第37話 私を殺すことはできんぞ
Night Side
「はい。織山ですが。あの、そちらは……?」
非通知でかかってくることはたまにある。私の仕事柄やむを得ない。怪しい時はディープ・スパイダーに調べてもらう事にしている。声の主が応えた。
「ああ、申し訳ありません。ちょっと事情がありまして、今名乗ることができません。ご了承いただけますか?」
「ええ、大丈夫です。それで、その、御用件は?」
「ご挨拶を、と思いまして。こちらには昔の地図しかないもので、対応が疎かになってしまいますが……あなたが現在居る場所は、東京都千代田区神田多町―――――でよろしいでしょうか?」
「!?」
なぜそんなに正確にわかる? この電話にはGPSなんてついていない。それに毒喰派で使っている端末は電波のみで稼働していない。一旦アイアン・インゲル特製の基地局に集められ、そこから必要な情報を加えて送信する処理を行っている。一体何が……
「えー、よろしいですか? これも含めてご挨拶、ということで」
「……本当に、それだけ?」
「もうすぐ、届くと思います」
「届く?」
「空を見ていただければ、わかると思います。それでは」
電話が切れた。空を見ようと思い、咄嗟に地面を見た。体制を整え、上空への警戒を強めつつ探る。すると空から何かが降りて来た。
「なに、あれ……?」
半透明、と言えばいいのだろうか? 何かがあるようでないような微妙な存在。鳥のようなものが足で何かを掴んで降りてくる。私の前に来ると一瞬姿を現し、足でつかんでいた荷物を離し、そのままさらさらと粉状になって消えていった。
「これは?」
小包だ。それほど大きくない。私は慎重に探る。恐らく爆弾の類では無い。毒物も無いだろう。そして慎重に開ける。中には手紙が一通。包まれたものが一つ入っていた。
手紙に書かれているのは……
あなたがたの技術を流用させていただきました。
私が呼び出せる精霊はこれが限界です。
しかし、外の人間にも出来る、ということが証明されました。
ご挨拶とお礼を兼ねてあなたにお返しします。
お目にかかれる時を楽しみにしております。
Fly_TV
RE; SBET07
「なるほど、手強そうね……」
技術はともかく謎が深まった。これだけの力をわざわざ開示するのは何故か? 不意打ちをかけるのが得策だと思うが……まあ、さらなる奥の手があると考えるのが妥当か。それにこのフライ・ティーヴィーとは? そして次のは何と読めばいい? り…すべっと…ぜろなな……か?
ここは後で考えるとしよう。
私は包みを開ける。本のようだけど……
「これは……!?」
思わず叫んでしまった。何故この本が? そして何故私の許に戻って来た? まさか、このFly_TV というのは……この本で学んだのか? では、何故返すんだ……
もしかして、と思い、さっきの手紙を調べる。名前が書かれた場所を指で探った。すると……これは、こすると文字が出る仕掛け……出て来たのは……
More Black Rainbow(もっと黒い虹を)
少しずつ私の頭が回り始める。そして答えをはじき出した。
「手強いわけは、私と同じか……」
本のタイトルは A Phantom of the Air(空気の中の幻)
著者は Dr. Nothing Luv(ナッシング・ラヴ博士)
近くにある「レディー・スターダスト」に目をやった。またヴェロニカと話そう。彼女となら話せる。それからブラックバードやルドビコや不滅にも。きっとそこから始まる。
東京が見放される少し前だった。人権団体が派遣社員の扱いを訴えた。彼らは名前に対応付けられたコードで扱われている。呼び出すのも管理するのもその方が楽だからだ。徐々に訴えと反論は激しさを増していき、すったもんだの末に公共の施設、地名も同じ扱いにすべきだ、という話になってしまった。突き詰めていくほどに合理化、効率化の流れは強くなる。そしてデジタル管理された地図はあっという間に置き換わり、かつての地名もすっかり削除された。英数字が溢れるものに対応できない上に、政府と自治体は撤退してしまった。取り残された住民は紙の地図と格闘しながら新しい道を模索した。自分たちの好きなように名前を付け、さらに周囲と話し合う。そんなことをやっていくうちに各エリアの絆は、深く強くなっていった……と、
店に着くまでに色々な昔話を思い出してしまったよ
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