栄永 利口 Ⅳ

 固くまぶたを閉じ、死を決意して台を蹴っ飛ばした。

 シュッ! という音と浮遊感の後……僕の尻に激痛が走った。


「痛いっ!」


 思わず目を開けると、僕は荒縄を首飾りの様にぶら下げたまま、地面に尻餅を着いていた。すぐには状況が理解出来ず、呆けたように座り込んでいた。


「……え? 何で? まさか、縄が切れた!?」


 買ったばかりの縄は、鋭利な刃物で切られたように切断されていた。

 自然な流れで振り返った。すると、人がいた。

 その姿を見た瞬間、心臓が暴れて、その衝撃によって僕は大声を上げていた。


「ぎゃあああああああああああああっ!?」

五月蠅うるさい、騒ぐな……」


 僕の背後に立つのは漆黒の服を纏った、はっとするような美少年だった。

 青黒色の髪と同色の瞳、色白の肌の中性な顔立ちをしている。

 存在を主張するかのように鼓動を速める心臓を、深呼吸を繰り返して宥める。

 そして、パニック状態の思考も落ち着きを徐々に取り戻させる。


「だ、だっ……誰、ですか?」

「ボクは呪神じゅしん恨月こんげつだ」

「じゅしん こんげつ、さん?」


 随分変わった名前だ。ハーフなのだろうか。

 僕の問いかけに答えるのだから、この人は存在する人だ。

 僕の自殺用の縄は切られた。その直後、背後にいたのは恨月だ。

 ということは……この人が切った!?


「な、何するんだよっ……余計な事してくれやがって!」


 カッと頭に血がのぼった僕は掴みかかったが、恨月は表情を変えず、呟いた。


「自らを殺した者は地獄に堕ちるぞ」


 冷静に受け答えるその態度……苛つく。


「別に、僕が死のうが、あんたには関係ないだろ!?」

「関係ある」

「は、はあ!?」


 恨月は木に寄りかかり、気取ったように足を組んだ。


「お前の憎悪が消えてしまう……ボクはその憎悪が欲しいんだ……」


 その青黒色の瞳が妖しく光った。


「憎悪は復讐しなければ、晴れない。

 それなのに、お前は復讐ではなく死を選ぶという……愚かだな」

「――――復讐……」


 一瞬、フクシュウの意味がわからなかった。

 今まで、至らなかった考えだったからだ。


「思いついてなかったのか? 随分の良い子なんだな?」


 良い子、か。僕は、落ちぶれた出来損ないだと、思っていた。

 出来損ないだから、この世界に必要ないと思っていた。

 だから――――死のうと思ったんだ!


「そこまで自分を卑下出来るのか?

 人間は、自分勝手だと思っていたのだが……」


 恨月は明らかに、僕の心を考えを読んでいる。

 一言も、一文字も、言葉を口に出してはいないのに、僕の心の声を聞いて対話している。その不思議で有り得ない現象について問いかけようとして、恨月の目を直視してしまった。その力強い眼差しに、閉口せざるおえなくなった。


「しかも自分が消えれば、収拾する事が出来る。そう勝手に思い込み、命すらも躊躇ためらいなく捨てようとするとは…………フッ、自己犠牲の強い奴だな」


 馬鹿にしている。恨月は明らかに、僕を馬鹿にしている……!


「何だよ……グチグチグチグチ言いやがってっ!!」


 ついに感情が爆発し、口からぶちまけられた。


「僕は……僕だって……本当なら死にたくなんかない! もっと生きていたい!

 でも、どうしろっていうんだよ! あいつらの世話になんかなりたくない!

 あいつらが僕を追いこんだんだ! 僕を苦しめたんだ!

 もう、あいつらの所には戻りたくなんかない!

 じゃあ、ドコに行けばいいんだよ!?

 この地上に僕の居場所が無いのなら、死ぬしかないじゃないか!!」


 僕の言葉は支離滅裂で、滅茶苦茶だった。恨月は目を細め、頷く。

 今の僕の言葉で全てわかった、とでも言うかのように。


「家族が、憎いか?」


 どうしてわかったのだろう?

 その疑問が浮かぶ前に、僕は首を縦に振っていた。



「――――嘘つきぃ☆」



 突然、背後から女性の可愛らしい声が聞こえた。

 恨月は目を見開いた後、表情を険しくさせた。


「何故、此処ここにいる?」

「利口が憎んでいる者は、違うでしょ~?」


 綺麗な声の主は、恨月の質問を完全に無視した。


「どうして、僕の名前を……」


 振り返って息をするを忘れた。

 深紅の髪に金色の瞳、雪のように白い肌、闇をまとったような漆黒のドレス……。

 すぐに理解した。彼女は人間ではないのだと。


「ハァ~イ、呪神の呪華じゅかだよぉ!

 呪華って呼んでくれなきゃ、いやだよ?」


 ジメジメした薄暗い樹海には似合わないほどの美少女は、晴れやかに笑った。


「ボクを無視するな……何故、此処にいる? 答えろ」


 恨月は、不愉快極まりないという顔をしていた。

 対照的に呪華は、無邪気にクスクス笑いながら答える。


「恨月が楽しいそーな事をやってるからぁ……呪華も参加しよーと思ってぇ」

「邪魔だ。来るな」

「えぇ~!? おねがーい! 邪魔しないから……ねっ?」

「存在自体が邪魔だ」


 恨月の瞳に敵意と殺意が入り混じる。相当仲が悪いようだ。

 僕は足元にあったリュックサックを、引き寄せる。

 急に、言い表せない感情に支配された僕は後ずさりをした。

 しかし足元にあった枝を踏み、音を立ててしまった。


「動くな」


 恨月の言葉に、僕の身体は硬直した。

 それを見て、呪華はわざとらしく拍手をした。


「キャハ☆ 恨月が本気なんだよぉ!」

「消し飛ばされたいのか、呪華……邪魔をするな」

「いやぁよ」


 再度、恨月が口を開く前に呪華の瞳が妖しく光った。

 次の瞬間、恨月は身体は反り返り、宙に浮いた。


「ねえ、背骨折れちゃうよ? ねぇ? 痛いの、ねぇ? 嫌でしょ?

 嫌だったら、呪華に利口を任せて欲しいなぁ……ね? いいでしょ!?」


 動けない僕は、逃げる事も出来ず神達の喧嘩を見ていた。

 一触即発の空気を楽しむには、リスクが多過ぎた。

 苦痛に耐えきれなくなったのか、恨月は苦い顔をしながら右手の指を鳴らした。


「OK~☆」


 ドサリと地面に落ちる恨月。同時に僕の金縛りが解けたようだった。

 思い通りになった呪華は、上機嫌に笑った。


「何……何をしたの……?」


 両手を見てみる。特に……変化はない。


「良かったね! これで全て思いのままだよぉ!」


 絶世の美少女は、馴れ馴れしく僕の肩に手を置いた。

 次の瞬間、抗いようのない睡魔に襲われ、その場にくずおれた。

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