逃げる。


 その言動が、どれだけ僕を傷つけていたかも知らないで……。


 僕は、久しぶりに見た四人をまとめて睨みつけていた。

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