6
「そ……そうだな。うん。めでたいもんな。じゃあ、でぃ、ディベート終了と、律花の司法試験の無事終了を祝って、かんぱい!」
「んふふふっ、かんぱーいっ!」(律花)「仕方ないわね……乾杯」(団藤先輩)「……かんぱい」(新堂)「うっひょぉー、新鮮なビールだぁっ!」(穂積先生)「それジンジャーエールですよ、先生!?」(恵美里先輩)
……うん、騒々しい。カラオケ慣れしているらしい先生は、まっさきに「World is mineral」という曲を歌いだした。が、歌詞の中身が女の子目線の恋愛を描いたものなので、先生には若作りそのもの。絶望的に合っていない。もう少しシックな曲を選べよ。
もっとも、このメンツだと、自分から歌おうなんてポジティブなやつは少ない。騒がしくても、歌ってくれるだけマシかもだった。カラオケなのに、全員ダンマリとか居心地悪すぎだし。
「……ときに、そなた」
団藤先輩は、机に身を乗り出す。俺様に顔をよせた。女子にそんな姿勢されると、胸の谷間見えるかな? と、つい目をやってしまう。存在しないものが見えるわけないだろ!。
「尋ねてもいいかしら。ディベートに負けた後、そなたは話をすり替えていた。うまく、あの場を治めてしまったけれど……あれはどういうことなの? 当初から、そのような計画だったのかしら」
「うん、そうだぜ。敵を騙すにはまず味方からって言うだろ? だから黙ってたけどな。心配させてごめんな」
「わ、妾は別に、心配など! ……ただ、疑義を生じただけよ」
「いや、でも先輩ディベート負けた時、めっちゃ怒ってくれてたじゃん。こりゃ黙ってて、悪いことしたかな~って思ったんだけど」
「……殿方が、過ぎたことを一々あげつらうものではないわ。平然としていなさい。いつも通りにね」
団藤先輩と俺様は、ニヤっと顔を見合わせた。
「では、あの大宮という弁護士は? 何か、口裏を合わせているようだったけれど……」
「あー、あの人? 連絡してみたら、けっこう気のいい人でさ。全部打ち明けてみたら、協力してくれるっていうから。口ぞえを頼んどいたんだ」
「ふぅん……相変わらず、細かく手の回る男ね。けれど、そなたが自分でなく、他人に美味しい所を持っていかせるとは意外だわ。黒い雨でも降るのではないかしら」
「物騒なもんを降らせるな! ……それも、いちおう理由はあるんだよ。ほら、俺様って一年生じゃん? それにこんな乱暴な口調だし。だから、俺様がいくらありがたい事を言ってやっても、『部』の三年は聞いてくれなくて、反発するだけかなと思ってさ」
「そうね。三年どころか、五年経とうが十年経とうが反発するでしょうね」
「そこいくと、大宮先生はここのOBだし。弁護士の先生で、『部』の連中も尊敬していると思うから。先生に言ってもらえば、やつらも言うことを聞くだろ? 同じこと言ったとしても、好きな奴が言ってたらなんか言う事聞いちゃうじゃん? そういうのと同じ」
「あー、なんか分かるー! 私も、団藤先輩に言われたらやなことでも、お兄ちゃんに言われたら言うこと聞いちゃうかも!」
「……では、こころみに。我妻さん。そなたの兄と、デュエットでラブソングでも歌ってご覧なさい」
「うんっ、いいよー!」
「おい、もう言うこと聞いちゃってるよ! 俺様が関わることだと、知能指数低下しすぎだろお前!」
シスターとラブソング一緒に歌うとか、もうね……超いいじゃん。後で散々歌ってやろ。
「……でも、実を言うとさ。こういう展開になるんじゃないかなって、最初から――同好会設立した時から、うすうす思ってたんだよね。俺様」
「えっ! そうだったのお兄ちゃん!?」
律花は、ひえーっ! って顔をした。
「妹を想って毎晩ゴソゴソするのが癖になっちゃうって、はじめから分かってたの!?」
「は、はぁっ!? 今、誰もそんな話してないゾ?! な、なんのことだよ!?」
団藤先輩も、新堂も、恵美里先輩も、「うわぁ……コイツきめぇ……」ていう目で俺様を見ていた。しょーがないじゃん! 妹が可愛いんだから! 律花風に言ってみました。
「ごほんっ! ……わ、わざと、『部』と同じような名前にして設立してたからさ。こりゃあ、先生か先輩とかに目つけられて、潰されっかな~? ってちょっと想像してたんだよ」
「ほほう……なるほど」
「だから、設立の時点で迷ってたんだけど……まぁ、あの『部』の活動の仕方を見てさ。ここにつけ込めば、こいつら論破できそうだなーって思って。だから、同好会の設立に踏み切れたんだよね。言い換えると……今回の事件は、はなっから織り込み済みだったってこと。いくら俺様でも、あんな数日でいきなり上手い作戦なんか思いつけねぇよ」
「わーお。じゃあノリトは、この間の演説みたいな理屈を、とっくに組み立ててたってこと? ウチを見学してた、4月頭ごろから?!」
「まぁ、大ざっぱな部分はな」
すると、恵美里先輩は梅干しでもほお張ったように、くちびるをすぼめた。
「んー! きみ、そうとう頭の回転速くない、ノリト? 私なんか、ずっと『部』の中にいたのに。ノリトが言ったようなことなんて、考えたこともなかったよ」
「やっぱりお兄ちゃんはすごいね。それに、私のお願いはもう、ちゃーんとかなえてくれたし! 世界一カッコイイ、自慢のお兄ちゃんだよ!」
恵美里先輩と律花、左右から俺様の肩が、つんつんとつっつかれた。そしてすりすりと、指の腹で撫でられる。ふふふ、美少女ふたりからチヤホヤされるこの感覚……たまらない。まさに、俺様が思い描いてたハーレムって感じだ。第一部完!
と、団藤先輩が俺様の前に立った。先輩は、女子にしては背が高い。まして俺様は座ってる。見下ろされると怖かった。
「な、なんだ? 怖い顔して」
「そなたの名に、敬称をつけてやってもいいわよ」
「……は?」
いきなり何言ってんだこの人。
「妾は大抵、他人を苗字呼び捨てで済ませるが……それなりに優秀な人間には、敬称をつけて呼んでさし上げているの。妾と同席するに足る人物だと、認めた者にはね」
「うわ~、団藤先輩デレてるよ! ついにデレたよお兄ちゃん!」
「えっ、これデレイベントだったの!? わっかりにく! なんか鬼気迫りすぎてて、『これから、親の死に目に会いに行くから退席するわ』とか言われるかと思ったわ」
「何よ。人がせっかく好意を与えてやっているのに……それと、『デレ』とは何?」
「『デレデレ』って意味だよ」
「誰がそなたにそのような好意など持つか! この身の程知らずの出歯亀助平が!」
「好意があるのかねーのかどっちだよ! でも、何? 敬称? そういえば律花を『我妻さん』って呼んでたっけ。んー……別に、さんとかつけられてもなー。あんま萌えないな。むしろ『のりとさま♪』とか呼んでくんない? ――どわぁっ、すんませんっ! そんな呼び方はいいですマイクで殴らないで下さいっ!」
「……『さま』は兎も角。下の名前を呼ばれるのが望みならば……かなえてやらないでもないわ。今回のそなたの働きは、充分それに見合うものだった。まして、我妻さんが病身という状況下で。この妹は、そなたにとって大切な肉親なのでしょう? それなのに、そなたは……。妾では、あそこまで冷静に、きゃつらを論破などできなかった」
「せ、先輩……こまけぇようだが、『シスター』な?」
団藤先輩は、万年雪のような顔をわずかに溶かした。ほのかに温かみのある、春一番のような微笑。思わず、真剣に見返してしまう。人形のように精緻な造形の顔が、微笑むとこんなに神秘的なものか。
「よく、耐え忍んだわね。心より、敬意を贈るわ……法人」
そして、先輩は俺様の頭の頂点に、そっと手を置いた。撫でる――とまではいかない。すこし、労わるように触れただけだ。よくよく考えたら、この人2歳くらい年上なんだよな……別に、こうして子ども扱いされても不思議ではない。実際、あまり違和感がなかった。10代で、2歳差っていうのは、結構大きいのだ。普段の闘神ぶりとまるで違う、大人っぽい優しさに、俺様は不覚にも魅せられてしまっていた。
「あー、またお兄ちゃん鼻の下伸ばしてるー!」
「伸ばしてねぇよ、興奮しちゃっただけだよ! 間違えた! 感動しちゃっただけだよ!」
「へぇ~、ノリトは先輩から優しくされるのが好きなのね? 私、さっきね……正直、ノリトに惚れちゃったし。だから大抵のことなら、君次第でしてあげてもいいわよ?」
「え、あ……!?」
恵美里先輩が、トロンと眉毛を下げつつ、顔を近づけてきた。俺様は挙動不審ぎみに目を泳がせるしかない。
「この先輩、さらっと告ってるー!? いっときますけど、お兄ちゃんは私のですからね! 彼女作るのはいいけど、私を忘れちゃやだよ!?」
律花は、ライバルが増えたのが気に食わないらしい。俺様の腕を、胸で挟み込むようにして抱きついてきた。すこし頬を膨らませていて、小悪魔的な表情だ。それにこいつ、15歳にしてはかなり発育がいい。確かに、柔らかなふくらみが感じられ、俺様は体全体を固くした。
「いやいや、年上のお姉さんなら僕のほうがずっといいでしょ! 体だけなら自慢なんだからね! ……体、だけなら」
穂積先生が、マイクをほっぽり出して参戦する。
なんのトラウマをえぐったのか知らないが、自らトーンダウンする彼女。歌のないメロディが、空しく流れていた。
しかしそれこそ、体だけは止めてくれない。また俺様の左腕にしがみついてきた。赤いリップの塗られたくちびるがつやっと光る。今にも、くっついてきそうでビビる。
女4人に近く寄られる。なんとなく甘い匂いが漂う。これもハーレム、っぽいのだが、ちょっと……刺激がきつすぎる! もうちょっと、男子高校生の純情を理解して欲しい。
「し、新堂、ちょっと……!」
やむなく、唯一の男に助けを求める。手をぶるぶると振って、アピールした。
新堂は、無料のドリンクを数本自分の前に並べている。カラオケ施設の有効活用だろう。そして、背もたれに体を預け、さっきからうとうとしていた。深夜まで勉強しているらしいから、眠そうだ。こいつはこいつで、いかにも合理的な満喫の仕方をするもんだな……。
新堂は、俺様のジェスチャーを認めると、コクンと頷いた。
「すまん、助かるっ……!」
そして、俺様+女4人の痴態を、スマホでパシャパシャ撮り出した。
「おいっ! そういう意味のジェスチャーじゃねぇ! SOSだよ今のは! お前は口下手なら、身振り手振りもダメダメなのか!?」
その写真データは、シャベッターの共有アカウントにアップロードされ、さらしものにされた。ちなみにその後もずっと残っていて、事あるごとに笑いのタネにされている。
「け、結婚はしてあげられないけど……お兄ちゃんのコト、ずっと一番好きなのはっ!ずっと一緒にいるのは! 妹の、私なんだからね!」
妹と六法全書 ダイスキでも結婚禁止! 相田サンサカ @Sansaka_Aida
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
test/相田サンサカ
★0 二次創作:石膏ボーイズ 連載中 13話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます