第6話 宵の会談


 篝火かがりびが、時おりぱちぱちと音を立てている。

 満天の星のもと、その会談は始まった。


「いや、しかし。まずはあなた様がまことのレオンハルト殿下であられるかどうか、ここが何より肝要なところでござりまするが」


 口火を切ったのはムスタファだった。


「まずはそこから、我らの納得がゆかぬことには……。会談の意味そのものが損なわれましょうほどに」


 当然ながら、まずムスタファはレオンハルトのその出自の確かさから言及しなくてはならなかった。いくら見た目が先王と酷似しているからといっても、証拠は証拠だ。事実確認からはじめねばどうにもならない。

 ここまで、レオンの風貌のあまりに先王に似ていることに口をあんぐり開けていた将軍やら文官やらも、ムスタファの言を聞いて急に居住まいを正したようだった。「そ、そうだな」と言うように、互いに目を見交わし、頷きあっている。


「無論、左様にございましょうな」


 レオンはムスタファのやや不敬とも言えるような言い草に特に気分を害する様子もなく、淡々と己が証拠について語りだした。彼の隣にいるアネルという文官が、時おり助け舟を出し、事実の補足を行なった。

 やはりアネルは、ムスタファの見立てのとおり、かつてヴェルンハルト王に仕えた医術魔法官エリクであった。彼はすらすらと澱みなく、かつて国王ご一家が賊に襲われたいきさつと、その後、赤子だった王太子を連れて逃げた顛末を語った。


 さらに、レオンが懐から「風竜の指輪」を取り出すに至って、ムスタファの横にいる将軍らも文官らも、声を無くしてそれを食い入るように見つめた。

 「風竜の指輪」は、非常に精緻な細工の施された指輪である。「風竜の結晶」を思わせる翠の石を配置して、天駆あまかける風竜の姿をかたどった細かな彫りがほどこされ、内側には歴代の王の名がこまかく彫り込まれている。王家でなくば作る事はかなわない、それは見事なできの品だった。

 それを一人ひとり回して詳細に調べさせながら、ムスタファには周囲にいる武官や文官らの心が大いに波立ってゆくのを明らかに見て取った。


「いえ、……しかしでござります」


 ムスタファは、慌てて彼らの心を引き戻すようにして口を挟んだ。


「まことにご不興を買うようなことを申すようではござりまするが。斯様かような品、作ろうと思えばいかようにも、贋物を作れぬわけでもござりませぬゆえ」

「……それも、おっしゃる通りかと思います」


 レオンハルトはやっぱり、泰然として静かだった。

 むしろ微かに口端に微笑さえ浮かべているようなのが、かえって不気味なぐらいだった。胸中がいかようなものであれ、取り乱す素振りはちらとも見せない。

 普通の若い王族の青年であったなら、ここで「無礼を申すな、不敬であるぞ」とばかりに憤然として度をなくすとしても不思議ではない場面だったが、この男はどうやらまったくそうした軽挙に走る性質たちではないらしかった。

 これはますます、腹帯を締めてかからねばならぬ、とムスタファは思い定めた。


「少々、お時間をくださいませ」


 レオンハルトはごく丁寧にそう言って、今度は、傍に控えめに立っていた平凡な容姿の小柄な女に目配せをしたようだった。女は軽く会釈をして、巨躯をした武官と共に一旦自分たちの側の天幕へと戻ると、やはり小柄でひどく痩せた老女を連れて戻ってきた。


(む……?)


 その女を見て、ムスタファはまた、懐かしい顔を見たような気持ちになった。

 勿論、昔はもっと若い女だったとは思うけれども、それは確かに、かつてのフリュスターン王宮の奥の宮で王妃殿下と王太子殿下のもとにお仕えしていた者の中にあった顔だったのだ。

 レオンハルトは淡々と、その女がかつての自分の乳母であり、当時の自分の身体の特徴についても覚えていてくれた旨を説明した。そうして女に自分のことについて覚えていることを丁寧に語らせてから、「大変ご無礼ではございますが」とひと言いって、その場で軍長靴ぐんちょうかを脱ぎ、くるぶしにあるというその痣を一同に見せてくれた。


「む、……う」

「これは……」


 居並ぶこちら側の高官たちはもう、「もはや疑いなし」という顔になりきっている。


「いえ、しかし――」

「この者の証言だけでは不十分だとおっしゃるのであれば、今からでも当時、王宮仕えをしておりました侍女や召使いらを探し出すこともやぶさかではありません。なんでしたらそちら様でも、お探しくださればよろしいかと」


 レオンハルトはさらさらとそう言って、ちょっと苦笑して見せたようだった。

 彼の隣にいるアネルも、青年を援護するかのようにして口を挟んだ。


「わたくしのほうでも、いくらかは心当たりがございます。あと数名なら、恐らく見つけ出せるはずにございます」


 そう言った男の目を見て、ムスタファは心中、驚いた。

 口調は飽くまでも静かなものだったけれども、この男の瞳はいまや、先ほどまでの物柔らかな仮面を脱ぎ捨てて、ムスタファをまるで親の仇を見るかのような鋭い光で射抜いていたのである。

 いや、それも無理のない話だった。もしこの男がまこと、かつての「医術魔法官エリク」なのであれば、彼にとってムスタファは彼自身と彼の一族郎党を、死と汚名と非業に叩き込んだ張本人なのだから。

 同様の視線は、そばに立っているレオンハルト側の武官や文官、そして小柄な女からも確実に発せられているようだった。

 ムスタファはそれでもまだ、どうにか言い逃れができぬものかと頭の中であれやこれやと考えあぐねながら言った。


「いえ。こう申し上げては何でござりまするが。痣ごときのことでまさか、ご自身をヴェルンハルト公のご子息だなどと申されましてもですな――」


 どれもこれも「にせものだ」「作り事よ」「年寄りの世迷言よまいごとにすぎぬ」と、つっぱねればつっぱねられないこともない証拠ばかり。今後、「レオンハルト殿下のお世話をしていた」という者を見つけ出し、こちらで金でも渡して懐柔し、偽りの証言でもさせれば、まだまだひっくり返せない話ではない。

 が、ここまで黙って話を聞いていたゲルハルトが、ここで初めて口を開いた。


「良き考えがあるぞ、ムスタファ。実は余も、先日から考えておったのだが」


(黙れ、小童こわっぱ……!)


 ムスタファは思わずそれをまことに口に出しそうになって、必死に己が口を戒めた。

 激昂のあまり、眼前が一瞬真っ赤になったような錯覚をした。


 もしやこの王、あのことを言い出すつもりか。

 冗談ではない。

 ここまでくれば、もうムスタファだとて目の前のこの青年が、まことヴェルンハルト王の忘れ形見であろうことを疑ってはいなかった。いないがそれを、たとえ天地がひっくり返ろうとも、彼らの面前で認めるわけにはいかないのである。


(この上もしも、例の話を持ち出されたら――。)


 だが、老人の目配せによる必死の「おやめください」という訴えは、このバカ王によって完全に無視された。


「どうかな、『レオンハルト殿』。せっかく、ここまで来ておるのだし。あの『風の峡谷』にて、そなたの王族としての血を試してみるというのは」


(ばっ……馬鹿者め……!)


 ムスタファは、それでもどうにか心の中だけで、肩を落として頭を抱えた。


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