第28話 脱出ポッドが一つ発射されましたが…

Night Side

 フーリッシュ・ハートが倒れた後、私の仕事は変わった。事態が明らかになるにつれてこの街の住人は自分たちの力を知った。自分たちの価値も。それぞれが自分に出来ることを探り、生き方を模索し始めた。そして未知の領域に入った際に起こることと言えば、行き過ぎた行為、そしてその報復、その上での対処方法の検討。まあ、冷戦崩壊とは言わないけど、雪解け状態でありながら崩壊を踏みとどまらせている。いずれは崩壊に至るかもしれない。でも、そのための準備期間という事をそれぞれが自覚しているように思う……というのは考え過ぎかな。

 つまり、毒喰派はそれぞれが持つ生身の力と以前に比べて増した身体の感覚、超自然の力への目覚め、それらをどうにか活かそうとしている。

 鋼鉄派は自分たちのテクノロジーとそれを扱うスキル。新たなものを生み出す創造性、それらを活かしたいと考えている。

 それぞれの力が模索するまっとうな生き方と犯罪。それをどうにかしようとする力も働く。どうにかしたいと考える者たちを、私は少しだけ手助けすることにした。


「それで、鋼鉄派のエリアに出店するってわけ?」

「うん。今はちょっとそれをやってもいいかな、って思ってるだけなんだけど」

 ブラックスターに乗りながら私とルドビコは話す。

「ディープ・スパイダーも仕事が増えてしまったから、ブラックバードの調査も遅れることになってさ。だから自分たちで出来ることを増やそうと思ったんだ」

「でも、一週間で済むはずのものが一年以上たっても出来ないって、少しおかしくない?」

「まあ、それもそうかも……」

 そう言っているうちにヘイヴンに着いた。ヴェロニカに経営をお願いしている店の名前は「レディー・スターダスト」というんだ。この名前の由来は相当に複雑で……まあ、それはいいか。私たちは店に入った。

 店の中にはブラックバードが居た。彼女はちょくちょくこの店に遊びに来ている。この店やヘイヴン全体のみんなと相性が好いようで、作品について語り合ったり絵を描いたりしている。やっぱり彼女は年の割に博識なようで、オタク文化と呼ばれるものにも相当な知識を持っていた。それもあってヘイヴンでは人気者だ。

 ブラックバードは私たちに気付くと手を挙げて応えた。私たちは受付を済ませてブラックバードと同じ席に着く。

「ねえ、もしかして来てるの? あいつ」

「うん。今日も来てる」

「じゃあ、本気かな……」

「もう本気で出店の話を考えてるよ」

 私は息を吐いて天井を仰ぐ。あいつ、というのは雪本不滅だ。新しく開発したアダプティプ・スーツとやらを身にまとい、毒喰派の領域を歩いている。このスーツにより、鋼鉄派の体からの影響を相当に抑えることができるらしい。警察組織の重要ポストに就き、街全体を見る立場にあるため、彼の要望に応じて作られた。つまり相当高価なわけだ。09PDの黒井さんが渡良瀬さんに話を繋ぎ、鋼鉄派と毒喰派の知識と技術を総動員して作られた。まあ、働きに見合った報酬なのかもしれない。ただ、使用率なんてものを測るとしたら、ヘイヴンでの率は跳ね上がるだろう。

 彼は、いわゆるお得意さんになった。私もお金を出している以上、話は耳に入ってくる。被害が無い以上、拒むこともないけど……なんだかね。

 で、想像するに、私が提案した鋼鉄派への出店について口を出しているのだと思う。反対するのかと思っていたが、彼は相当に乗り気であるようだ。つまり――


「あり得ないわ! あんなデザイン!」

 店の奥のドアからヴェロニカが出て来た。相当に興奮している。

「聞いてよブラックバード! あいつ……あっ、ど、どうも、い、いらっしゃいませ……」

 私を見て沈静化したようだ。私も挨拶して話を聞きたいと申し出た。

「ええ、その、つまり――」


 私がちらっと口にした翌日、不滅が店に飛んできた。土地と建物、設備、メニュー、従業員、それらについて鋼鉄派のニーズにマッチするのは何か、というのを話し始める。ヴェロニカはそれに反発。自分の考えを述べた。論争は徐々にヒートアップ。今日の議題は従業員のユニフォームというかコスチュームについてのことだったようだ。

 要約するとヴェロニカが求めるのは西洋風ファンタジーの幻想的な世界のもの。不滅が求めるのはSF世界の工業的簡潔さとアーティスティックが融合した、ややシンプルなもの。そこでの論戦だったようだ。


「それぞれの文化を尊重するのがこれからのチェーン店の役割で――」

 私たちの話に不滅が割り込んできた。彼の格好は一見すると不審者だ。黒の全身タイツにやや装飾が加わったようなもの。スパイダーマンのような派手さはない。子供向きじゃないね。目の部分だけ長方形に切り抜かれている。さらにそこに眼鏡を装着しているので怪しさは増す。まあ、ヘイヴンでは珍しくないけど。


 私たちの隣で再び論戦が始まった。

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