栄永 利口 Ⅶ


 見慣れた街並みが、一変したかのように美しく感じた。


 それはそうさ……僕は、生まれ変わったのだから。

 言霊を手に入れた今――――この世界の命運を握っている。


「ねぇねぇ……どうやって世界を壊すのぉ?」


 呪華の問いに僕は答えた。


「世界を壊すのは、容易い事だよ?

 沢山の小惑星でも、落とせばいいんだから。

 ……それとも、核戦争でも起こしてみようかな? ねぇ、どう思う?」

「うぅ~ん、微妙~」


 美しい曲線の眉が歪む。彼女の気分を害してしまったと思って、僕は慌てた。


「それじゃ呪華は何がいいと思うの?」

「えっ? ……キャハ!

 あのね、呪華はねぇ~……魔界の魔物が溢れて、人類を皆殺しにするとか!

 あっちこっちで殺人が起きて……街中、死体がいっぱいになるとか!

 それと~……凶暴な宇宙人が侵略してきて、みんな殺されるか奴隷にされるか!

 ――――キャハハハッ! いろいろ想像するだけで楽しいよ、ね☆」


 綺麗な唇から吐かれる、残酷な妄想……僕は唖然として言葉を失っていた。


「ね? いいでしょう? どれにする?」

「どれも現実味がなくて……あの……すみません。やっぱり、自分で考えます」

「……あっそ」


 不貞腐ふてくされる呪華。現実味がどうこうは、口実だ。

 だって目の前には神様がいて、僕には発した言葉通りになる力が宿っている。


 ……改めて思い返せば、信じられない話だ。


「利口、馬鹿みたぁい」


 どんなひどい妄想も聞き流していた僕だったが、この一言は我慢出来なかった。


「馬鹿って言うな!! 僕は馬鹿じゃない!!」

「……ごめーん☆」


 舌を出して笑う呪華。反省してないのは見え見えだったけど……仕方がない。


「見て見て、利口! 面白いのやってるよー!」


 街頭に並ぶテレビを物珍しそうに見つめる呪華。

 液晶画面は、最近多発しているらしい連続失踪事件のニュースをやっている。


《そして今日新たに、高校二年生の神楽かぐら 遥愛はるなさん(17)の捜索願が出されました。

 遥愛さんは四日前に、駅前の待ち合わせスポットで男と一緒にいる所を防犯カメラに撮られており、それを最後に行方がわからなくなってしまいました。

 警察は事件に巻き込まれた可能性もあるとみて、捜索を進めております》


 男の低い声のナレーションは、事態の重大性を強調している。


 僕も、このまま行方不明になったらニュースになるのだろうか?

 紹介された五人の少女は、どれもこの近隣で行方不明になっている。

 だからもしかしたら僕もニュースになるかもしれないな。


 でも、どうしていなくなったんだろう?

 僕と同じく死のうとして、家を出たのだろうか?

 いや、でも女の子がジメジメして暗い樹海なんかを死に場所に選ぶだろうか?

 ぱっと見可愛いらしい子ばかりだし、ここはやはり事件に巻き込まれたと考えた方が一番納得がいく。

 

 そこまで長考して、僕は我に返った。


「僕って、本当にクズだな」


 野次馬精神丸出しで、自分勝手に推理ごっこを楽しんでいる。

 もし本当に事件に巻き込まれていたら、彼女は……最悪の場合殺されているかもしれないのに、なんて不謹慎なのだろう?

 結局、人間は自分の事しか考えていない……自己中心的な生き物だ。


「どうしたのぉ?」


 呪華が笑顔で話しかけて来た。


「呪華、君も気を付けたほうがいいよ」

「何を気をつけるの?」

「だから、こういう事件に巻き込まれないように。

 呪華は……あの、今出て来た子なんかよりも可愛いから、さ」

「キャハッ! ありがと!」

「いや、そうじゃなくって……危ないから」

「大丈夫! 呪華は死なないからぁ」

「はあ?」

「だって呪華は神様だも~ん♪」


 僕は呆けたように呪神を見つめた。


 本当に彼女は不思議な魅力を持っているなあ。


 今、僕の目の前にいるのは、今まで存在なんて信じていなかった神様なのだ。

 信じられない事実が、目の前に確かに存在している。

 そして彼女から授けられた力は、発した言葉を全てを真にする力。



 ――――――……え? あ、あれ?

 僕、今、気づいたよね?


 僕は気付いた、気付いた……気付いてしまった!




 必死に落ち着けと心の中で連呼してから、確認の為に呪華に訊く。


「もう一度確認するけど言霊は、何でも本当になるんだよね?」

「うん。だって神の力だからねぇ!」


 ……待てよ? だったら……だったら! あ、あれ、あれ? あれ!?


 僕の中に猛烈な歓喜が込み上げてきた。


「……ふふふふっ…………あっはははははははははははははははははははは!」


 呪華が怪訝そうな眼差しで見ているのも、気にならなかった。

 そうだ、そうだ、そうだ! 僕には言霊があるんだ!!

 僕は困惑する呪華の両肩を掴み、顔を近づけて僕の気付いた考えを教えた。


「だったら、僕がまた一番になる事も出来るんじゃないか……!?

 ……そうだよ、そうだよ、そうだよ! あいつを殺せばいいんだ! 

 あいつを殺せば! あいつが死んでしまえば! あいつさえいなくなれば!

 …………いや! いやいや、違う! 僕がもっともっと頭が良くなれば!?

 そうだよ、そうだよ! 僕は天才にだってなれるんだ! あはっ、そうだ!

 何ですぐ気付かなかったんだろう!? こんな最高でこれ以上ない方法を!」


 幸福で頭が満たされる。僕は呪華に笑いかけた。


「世界崩壊なんて、世界征服なんて、下らない下らない……下らないよ!

 そんなことしなくったって、僕の人生はこんなに――――」


 大きく、そして鈍い音が脳内に響いた。

 視界が急激に色を失っていった。

 最後に呪華の笑顔が視界に映った瞬間、意識が途切れた。

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