淡路のあなたへ

つかさ すぐる

1話完結

 今日は風が強くて、雲一つ無い青空が

明石大橋の上空に広がっていた。

 その代わり、

少しほこりを含んだ強い風が吹いて、

左手の大観覧車を見上げるのも

面倒なくらいだ。

あの観覧車に乗ってる客は

揺れがひどくて、

今頃きっとこんな風のある日に乗った事を

後悔しているだろう。

こういう日は、

パーキングエリアの土産物みやげもの売り場の

北端の切れ目から海の方を見れば、

橋の向こう岸の周りに広がる

明石の街並みから、

右手に神戸の風景が広がり、

更に右に目をやれば、

大阪から和歌山に続く

紀伊半島の山々が見える。

観覧車に乗らなくても、

滅多めったに見れない絶景が

眼前に広がっているのだ。


「ざまぁみろ。」


つぶながら、

何度もライターをカチカチと鳴らすが、

一向いっこうに火が点かない。


「禁煙しろという事か。」


観覧車に乗るには一時間待ちと言われ、

仕事をそこまで

サボるわけにはいかない僕は、

久しぶりに来たにもかかわらず

度重なる不幸を、

苦々にがにがしく思いながら

ポケットの中に、

携帯けいたい灰皿に押しつぶした煙草たばこ

ライターを仕舞しまった。


 淡路あわじを一周すると、

まるで西日本を一周した様な気がする。

 徳島から南淡なんたんに入ると、

南の方はまだ四国の風景によく似ている。

28号線を北上するうちにそれが、

関西の田舎町の街並みに似てくる。

古くから、

和歌山や大阪に船が出ていた地域だから、

影響を受けたのかもしれない。

 岩屋いわやを廻って西側に入ると、

特に雨の日などは、

京都から兵庫県の最北を抜けて、

鳥取に続く海岸線に似ている。

そのまま南下すれば、

西淡せいたんの辺りは

鳥取や島根の漁師町の風情ふぜいになる。

そして、また四国の田舎の風景に戻る。

 理由はわからないが、

西日本の風景が凝縮されている気がする。

車なら一日で周れるコースだけれども、

そんな長旅をした様な気がするのだ。


 「くぎに」は、淡路の名産で、

イカナゴの稚魚ちぎょを煮込んだ

佃煮つくだにの一種だ。

僕はよく、

「くぬぎ」と言って彼女に笑われた。

淡路は、

海産物、特に小魚の加工品がうまい。

血圧さえ高くなければ、

毎日これだけでもご飯が食べれる。


「これなぁ、こないだ実家に帰った時に、

母さんが買って来たの

もらって来たんよ。」


そう言って、

ちりめんじゃこ(しらす干し)の大袋を

彼女がくれたのに、


東浦ひがしうらの海に向かった山の斜面に、

でっかい観音様が

海に向かって建ってるだろう。

あのもう少し南の、

海岸線にある店のくぎ煮が

一番好きなんだ。」


と言ったあの時の僕は、

本当に大馬鹿者だったと今でも思う。

あの頃の様に

津名つな一宮いちのみや」で

高速が切れていないから、

今日はその辺りを

走って来なかったけれども、

土産物売り場と言うには

大きすぎるこのパーキングエリアの

ショッピングセンターを

フラフラしているうちに

「くぎ煮」を見つけて、

そんな事をまた思い出していた。


 「たこフェリーも

廃止になったって言ってたっけ?」


橋が架かってからも

随分と長く頑張っていた

明石と淡路を渡す、

船体に大きなたこの絵が描かれた

フェリーがゆっくりと海を渡っていくのを、


「かわいいね。」


無邪気むじゃきに喜んでいた

彼女の笑顔を、

今でもハッキリと思い出せる。

そのフェリーも廃止にすると言う

記事が出ていた様な気がするが、

最早もはやその記憶も定かではない。


「橋が架かって高速も抜けたのに、

あの時、僕はこの橋を渡れなかったな。」


会社の事業戦略で、

四国から兵庫に進出する計画を立てて、

徳島を拠点に淡路島までは

取引先の開拓ができた。

けれども、不況の波に飲まれて

とうとう兵庫に支店を置く事は

断念せざるを得なかった。

僕はその責任を取って、

会社を辞めて転職した。


 「あれから、十五年か・・・。」


彼女が今

何処どこでどうしているかも知らない。

けれども、橋を望む斜面の花壇には一面、

あの頃と同じように

色取り取りのパンジーが咲き誇っていた。

これから橋を渡って行く僕を、

彼女が祝福してくれている様な気がする。

また風が吹いて、

僕はジャケットの襟を立てた。


「風はきついけど、暖かいな。」


独りつぶやきながら、

ポケットから車のカギを出すと、

僕は駐車場に向かって歩き始めていた。

                了

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