水無月 ルキア Ⅺ


 私は、おかしくなってしまったのだろうか?


 呪華が念願のコレクションになったというのに……。

 ようやく私の物になったというのに……。


 嬉しい……悲しい……嬉しい……悲しい……嬉しい……。

 歓喜と哀惜の感情が、ごちゃまぜになって胸が苦しい。


 しばらく呪華の死体を目の前に、私はコンクリートの床に膝をついて滂沱に泣いていた。涙を流し尽くした後、私は呪華を運ぼうと抱きかかえた。


 自転車の後ろに乗っている時には重さなど無かったのに、今ではとても重い。

 冷たい死の重みに悦楽が湧き上がる。

 死体を抱く事は既に病み付きになっており、止められそうにない。

 止めるつもりはない。何度でも思う。止めるつもりは毛頭ない。

 正面に見える棺に駆け寄りたい欲求は抑えて、ゆっくり彼女と共に歩く。


 左から六番目の棺……その前に座りこみ、私は呪華の身体を抱きしめた。

 あまりに華奢な身体、骨が折れてしまうかもしれないが、どんなにきつく抱きしめても痛みや苦しみに呻くとも、抗議の声も上げる事は出来ないのだから。


「呪華……呪華……呪華……」


 愛おしさが堪え切れなくなって、その形の整った唇に口付けをした。


「愛しているよ……愛しているよ……毎晩、会いにくるからね。棺も綺麗に飾り付けてあげる。薔薇が良いかな? 真紅の薔薇……呪華に似合うよ。

 棺の中を薔薇で埋め尽くしてあげるからね……呪華…………」


 別れたくない。離したくない。ずっと抱きしめていたい。

 美しい呪華は、あまりに安らかな死に顔で、魔性の魅力がある。

 死んでも尚、私の心を乱す邪悪な呪神。

 あぁ、呪華……君はどうしてこんなにも美しいのだろうか?

 君が現れなければ、私は、こんなに苦しい思いをしなくて済んだのに。


「――――ルキア」


 空耳だろうか? 彼女の声が、呪華の声が聞こえた気がした。

 玉を転がすような綺麗な声に、私はまた涙を流した。空耳に決まっている。

 だってもう二度と、呪華は私の名前を呼ぶ事は無いのだ。永遠に……。


「だからぁ~、呪華は死なないの~!!」


 彼女は当たり前のように上体を起こしてふくれっ面をこちらに向けてきた。


「……あれ? ルキア泣いてるのぉ? キャハハ!」


 ついさっき首を絞められて殺されたというのに……どうしてそんなにもいつも通りなんだ? どうして、私に笑顔を……呪華、君はどうして、どうして……。


「どうして死なないんだ!?」


 思いがけず大声を出していた。


「……ん~?」


 私の問い掛けにすぐには答えず、小首を傾げて呪華は私から離れた。


「どうして!? どうして貴女は、呪華は……!」


 私の伸ばした手を、指先で弄ぶように触れながら呪華は妖艶に微笑んだ。


「それはねぇ~呪華は、神様だから! キャハッ――――けほっ、けほっ」


 喉を押さえて苦しそうな表情を作って咽る。

 そのわざとらしい仕草……見上げてくるつぶらな金色の瞳。

 水のようにさらさらな感触の深紅の髪……ずっと触れていたい程の色白の肌。

 それらは永遠永久に……私のモノにはならないのだろうか?


「呪華……私は、貴女が欲しい。どうしても。何としても」

「それは無理、かなぁ~?」


 明らかに人を見下すような、試すような目が私の心を乱す。


「……どうしたら、呪華を手に入れる事が、出来るんだ!?」


 私は、くい下がった。どうしてもどうしても、彼女を物にしたかった。

 呪華は、しばし唇に右手の人差し指を当てて、考えていた。


 尋ねた後で私は強い恐怖心に苛まれていた。

 完全なる拒絶の言葉が、その美しい唇から出るかもしれない。

 そして煙のように姿を消し、永久に私の目の前に現れなくなるかもしれない。

 そうなったら、私は……私は……死んだほうがましだ!!


「――――そうだ!」


 結論が出たのか、彼女は晴れやかな笑顔で言った。


「ルキアが神様になればいいんだよ!」

「…………え?」


 呪華は何度も頷いていた。

 それがとても素晴らしい思い付きであるとでもいいだけに。

 ――――神様になる?


「そ、そんな簡単になれるのですか? か、神様に」

「うん!」


 思わず笑ってしまった。

 とりあえず拒絶の言葉ではなかったのだから、良かった。


「でもね、ルキアはきっと嫌がると思うな~」

「何故?」

「だってルキア、死ななくっちゃいけないんだもん」


 軽い口調で彼女は言った。だから意味を理解するのが一瞬遅れた。


「死ぬ? 私が?」

「神様には、身体なんて要らないから。

 だからルキアは死んで、魂と身体を離さなくっちゃいけないの。

 ……でもね? もし神様になったら呪華と、ずぅっと一緒だよ!」


 ずっと一緒――――……。

 その甘美な響きに、鼓動が早くなり、脳内が痺れた。

 私には断る理由は無かった。


「わかりました」


 最愛の者と永遠に共にいられる方法だというのなら、死なんて怖くない。

 この世に留まりたいというほど執着は無い。

 生きていくには〝快楽〟が必要だったから、私は人を殺し続けた。

 彼女と出会ってから、ずっと胸が高鳴り、ときめいて、楽しかった。

 彼女が私の目の前に現れてくれた事は、偶然なんかじゃない。

 彼女が私を選んでくれたんだ。

 彼女も言っていたじゃないか。私の事を気に入ったと。


 極上の絹糸のような艶やかな、深紅の長い髪……。

 どんなに見つめていても飽きない、金色の瞳……。

 澄みきった雪よりも美し過ぎる、真っ白い肌……。

 その全てが、彼女の全てが手に入るというのなら神にでも何にでもなろう。 


 私は呪華を傍に引き寄せ、抱きしめながら言った。


「もう私は〝退屈〟しなくていいですよね?」

「もちろん!」


 呪華も私の背中に腕を回して、ぎゅっと力を込めてくれた。


「呪華と一緒、だからねぇ☆」

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