第34話 絶対に逃がしてはならんぞ
Night Side
ヴェロニカに決意を伝えたい、そう思うと肩に力が入ってしまうのかも。見ると彼女も身構えている。やや離れたところにルドビコとブラックバードが居る。もう逃げられない。息を吸い込んで話し始めた。
「わ、私はこの街の外で新規事業を立ち上げるっ!」
「!?」
「だ、だから、この街はあなたに任せるっ!」
「!!?」
「基本は教えるから、あとは自分でなんとかしなさいっ!」
「ええぇ!?」
慣れないことをしたものでしばらく悶えていたが、彼女も混乱していたようだ。お互いに落ち着いたあたりで私は話を再開した。
外の連中がやろうとしていること、私たちの企ての事、今後の可能性と脅威について。その為にヴェロニカが必要だ、ということを伝えた。
それから、私にとってかつてないほど濃密な日々が始まった。だって他人に何かを教える、なんてことは、私が絶対にやらないと決めていたから。
「まず修業を始めるにあたってだけど。水崎蓮子(みさき れんこ)さん」
「ちょっ……急に本名は……」
「そのことも含めてね。あのね、あなたには自分の名前を好きになって欲しいの」
「いや、好きになるも何も……生まれた時からのだし……」
「まあ、ちょっと聞いてね。私は正直言って両親のことが嫌い。でも、もう嫌いっていう感情や憎しみさえもなくなってしまった。もしかしたら言葉では表現できないような酷い感情が根深く残っているのかもしれない。だけどね、一つ感謝していることがある。私に「実有」という名前を付けてくれたこと。この言葉は私の支えとなった書物に出て来た。その時に運命のようなものを感じたんだ。私はこの「名前」によって生かされた。だからあなたの名前にもあなたを生かす力がある。だから、それを見つけて欲しい。そのためにまず自分の名前を好きなって欲しい。お願い」
「……は、はい」
それから力の使い方を少しだけ教えた。教えると言っても彼女は全部知っていた。だって、私が学んだものはこの街に溢れているんだから。彼女から学んだものも多いんだよ。だから、私の考えを少し伝えて、あとは彼女に任せた。そうしているうちに精霊を呼び出せるようになった。私よりも優秀だよ。
「ねえ、このバンシーだけど、どう見る?」
「うーん……泣き女にしては服が派手だったかな……」
「それは……まあ、そうかも。じゃなくて……今だったらどんな頼みを聞いて欲しい? それともどんな頼みなら聞いてくれそう?」
「うーむ……新作メニューの試食とか……?」
「じゃあ、直接頼んでみて」
「私がですか!?」
「そう、あなたが」
「は、はい……」
ヴェロニカは彼女自身が呼び出したバンシーに近付いてボソボソと話して戻って来た。
「えーと……食べるだけならタダでやる、感想を書面で伝えるならしばらく店の周囲に居たい、二つ以上の場合はオーナーのブローグ・ヒャータが欲しい、と……」
「あなたは、どうしたい?」
「えーと、店の周りに居るだけで感想を聞かせて貰えるなら、それがいいかも……」
「じゃあ、交渉してきて」
彼女は再びバンシーに向かった。取引成立の様だ。
「良かったね、蓮子さん」
「う、うん。や、やれたんだ、私……」
その後、彼女と話した。やっぱりこの街は変化している。以前は私の頼みもブローグ・ヒャータが無ければ精霊たちは動いてくれなかった。きっと、みんなが私と一緒に居てくれたことで私が変わり、この街も少し変わった。それが大きな力となっているんだ。
「そういえば、コルタナ君が言ってた。間違って鋼鉄派のものに触っちゃったらしくて……でも、なんだか変だった……とか言ってた」
「ああ、コルタナ君ってたしか……うん、覚えてる。彼は私が助けたんだよ。前に同じようなことがあって……でも、たしかその時は一か月くらい寝込んで……あれ、その話を出来るってことは?」
「そうなんです。触った瞬間にバチっとくる感じがあって痛みが走ったらしいんですけど、ただそれだけだったって。前は触った時には何も感じなくて、徐々に体の感覚がおかしくなって、だんだん立っているのが辛くなった、って言ってました」
「へえ、なんなんだろうね?」
「さ、さあ?」
また修行を続けたある日の事。
「これが私が作り出した種。これを混ぜるとブローグ・ヒャータとなる。それで用意できた?」
「え、えーと、これでいいんでしょうか……?」
彼女は自分が作ったブローグ・ヒャータの素材と「種」を差し出す。
「うん、大丈夫。きっとこれは人によって形や色は違うようになるよ。だからきっと大丈夫。それと、もう敬語はやめようって言ったじゃない。私の方が年下なんだし」
「それは、そうだったけど、その、慣れなくて……」
私の工場で彼女の素材も保存してらった。そして見事に完成。精霊たちへの対価としても十分だった。見届けてからもう一つ決意した。彼女を私の「秘密の部屋」に案内することを。
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