第32話 博打打の仲直りくらい物騒なものはねえぞ
Day Side
俺に誂えられたオフィスで画面と語り合っていた。相手はいつものあいつだ。こいつは変わり映えがしないな。何か目新しさを追加してみたらどうかと思うが。
Salt_BTI
/ずいぶんとあの場所に通っているようだな?
目ざとい奴だ。当たり前だが。
「それはまあ、敵情視察を兼ねて……」
/もう敵じゃないだろう?
「それはその、いつか敵に回るかもと……」
/それを防ぐのがお前の役目だろう?
「だからその、かつての敵から学ぶことも多く……」
/まあ、いいか。
ほっと一息。これも見えたり聞こえたりしてないだろうな?
「……えーと、それで、今日は何だ?」
/共同経営者のチェックと言ったところか。ヘイヴンに通い詰めて何を得られた?
ごもっともだ。まいったな。
「それは……その、あれだ……人の営みは……ペンと剣と銃とコンピュータよりも強し……みたいな、もの……かな?」
/ふむ。詳しく聞かせて貰おうか?
「あの店の壁に飾られているものがあった。ヴェロニカと実有が作ったものらしい。書いてあるのは――
非ロボティクス三原則
1.人間の記憶は曖昧である。
2.人間は言い間違いをするものである。
3.人間はミスをするものである。
4.人間は自己中心に生きるべきである。「自己中心的」に甘んじてはならない。
だった」
/4つあるじゃないか。
「俺もそう思った。だが、これはきっと、ツッコミを入れる余地と考える余地を与えているんじゃないかと思った。茶を飲みながらリラックスした時に目に入れば『なんだこれ?』と思ってそれに目を向けるかもしれないし、時には嫌な事を忘れることも出来るかもしれない……と考えたところだ」
画面はしばらく反応なし。
/ああ、そのようだな。さすがはあいつだ。ちょっと笑った。
「そ、そうか……ははは」
しばらく語り合ってから、Saltは少し慎重に話し始めた。いや書き始めた、か?
/実は奴等、戦法を変えて来た。
「奴等って言うと、そのあんたの上の連中か?」
/そうだ。それ以外もだろうが。
「戦法ってどんなものだ?」
/実はな、"G.O."の周りに壁を築くつもりらしい。それも相当大きなものだ。
「どういうつもりなんだ?」
/もともと、この国と世界は"G.O."について静観と知らぬ存ぜぬを貫くつもりだったんだろう。この街を疎ましく思ってるやつらが居るとすれば、そいつらの望みはきっとこうだ。世界の全てに無視され、街の中で争い始め、最後には自滅する。それをただ見ている。自らは傷つかずに邪魔者は消え去る。
「現実は正反対だった、と?」
/そういうことだ。消えてくれればありがたい。だが、ちょっとでも利益が得られるならそれもいいかもしれない。曖昧な態度を持つ連中が大部分だったわけだな。それらの思惑が街と世界を動かし、どうにか持ちこたえている。強い意志をもつ一部がしびれを切らして動いているが、そいつらも排除されつつある。そして、次にとる戦法が壁、というわけだ。
「壁を築いてどうするんだ? あんたに教わって知ったが、外の人間がこの街に入ると大変な目に合うように、俺たちもうかつに外へは出られないんだろう? 仮にこの街の周りを覆って閉じ込めを強化したとしても、そいつらの状況は大して変わらないんじゃないか? もちろん俺はムカつくが」
/おそらく奴らも対抗手段が見えないんだろう。脅威を感じる支持者からはどうにかしろと突っつかれる。しかし、有効な対策は誰も見いだせない。解決策は持っている。それに向けての作業も日々進行中。私たちは全部わかってますから安心してください。という態度を通す。この街の利益が欲しい連中は俺たちに寄ってくる。自分の利益を確保してある程度の安全を得られている奴等は声を上げて日本政府や世界を突っつく。どう言っていいかわからないが「当事者」たちには余裕がない。双方に向けて「私たちはしっかりとやっています」というメッセージを発したい。そういうことだろうな。もしも、この街を覆うほどの巨大な壁が出来れば、世界中どこからでも目に付く建造物になるだろう。仮に沿岸部も覆う事が出来れば中が見えない。衛星からの監視はジャミングで防ぐことが出来る(その技術はこの街から俺が貰ったものだが)。そうなれば「中でいろいろやっています」ということを喧伝しても完全に嘘だと証明は出来ない。そんなところさ。
「腹立たしいな。少なくとも壁に覆われたら威圧されると感じる。それに大きな影にも覆われてしまうだろう? 俺たちの生活もそのまま暗くなってしまうぞ?」
/その通りさ。それもこの計画を進める動機の一つだろう。奴らからすればお前達……いや、俺たちか。俺たちはあまりにもいい思いをし過ぎている。これくらいの報復をしてもつり合いが取れる、いや、まだ足りない……くらいに考えているんじゃないか? まあ、それはそれとしてだ。俺はこの企みを挫く方法を模索しているわけだ。俺はいつも通り、取り得る手段をかき集める。
「だから、俺たちは知恵を貸す……というわけか。いつものように」
/そういうことだ。
俺は考え始めた。といっても俺の役目はこの街でのSaltのようなもので、実有と渡良瀬が出すアイディアを鋼鉄派の技術とネットワークを使って形にするのがほとんどだった。あの二人がプランナーとライター、俺がディレクター、Saltが総合プロデューサーってところだ。まあ、それぞれが全部を兼ねているところもあるが。俺が出来ることは思いついたことを誰かに話してみると時々うまいアイディアになるってところだったが……何か思いつくものは……
「そういえば、例の三原則。あれに妙な仕掛けがあってな」
/仕掛け? 何だ?
「裏返すと、そこにも何か書いてあったんだ それは――
スナッチャー三原則
1.スナッチャーはあらゆる事象を疑わなければならない。
2.スナッチャーは自らがスナッチャーであることを疑わなければならない。
3.三原則が三つということも疑わなければならない。
と、あった」
/なんだそれ? 裏ってことは……ロボットであるための原則か? だが、そうだとも思えないが。
「それについてヴェロニカが言うには、これは私たちの黒歴史の一つだとか……想像だが過去の記録だろう。その周りにノートの切れ端がいくつも張り付けてあった。書いてあるのがよく分からない言葉の羅列で……あの店の感覚からすると目新しい言葉や珍しい言葉を適当につなぎ合わせたものなんじゃないか? 俺はまだよくわからないが。たしか、
耳を通って結ばれた紅の炎が 転がりまわって閉じ込められた
とかなんとか……他にもいろいろあったけど目に留まったのはそれだな」
/へえ、何だろうな。
「さっぱりわからな――」
/ちょっと待て。
「何だ?」
それから画面は動かなかった。五分ほど経った時に俺がまた声を発すると、コピーペーストで「ちょっと待て」だ。俺はしばらく黙っていた。
/相談したいことがある。全員で。
「わかった。『饗宴』だな」
俺は準備を始めた。「饗宴」というのは時々行われる四者会談のことだ。ヴェロニカを始めとするヘイヴンのみんなは発音が難しそうな名前を多数提案したが実有の発したものをヴェロニカが強引に押してこうなった。
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