第19話 心から同情するが、君が初めてというわけではない

Night Side


 目を開けると見慣れない天井が見えた。


「あれ……」


 起き上がろうとすると全身に痛みが走った。


「っ……」


 そして、また天井を見ている。



「気が付いた……?」


 視界に誰かの顔が見えた。ブラックバードだ。


「あ……ブラック……」

「ちょっと待ってて」


 そう言って私から離れた。待ってよ。


 顔を横に向けることは出来た。ブラックバードは部屋の隅で座っている誰かを揺さぶっている。ルドビコだ。彼女はしばらくすると顔を上げ、私の方に来た。


「……ん……」


 私を見て固まっている。うん、わかるよ。私たちは解らない。まだ胸の中に重たいものがあるんだ。大丈夫だと言うことを示したくて口角を上に……


「……っ……」


 ルドビコが私をぐっと抱きしめた。そのまま十秒くらい経って、パッと私から離れる。そのまま彼女は部屋から出て行った。その後、ブラックバードが私の傍に来て話す。


「ねえ、大丈夫? 二人とも」

「うん……大丈夫じゃないけど、きっといい感じなんだよ、私たち。今までよりもずっとね」

「うん」


 私は今の状況を確認しなければ、と思った。ブラックバードに尋ねてわかるだろうか……?


「えーと……私はどうしてここに……そうだ! あいつ! あの男! ねえ、何か酷いことされて――!」


 また激痛。口を開けたまま痛みに悶える。何も言えず上手く口や首が動かせない。ブラックバードが私をなだめるようにゆっくりと話しはじめる。


「私は大丈夫。それと、ここはエリア5のヘイヴンだよ。実有が導いてくれた。鋼鉄派の人達も一緒。お店のみんなが鋼鉄派を見張ってるよ。すごく怖い目で」


 ああ、そう、そうだろうね。ちょっと説明する時間が無かったから、皆驚いただろうね。それにしても、どうやって説明したものか……


「きっとこの店のみんなとルドビコが話し合って大体わかってくれると思う。さっきそんなことを話してたし」

「そう。それなら、よかった」

 息を大きく吐いて脱力。


「だから今聞いて欲しい。私のお願い」

「うん? お願いって何?」

「実有のこと話してほしい。胸の中にたまっているものをたくさん。私が聞く。たとえ酷い言葉でも。酷い顔になって話しても。全部聞く。私が聞きたい」

「……でも、それは……」

「あの地下道で話してくれた。もう、実有に暴力は要らない。私が信じる。だから、お願い」

「……っ」

 聞いていたのか……

 でも、これで覚悟が定まった。わかったよ。

「うん、それじゃ……」

 私は語る。誰にも言えなかった、色々なことを。



Joy Side


 実有のいた部屋を飛び出して、みんなのいる部屋の隅でうずくまる。なんで私はこうなんだろう……


 従業員の一人、真っ先に飛び出していった人が近づいてくる。きっとこの店を任されているんだろう。私の隣に座った。


「えーと……あなたは、その……ああ、そうか」


 咳をしたり喉の調子を確認してから彼女は言った。


「私はヴェロニカと言います。織山さんからこの店の経営なんかを任されてまして、えーと、ここにいるみんなは私の友達で従業員です。それで、あなたの名前は?」


「……ルドビコ」


「えーと、ルドビコさん……変わった名前ですね……まあ、その見た目だと日本人じゃないのはわかるけど、日本語は私たちと同じくらい上手だし、えーと、その……」


「あなたは、日本人よね」


「はい、そうです」


「何でヴェロニカなんて名乗るの」


「それは、まあ、ペンネームというか、ワークネームというか、そんな感じで……」


「変だね。私たち」


「そ、そうですね。あははは……」


 ヴェロニカは視線を私から鋼鉄派の面々へ移し、ギロリと睨む。

「で、あんた達は何なの?」


 雪本不滅が顔を上げる。


「……俺たちは、鋼鉄派の戦士というか兵士というか、そんなところだ。金を貰ってお前たちの施設を襲っていた。それをお前のオーナーに見咎められて一網打尽ってところだ」


 ヴェロニカの表情はさらに険しくなる。


「やっぱり……ねえ、何でそんな奴等をオーナーは庇うの?」


「あなたみたいに思う人が毒喰派の大勢を占めてしまう、と思ったからよ。そうすると全面的な衝突に発展してしまう。そうなったらお互いに酷い事になってしまう。だから、彼らを助けなくちゃいけない。実有はそう判断したのよ」


「でも……」


 重苦しい空気を感じる。向こうもそう感じているだろう。少し乱してみるか……


「向こうにも言い分はあるはずよ。ここ最近の私たちの被害の多さは、実有が招いたもの。彼らはそう言いたいはずよ」


「どういうこと?」


 不滅が答えた。

「お前たちのオーナーは、俺たちの領域で人を襲っていた。鋼鉄派の科学力でも解明不可能な技で傷をつけてきた。襲われた奴等の中には後遺症に悩まされるものもいる、まだ昏睡状態の者もいる。こっちも怯えて当然だろう?」


「それは、あんた達が私たちを攻撃してきたからでしょう!?」


「元々はそっちが!」


 ここで私は咳払い。


「オッケー! そこまで」


「オッケーって……何がですか?」


「いや、その、私にとってはこれくらいの応酬が丁度いいと思って……ごめん」


「「……」」


 みんなはまた沈黙した。わからないだろうね。この感覚。





―――――//

 だから、あのトラップ大佐の子供たちも言ってたじゃない。何で悪さをするのかって聞かれて、「お父様の気を惹くため」って。そこまではっきり言っても気付かないなら、他にどうしろって……

//―――――




「それで、あんた達は、その、どうすればいいわけ?」

「……どうすればって?」

「だから、その、手当よ。そんな姿を見せられちゃ落ち着かないわよ。でも、私たちが触れないんじゃ、やりようがないじゃない。どうすればいいの?」

「ああ、すまないな。俺たちの体は自己修復機能があるから、このまま休ませてもらえればありがたい。ただ、ちょっと喉が渇いた……」

「……あとで、お金貰うからね」

「悪いな……」

 店の中が少し暖かくなった気がする。みんなの表情も緩んだようだ。





―――――//

 そりゃ、私だってアメリみたいになりたいけどさ、それだけじゃやっていけないよ。影から助けられればいいけど、きっと酷い事もやっちゃうんだよ。だから、そんな思いと戦いながら、話し合いながら、いろいろと……

//―――――





「ところで、それはこの店の制服なのか? ずいぶんと妙な――」

「うるさいわね! これはコスプレよ!」

「コスプレ? そんな恰好じゃ動きづらそうだが?」

「他にこういうのをやらせてくれる……じゃない……他にやってる店がないからパイオニアになったのよ! これこそイノヴェーションなの!」

「へえぇ」





―――――//

 中々踏み込めないのは辛いけど、だってしょうがないじゃん。上手く出来ないし、相手のことを考えろってさんざん言われてきたし。まるであれだよ。あの、七つの大罪のあれ。法律は弱者を守るためのもののはずなのに、犯罪者が身を守るために使っちゃたり、警察がうまく踏み込めなくなったり……

//―――――




「もしかして、この辺り電気が来てないのか?」

「よくわかるわね。まあ、来ているようにカムフラージュを少しやってるんだけど……なんでわかったの?」

「何というか……勘だ。そんな気がした」

「ふぅん」

「で、この辺りのインフラはどうやって動いているんだ? 人力じゃ不可能だろう?」

「企業秘密」





―――――//

 時々聞く、セリフのあれこれだけど……ほら、あれ。「青島、あの事件はお前の事件なんだよ。お前は運転手をやった。俺は聞き込みの道案内をした。それも刑事の仕事だ」みたいなの。違ったっけ? でも、あんな感じのに時々ほっとしたり、突っ込みを入れてみたり……

//―――――





 店の奥が少し騒がしくなった。何だろう?

「ちょっと聞くけど、あんた達、今日精霊に酷いことしてない?」

「……デュラハンを一体倒した」

 奥の方がさらに騒がしくなる。

「ちょっと待ってて」

 ヴェロニカが店の奥の扉を開け、しばらくしてから何かを持って戻って来た。

「何だこれ?」

 不滅が見つめる先にはボロボロになった人形のようなものがある。

「フィギュアよ。オーナーはこれを基にして精霊を『召喚』しているの。もちろん私たちが全部知ってるわけじゃないけど。力の一部になっているのは事実よ。で、倒されるとこうなる。最近、壊れる量が多くて制作陣の怒りが増してるのよ。その制作陣の一人が、今奥の方に居るわけ」

「……それは、まずそうだな」

「お互いにね」





―――――//

 つまりさ、ひどい扱いでボロボロにされたアレックスも『治った』って言われた後、少しだけ笑うよね? だから、彼も湧き上がってくる衝動を抑えられなくて暴力を振るってしまう事に苦しんでいたんじゃないかな? だって、大人たちはどうすればいいか教えてくれないし、そもそも知らない。というか、知ろうとしていない。子供たちのことを見ていないわけで……

//―――――







「とにかく、冷静にね。あの、触るとまずいから――」


「すまなかった……でも、俺たちもそいつに――」


「何で日本に呼び出すものが西洋風なんだね? 日本にもいろいろ――」


「みんな、その方がカッコいいって――」


「でも、最近は日本やアジア風のも流行ってて――」


「オーナーの精神に負担をかけてはまずいから、まずは作品の概要を――」


「突っ込まれると説明できない所がたくさん――」






―――――//

 こういうことだったのかな……私が強くなれば襲ってくるものも強くなる。心の中での戦いだとしても『影』は力をつけて戦法を変えてくる。ある程度自分を保てるようになったら『影』のこともよく観てみると新しいやり方も見えるのか……。まあ、そんな感じでやってきたところはある。あのヴィクトール・フランクルって人のやり方もそんな風にとれたし……。名前を呼んだら『影』が戻って来ることもあるようだし……

//―――――




「あの……」

 実有の居る部屋からブラックバードが出て来た。みんな一斉に静まり彼女の方を見る。

「もう大丈夫みたいです。体の方は大変だけど。それで二人に来てほしいそうです」

 ブラックバードはヴェロニカと不滅を手で指し示す。

「あ、うん。行く。でも、なんでこいつを?」

 ヴェロニカが不滅を睨みつける。せっかくいい感じになったのに……

「その、影との戦いの一部ということで……」

 二人は首をかしげながら部屋に向かった。実有ならそんな風に言いそうだね。

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