回る高麗犬と縛られたお狐様が居る神社のお話

風嵐むげん

回る高麗犬と縛られたお狐様が居る神社のお話


 新潟県新潟市中央区に、『湊稲荷神社』という少し変わった神社があります。私がこの神社の存在を知ったのは、中学生の頃の課外学習の時でした。他の地域の中学校事情は残念ながらわからないのですが、私が通っていた中学校ではクラスで五人くらいが集まってグループになり、自分たちだけでバスとか電車とかに乗って街を探索する、みたいな課外学習があったのです。


 友人達と一緒に住宅街のような小さな道を進んで行くと、こじんまりとした可愛らしい雰囲気の神社を発見。事前に調べてから行ったのですが、想像よりもずっと落ち着いた雰囲気の神社でした。若干拍子抜けしながらも鳥居をくぐると、この神社に来た目的である高麗犬が見えてきました。この高麗犬、とても変わり者なんです。どう変わっているのかと申しますと……なんと、回るんです。


 どういうことかと言いますと、この神社の高麗犬はぐるぐる回して願掛けが出来るのです。参拝客寄せのミーハーな代物などでは決してなく、新潟市民俗文化財という由緒正しきもので、二体の高麗犬が対として向かい合って存在しています。二体とも回るのですが、男性と女性でそれぞれ回す高麗犬が違うらしいですよ。高麗犬という字面は中々にいかついですが、実物は丸っこくて結構愛嬌がある顔をしています。


 というわけで、当時の私は神社へのお参りもそこそこに早速高麗犬を回して見ることに。まだ十代半ばの幼気なお年頃であった私は純粋無垢な気持ちで『石油王になりたい!』と叫びました。この高麗犬、願い事によって重さが変わるそうですが、超絶重かったです。何、固定してあるんじゃないの? って疑うくらいに。


 ちなみに、友人はこれまた純粋に『憧れの某先輩と付き合いたい!』って叫んでましたが、やっぱり重かったみたいです。手厳しいな高麗犬! 当然と言わんばかりに残念ながら、お互い夢を叶えることは出来ませんでした。いや、私の場合はまだその辺をスコップとかで掘ればワンチャンありそうですが。ちなみにその友人は職場で知り合った方とめでたく結婚したそうですよ。幸せにはなれたようなので、良しとしましょう。


 ところで、なぜこの神社の高麗犬は好き勝手に回されているのかと言いますと、昔の風習の名残りが今も残っているから、だそうです。


 どういうものかと言いますと……昔、新潟に来た船乗りは遊女と遊んでから帰るのがステータスだったようで。遊女たちは男達が帰ってしまうのをとても寂しく思っていたようで、船乗り達が帰れないように、風が吹いて海が荒れるようにと高麗犬の向きを変えて願ったそうです。


 ちなみに、今も現役で回されている高麗犬は三代目なんですって。二代目は雨風と願掛けで回されまくった為に損傷が激しく、今は拝殿の中に厳重に保管されています。厳重過ぎて、パッと見檻の中に閉じ込められたわんこにしか見えない(笑)


 そして初代の高麗犬はどうしたのかと言いますと、残念ながら現在は行方不明とのこと。神主さん曰く、おそらくは神社の前にある小道……昔はそこは堀だったそうですが、願いが叶わなかったという腹癒せに荒くれ者がぶん投げてしまったそうで。堀の底に沈み、見つけることが出来なかったと言うのです。


 なんという非情。今はコンクリートで固められた小道の深い場所に、初代の高麗犬達は寂しく埋まっているのでしょうか。そんな話を聞いた私達は、とりあえずその道でノリノリで踊っておきました。石油王にはまだなれていませんが、十年以上経った今でも元気にやれている辺りはきっと初代達のおかげでしょう。根拠はありません。


 また、稲荷神社というくらいですから、この神社にもお狐様はいます。実は、この神社はお狐様も変わっているのです。なんと、すごく良い笑顔をしているんです。にっこりと、満面な笑みなんです。でもね、何故か前足が麻紐でぐるぐるに縛られているのです。縛られているのに、笑顔なんです。断じて、そういうプレイではありません。


 縛られて笑っているけれども、そういうプレイではありません! 大事なことなので二回言いました!


 このお狐様も願掛けなのだそうです。願い事をしながらお狐様の前足を紐で縛り、願い事が叶ったらハサミで紐を切ってあげるというのが一連の流れなのだそうですが。あの様子を見ると、縛るだけ縛っておいて切ることを忘れられているのでは……? 私はやりませんでしたが、ハサミで全部切って解き放ってあげたかったです。そうしたらきっと恩返しに来てくれる筈!


 新潟にある、ちょっと変わり種の神社。皆様も新潟にお越しの際は、ちょっと足を伸ばして湊稲荷神社の高麗犬を回しに、お狐様の前足を縛りに来てみてはいかがでしょうか。間違っても神社ではもちろん、神社の前の道の上で粗相をしてはいけませんよ?




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