第35話 奴らはただ喧嘩に勝ちてえんだ

Day Side

 俺は警察の仕事、鋼鉄派の仕事、それぞれを終えると「レディー・スターダスト」に来る。もう常連だ。みんなに顔を覚えられた。どうも毒喰派には生身でありながら透視能力の類を持つこともあるようだ。それほど強力でないところはお互いにありがたいところだ。食事を終えるとヴェロニカが来てくれた。いつもの様に。

「ずいぶんと、疲れているようだが……大丈夫か?」

「ええ、まあ、でも、オーナーに失礼の無いようにしないと……」

「失礼って……その、それでどんな具合なんだ? お前の魔術は」

「なんとか精霊を呼び出して、働いてもらえるようになった。でも、オーナーには遠く及ばなくて……ううん。私はきっと一生あの人に追いつけない。私は、彼女に選ばれるはずなかった。きっともっとふさわしい人が居たはずなのに……」

「お前な……お前あいつと何を比べてるんだよ?」

「そりゃ、魔術とか魔力よ」

「俺はその辺りは門外漢だけどな、個人の能力ってのは比較できるもんじゃないんだよ。お前たちはそれを嫌って毒を喰らったようなもんなんだろ? その、正確じゃないだろうけど……」

「そんなこと言われたって……オーナーみたいに出来ないんだもん」

「つまり、あれじゃないか? ベクトルで力を表す感じ」

「ベクトルって……なんだっけ?」

「力を表す時に方向も加えたやり方だ。まあ、それにも色々あるけど。つまりさ、お前たちの場合力の元は同じだけど進む方向がちょっとだけ違う、という風に取れないか?」

「……えーと……」

「人の考えはそれぞれ違う。だから生き方やなんらかの力の使い方もそれぞれ違う。例えば力の方向を二次元で表すとしてだ。大元が一つあって、そこから360度どの方向にも伸びることが出来る。お前と実有の場合で言うと実有が90度の方向に伸びている。お前の場合45度の方向に伸びている。もしも実有を基準として比較した場合力の伸びは実有の方が高い数値が出るかもしれない。でも、それは計り方がちょっと合わないだけで力の量や質はほとんど同じなんじゃないかってことで……ちょっと説明が下手かな。すまない」

「ううん……ありがとう」

 それから俺たちはいつもより長く話していた。店を閉める時間まで。


Joy Side

 ブラックバードと話していると何故か気分が落ち着く。何でこんなことまで話してしまうのかわからないほど。実有にも話したことのないことまで。もしかしたら彼女はこういう役目を背負っているのかもしれない。でも、そんなのは残酷だよ。もっと自分から好きなように動いたり遊んだりしないと……って私が言えることじゃないか。今日、午前中に「レディー・スターダスト」へ行ったときに忘れ物をしてしまったらしい。スケッチブックらしいけど、彼女そんなの持ってたっけ? ぎりぎり間に合うと思ったけど、もう閉店かな。忘れ物なら入れてもらえるかも、と思ってドアを開けると……

「でっ!?」

 そのまま閉めて帰った。


Ziggy Side

 実有と一緒に学びながら働く日々は続いた。こんなに充実した日々は今まで無かった。ヘイヴンで働けるだけでも活気に満ちていたけど、その上があるなんて思いもしなかった。私は今、楽しい。こんなことをはっきり思えるのも嬉しい。

 でも、少しだけ揺らぐときがある。今なら分かる揺れがあるのは好い事だ。安心を感じることが出来る場所があるなら、そこへ戻ってこれるなら、すこし痛いのも平気だ。その時は辛いけどね。最近揺らぎが大きいのは「秘密の部屋」に行ったとき。ここまで言っておいて何だけど、どうして辛くなるのかわからないんだ。地下に潜って迷路のような道を進み、いくつかの門を通って広い空間に出た。彼女は一人でこれを整えたらしい。やっぱり凄い。そしてその空間の一角に小屋があった。そこに入った時、何故かわからないけど涙が溢れた。その小屋の中にあったのはベッドが一つと机が一つ。ただそれだけ。でも、なぜか泣いてしまった。私が泣いているのを見て実有は「今日は止めておくね」と言って黙ってしまった。きっとそこでブローグ・ヒャータに埋め込む「種」を作っているんだと思う。その生成方法を私に話そうとしたのだろう。でも、あれからずいぶん経つけど彼女はそのことを話そうとしない。

 その「秘密の部屋」を私と共有したいと言ってくれた。共有というのは今だけでいずれは私に譲ると言っている。本当に外へ行くつもりなんだろうか? 彼女が居なくなってしまったら私はどうすればいいのだろう? 彼女無しで私はやっていけるんだろうか?


 そんなことを考えながら二年が経った。私たちはそれぞれの力に磨きをかけ、時には協力した。沿岸部を除く領域は壁に囲まれ、その外側は緩衝地帯になりつつある。光と風、大地と海、それらと一体になっていくのを感じる。そこで感じるのは私たちの平穏と外側の蠢き。もうすぐ何かが起こる。起こってしまう。臨界状態からの連鎖反応。私はどう動く……

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