栄永 利口 END


 僕の復讐の計画が狂った!

 神流木が、言霊を使えるなんて! 僕だけの力だと思っていたのに!

 いくら睨みつけても、恨月は見下したような目を返して来るだけだ。

 くそくそくそくそ! その目を抉り取ってやりたい!


 僕は神流木へと目を向けた。

 神流木はもう一人の呪神と話している。その余裕ぶった態度が憎たらしい。


「神流木! お前は話す事も出来ないし、二度と言霊も使えない!!」


 こう言ってしまえば、もうこいつは何にも出来ない。

 ただ僕に破壊されるのを待つ生きた肉塊にしかならないんだから!

 どうやらさっきの頭突きが効いたのか、立ち上がる事も出来ないらしい。

 身悶えしているような動きが、まるで芋虫みたいだ! あはははは。


「ああああぁ、くそがっ!」


 だらだらと流れっぱなしの鼻血を乱暴に拭いながら、神流木に距離をつめる。

 すると、もう一人の呪神……たしか怨雨とか言った奴が目の前に出て来た。


「何だよ! 邪魔だ、どけ!!」

「恨月!」


 怨雨は僕を無視して、僕の背後にいる兄の呪神に声を掛けた。


「もう充分ではありませんか!? これ以上は……」

「ボクは人間には関与しない。人間が、心に巣くう憎悪に忠実になって行動した結果を見れれば充分だ。好きにさせたらいいだろう?」


 次の瞬間、怨雨は見えない力で吹き飛ばされて僕の目の前から消えた。


「さあ、お前を邪魔する者は、もういない。また傷つけて」

「もういい!!」


 僕は乱暴に言い返した。カチッカチッカチッカチッ……奴のカッターナイフを弄びながら、一歩ずつ確実に進む。


「こんなにこんなにこんなにこぉんなに、やったのに!

 僕の苦しみを思い知らないクズなんか、生きている価値はないよねぇええええ!?

 もう殺す! もう絶対に殺す! 殺す殺す殺す殺す! それでいいだろ!?

 それが呪神の望みなんだろ!? 恨月うぅううううううう!!?」


「ダメダメ~☆ そんな地味なの、いやだぁ~!!」


 その声を聞いた瞬間、背筋に悪寒が走った。

 振り返れば僕の思った通り、漆黒のドレスを着た深紅の髪の美少女が。


「じゅ……呪華!? どうして!?」

「え~? 呪華は現れちゃあ、いけないのぉ?」


 僕と別れた時と同じ笑顔で彼女は近付いてきた。


「利口は、呪華の担当だったでしょ?」

「………………」


 恐怖で何も話せない。


「どぉしたの? 顔が真っ青なんだよ~?」


 手を伸ばしてきたのは、反射的に振り払った。


「きゃあ!? ……キャッハハハハハハハハ!!」


 怖い。怖い。彼女の笑顔が怖い。笑い声が怖い。全てが怖い。


「もう一人の人間は、どうしたんだ?」


 恨月が前にも尋ねた事を訊いた。


「え? もう死んじゃったよぉ? キャハッ!」


 殺す気だ。こいつは僕を殺す気だ!


「利口は殺さないよぉ? そんな事したら、恨月に怒られちゃうもん!」

「あの殺人鬼は死んだのか……フッ」


 恨月は僕を見て、それから神流木を見て笑った。


「殺人鬼!? 一体、何の事!? 僕が分からない話をするのは、やめろ!!」

「人間の分際で、全てを知ろうとするなど、おこがましい。

 お前達は何も知らなくていいんだよ。ただ憎悪に忠実であれば」

「そうやって僕を利用して……許せない」

「いいぞ、憎め。対象は何でもいい。憎悪であれば、糧とする事が出来る。

 こうして人間は勝手に憎悪を生み出すことが出来るというのに、怨雨は必要以上に人間に関わって台無しにして、呪華は人間を最終的には必ず殺してしまうのだから。ボクみたいに傍観者を徹するという簡単な事が、何故出来ない?」


 恨月は僕の方を見ないで、独り言を呟き続けている。

 今更ながら、恨月は僕の味方なんかじゃない事がわかった。

 奴の思い通りになりたくない。けれども、憎悪を完全に消すなんて出来ない。

 そうなったら言霊だって使えなくなってしまう。

 僕に残っているのは、憎悪と……言霊だけ。

 一体どうして、こんな事になってしまったんだろう?


「あぁー!?」


 その時、呪華が神流木に駆け寄って行った。


「知ってるー! 知ってるよ!? 隼だぁ!」


 言葉を封じられた神流木はジタバタする他ない。


「ルキアが話してたもーん! 従弟だって! そうでしょう?

 …………あれ? どーしたの? もしかして話せないのぉ? キャハハ!」

「やめろ! そいつは僕が殺すんだ! 勝手な事をするな、呪華!!」


 僕が叫ぶと、呪華は魅力的な微笑みを向けて来た。


「利口は、どうして隼を殺したいのぉ?」

「だ、だって! 僕が不幸になったのは……世界がおかしくなったのは……神流木のせいだ! だから世界を正すんだ! 神流木を殺して、僕は幸せになる!!」

「あっそぉ?」


 興味なさそうに呪華は神流木に向き直った。


「殺したいんだってさぁ? どーする? どーしたい?」


 怨雨がいなくなったのに、今度は呪華が僕の邪魔をするのか!?

 僕は、恨月の方を向いた。

 恨月は、僕の方も、神流木の方も見ず、全然別の方向を見ていた。

 彼が何かしてくれるとは思えない。

 大体、するつもりだったらとっくに行動しているはずだ。

 この二人の呪神は、共謀して僕をまた不幸にしようとしているんだ!

 そんなの、許さない許さない許さない絶対許さない! 神流木は僕が殺す。

 痛みつけて殺す。苦しませて殺す。絶対に殺す!!


 僕はわき目もふらず、神流木の耳元で囁きかけている呪華を突き飛ばすつもりで駆け込んだ。


「ねえ、栄永 利口。この世界から消えてくれないかな?」


 すると、聞いた事もない声が耳に入った。


 瞬間、声の主に誰と問いかける前に僕は、この世から消滅した。

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