第38話 人をあんまり安く使うと、返って高くつくぜ?

Day Side

「で、そいつの正体に心当たりは?」

「ない」

「それでは俺も探りようがないな。どう扱うべきか……」

 店でくつろいでいると実有が入って来た。やや深刻そうな面持ちだったからヴェロニカが駆け寄って話した。そしてそのまま俺のところに来たんだ。

「でも、外側も力を手にしている。私たちは何らかの形で戦う事になる」

「そうだろうな。それにしても、そいつは一体何が言いたかったんだ?」

「宣戦布告か……それとも、けん制のつもりなのか……わからないけど、これだけの力を使えるなら、たぶん"G.O."の地理についても相当調べられているかもしれない」

「空と海のこともか?」

「きっと、知られている」

「なるほどな……」

 例のエリア51はフーリッシュ・ハートの事件の後しばらくしてから撤収した。その間に俺たちはその技術を頂いた。コピー商品ばかり作るのは頂けなかったが研究と開発、商売への貪欲さは学ぶに値した。俺たちは商売をおろそかにする気はないが、外の世界にド派手に売り出す真似はしなかったため競合他社なんてものからは目を付けられなかったわけだ。本家ガラパゴス島から得た教訓。一度もたらされた影響は排除できない。それが今の俺たちの強みだ。

 その技術により海中への進出、空中への進出、それらが加速した。埋立地の安定、強化。地下通路の補強、高層ビルの補強、補修、解体工事もやりやすくなった。今は小型化した飛行機を飛ばして空港を高層ビルの屋上、もしくは空中に作れないか、ということも議論されてる。その辺りを攻撃の対象とされるか、もしくは奪われるか、だな。


「一応ハドソンに知らせておいた。彼なら情報をうまく扱ってくれると思うから」

 俺は頷いた。

「ところで、その本は一体何なんだ? 何が書いてあるんだ?」

「これは、まあ、私の黒歴史……かな?」

「黒歴史って……妄想がやや加速したあたりで書く物語とか……? お前もやってたのか……意外だが……ちょっと安心できる話だ。見ていいか?」

 と言うとヴェロニカが遮った。

「いいわけないでしょ! こういうのは事実を晒されるだけでも悶え苦しむもんなんだから!」

 と言いつつ、ちらちらとその本に目をやっている。やっぱり気になるんだな。

「えーと……その辺に関しては私の方が先輩だから……処理方法とかもアドバイスできるかも……だから……」

「うん。あなたには見て欲しいかな」

「ま、まかせてください! 決して落ち込ませないので!」

「えーと……まあ、そうだね……」


Night Side

 これは、私が知りえたものを記録したものなんだ。だから物語というよりは日記か実用書のようなもの。

 そもそも、タイトルの A Phantom of the Air からして説明がつかないものを表したくてつけたんだけど、これがまた複雑でね。まあ、それも中に書いてある。


 著者の Dr. Nothing Luv っていうのが私のこと。名前のネタはストレンジラヴ博士から貰った。それと、Luv っていのにちょっと仕掛けがあるんだ。

 この著者名のところだけど、本のカバーがそこだけ切り抜かれているよね。そこに名前が書いてある。Luv の下の辺りに切れ目のようなものがあるでしょ? ここは開けることが出来る。そうすると v の下にそのまま対象にひっくり返ったものが書いてある。だから Luv でもあり Lux でもあるっていう仕掛け。それでLuv って言うのは「愛」の Love もあるんだけど、テニスでゼロの事をラヴっていうよね。これも所説あるみたいだけど、私はそこからアイディアを貰ったんだ。それと Nothing も「無」ということでゼロ。だからこれで00(ダブルオー)を表している。「ジェームズ・ボンド」シリーズの第一作「ドクター・ノオ」 "Dr. No" にもひっかけてあるんだ。だからこの名前はその時私が思っていたものを表すためにかき集めた思いを込めているわけだけど……やりすぎだよね。

 だから博士であり、愛であり、光であり、ゼロであり、ダブルオーでもある。それが Dr. Nothing Luv 過去の私の集大成。

 言えるのはここまで。

 はい。


Ziggy Side

「はいって……あの、貰っていいんですか?」

 実有は本を私に差し出している。そんなあっさり渡すと、色々と悪い事に使われてしまう。この点はもっと教え込まなければ……

「判断は難しいけど、これが私に戻ってきたのは私からあなたに渡すためだったんだって感じた。だから、これをあなたに託す。あなたならいい事に使えると思うから」

「そ、そうなんですか……ええ、それでは、じっくりと吟味させていただきます」

 私は受け取った。誰にも見せないと固く誓いながら。

「あ、それと、例の話どう思います?」

「ああ、『秘密の部屋』をシェルター代わりに使いたいってことだよね。うん、大丈夫だよ。もともと広すぎたし。役に立つなら好きに使って」

「あ、ありがとうございます!」

「まあ、修行しながら色々そろえていったからね。あなたはセンスはすごく良いよ」

「ふ、ふおぉ……」

「あ、それと非常口のことはわかる?」

「あ、はい。絶対安全なところに繋がっているからいざとなればそこへ逃げたり、そこから助けが来たりする、ですよね」

「うん、そう。よろしくね。ありがとう」


 結局、私は実有との修行に夢中になってしまった。だから鋼鉄派への出店の話はいつの間にかしなくなっていた。でも、もしも彼女が自分で店を持ちたいと思ったならそのまま進めて欲しい。私は全力で応援する。でも、今この場所、この時間を守りたい。その想いが勝ってしまった。これでいいのかな……

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