風、水、雷、火、土のそれぞれの魔力をもつ偉大なる五頭の竜によって守護される世界。各五竜の魔力の及ぶ土地に、人間は国を建てて暮らしていた。五竜は互いの領分を犯さず、世界の均衡は保たれていたのだが――
ある時、火竜国の王太子が水竜国に攻め入り、雷竜国を巻き込んで戦乱を起こした。それによって魔力の調和は乱れ、人心は荒廃してしまった。
土竜国の少年クルトは、住んでいた村を賊に襲われた。幼い妹を連れて逃げていたクルトだったが、途中で妹とはぐれてしまう。彼を救ったのは、小さな白い竜を連れた、隻眼の黒衣の剣士だった。
夜は無愛想な黒衣の剣士と、白い竜。昼は白鎧をまとった美しい女騎士と、黒い馬。――不思議な彼等と行動をともにするうちに、クルトは、彼等の謎と、大陸全土に渡る人間の欲望と陰謀の渦に巻き込まれていく。
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読了して最初に、「優しいお話だなあ」と感じました。
主人公二人の陥れられた境遇は悲惨ですし、彼等を追い詰める側の登場人物たちも、それぞれ過酷な生まれ育ちを経て人格に歪みを生じさせてしまっているのですが。物語が進行していく過程で、主要登場人物たちひとりひとりを、漏らさず幸福にしてやろう、せめて平穏な結末を迎えさせてやろう、という、作者さまの意志を感じました。
それは、とりもなおさず人間性に対する信頼――どんなに虐げられて歪み、罪を犯した者であっても、本人に幸福になろうという意志があれば、変わることが出来る。善き方向へ成長することが出来るという、希望があってのことと思います。
現実に生きる私達は、残念ながら、必ずしもそうではないと知っています。だからこそ、人間への信頼を感じさせてくれるヒロイックファンタジーなのだと思います。
宇宙的な規模にまで拡がる五竜の世界と、特徴的な魔力。五つの国に生きる人々の境遇と生き様が、複雑に絡み合いつつ物語が進んでいく様は、実にみごとです。
主人公だけでなく、登場人物全員を好きになれる作品です。
最終的に誕生する、二組のツンデレ・カップルにご注目を。私は、エドヴァルト陛下とヤーコブ翁の主従が、大好きでした。
ドラゴンと魔法、騎士と王女、貴種流離譚、ハッピーエンドのお好きな方にお薦めします。