第20話 考えることと言ったら、ぶっ裂くことだけで

Night Side

 ブラックバードが出て行く。

 それから少し経って二人が入って来た。雪本不滅と――


「あ、色々ありがとう。蓮子さ――」

「ヴェロニカです!」

「あ、うん。ヴェロニカ」

「それで、私はともかく、なんでこの人を?」


 ギロリと視線を隣に向ける。


「うん。一緒に聞いてもらうのがいいと思って。それに何だか嫌な感じがしないから、きっとこの判断は良かったと思う」


 二人には座ってもらった。


「その前に、一つだけ聞きたいんだけど」

「俺か?」

「そう」

「何だ?」

「あなたは、あの子に何か覚えはない? ブラックバードについて」


 不滅は一瞬扉を見て私に向き直る。


「いや、ない。デュラハンのところで初めて会ったが……」

「そう……わかった。ありがとう。それじゃ……」


 私は一度深呼吸した。




「これから、私が話すことは今の私が思う事なんだ。そこから過去のことも話してみる。だからきつい展開があっても、今の私にとってはそれも必要だったって思うんだ。だから聞いて欲しい。




 私はある男に連れられて世界を回った。そしてその男から逃げて世界をさまよった。一人でね。


 一人になってすごく困ったし、戸惑ったよ。どうやって生きればいいかわからない。何をすればいいかもわからなかった。


 でも、人間お腹は空くからさ。どうにか飢えを満たそうと思った。わかると思うけど、酷い事をやって来たんだ。私は。


 でも、その時気付いたんだ。私は自分で何かをやってもいいんだ、ってことに。変だよね。そんなことくらいずっとわかっていたはずなのに。


 少しの間、その変な感じがずっと頭の中にあった。それでも、やっぱりお腹は空くから同じことをやり続けた。


 ある時気付いた。私は自分の行動を認められた事が無かった。それどころか、自分で何かをやってもいい、ということを知らなかったんだ。自分で考え、声や言葉にして伝える。それを許してもらえなかった。


 まあ、わからないかもしれない。私が伝えていることも正確じゃないかもしれない。でも、本当にそう思ったし、今もそうだったと思ってる。


 そして思った。悟ったって言葉があっているのかもしれない。ただ、その言葉を使うのはちょっと、恐れ多くてね。


 それは『自分を助けられるのは自分だけ』。ということ。そして、誰かに認められることは生きていくうえで必要なことだけど、まずは自分で自分を認めなくちゃいけない。そういうことかな。そして、私はそれをやってもいい。それは私にしかできない。だから、今の自分を認めよう。酷い事をやってしまっているけど、それをやっている私を認める。それをやったら、少し不思議なことが起きたんだ。


 自分がやっていることを認めると、心の何処かが軽くなった。そこから始めてみると、色々と上手く考えられるようになったんだ。それからは、自分を中心にして考えることができるようになった。


 それまでは、自分がこういう状態になっているのは誰かのせいなんだ。っていう考えで頭がいっぱいだった。だから、私がこうするのはそいつらの責任。私は悪くない。そんな感じで、やることがどんどん酷くなっていった。まあ、実際誰かの責任ではあるんだけどね。でも、私の思うところそれはどんなに大きくなっても50%を超えることはなくて、もう半分は私の責任なんだよ。いつでも、どこでもね。


 それに気付くことが出来たのは『何か』のおかげなんだ。曖昧でごめんね。でも『何か』としか言えないんだ。そして確信したんだ。それはいつも居てくれた。時々語り掛けてくれた。「聞いていますか?」ってね。


 それから、徐々にやりかたを変えて生き延びていた。幾つかの国や街を渡り歩いて仕事をしてみた。私は社会生活というものが苦手な方だと思ってた。でも、結構役に立ってたみたいなんだ。仕事に見合った賃金や報酬を貰えた。そしてお礼の言葉も言ってもらえた。「ありがとう」って。


 それを聞いた時、私の胸になんだかこう、じーんとくるものがあってさ。すごく良い気分だった。戸惑ったんだよ。なんだろうこれって感じで。で、気付いたんだ。私は今まで生きてきた間に、その言葉をほとんどかけてもらえなかったんだ、って。


 嬉しさが溢れると同時に、なんだかどろどろとしたものが沸き上がって来た。きっとそれまでに出会った人たちへの恨みじゃないかな。私は、それを外へ出せないと思った。今、溢れさせてしまってはいけないと思ったんだ。


 それらと格闘した結果出来上がったのが『鈍いナイフ』。私の『衝動』をそれに込めた。そして、私がそれを認めつつ抑える。そうやって私はやってきたんだ。で、どうにか生きてこの街へたどり着けた。


 自分の家を持てたから、少し安心して街を歩けた。街は様変わりしていたけど、苦しい思いをしている人たちが見えた。昔の私を見ているようだった。だから、その人たち、子どもも多かったけど、みんなに安心できる場所を持ってほしいと思った。それで、みんなと一緒に作ったのがこのヘイヴンなんだ。


 私を支えてくれた『何か』だけど、きっとそれは私が好きだった物語や、歌の中にあったんじゃないかと思ったんだ。だから、私と同じようなものが好きな人たちを集めて一緒に遊んでいられる場所が欲しかった。


 少し前の言葉で『中二病』っていうのがあったみたいだけどね。私にとってはそれが凄く大事なものだって確信したんだ。


 これは持論だけどね。日本は宗教色が薄いよね。信仰心って言うのもちょっと見えづらい。私が見てきたこの国の歴史を考えると『中二病』っていうのは辛い時に支えるものを見出せなかった若者や子供たちが、自分たちで作り出した宗教みたいなものなんだよ。勘違いされると大変なことになっちゃうから、口に出せなかったんだ。


 明治維新からしばらく経って、宗教や生き方の多様性が奪われていった。それから昭和の時代まで徐々にそれが強まっていく。敗戦でそれまで信じていたある種の『信仰』や武士道が失われていく。それから必死に歩んできた人々は『ゆとり』を失う。がむしゃらに進み経済成長という成果に喜びさらに進んでいく。しだいに『恥』も失う。積み重ねてきた経済成長を失った人々は『自信』を失う。それぞれの世代で置き去りにされてきたのが子供たち。子供たちは大人に話を聞いて欲しかった。振り向いてほしかった。いずれの世代もそれを見落としてきた。


 そして子供たちは自らの『衝動』を押さえきれず動き出す。酷い事もたくさんあった。そんな中、自分たちのための楽しみを見つけ、自分たちでそれを進化させてきた。そして、それを自分たちのためにより楽しいものにしようとする。いつしかそれが『クール・ジャパン』なんて呼ばれて巨大な産業になった。その呼び方、私はあんまり好きじゃないんだけどね。


 これって、すごい事なんだよ。そりゃ、全部が全部平和的だったってわけじゃないけどね。問題もあったけど、自分たちでどうにかしようっていう動きが多かったんだ。みんな自分の好きなものが無くなってしまうのは嫌だったろうから。


 だから、それが私を支えた大事なもの。私の中の『何か』だと確信した。だから、こういう場所を作りたいと思ったんだ。


 この辺りで最初に出会ったヴェロニカに相談に乗ってもらって構想を実現していった。と言っても私は、私に許されたお金を投資するくらいで、後はみんなと遊ぶくらい。時々危ない事があったら、ちょっと前に出てじっくり話してみるとか、あたまをコツン、くらい。私、憧れてたんだよ。あの『ライ麦畑のキャッチャー』。それをやってる感じがして嬉しかったのもあってね。


 みんなと遊ぶ時に使う隠語が『アルテマ』。ウルトラ・メディア・フェスティバル。ああ、そういえばこの前のも参加できなかったね。ごめんね。


 長くなっちゃった。聞いてるのも疲れちゃうよね。はは……」



 こんなに話したのは初めてかもしれない。二人ともうつむいちゃったよ。



 ドアがノックされた。ヴェロニカが扉に向かい応対する。しばらく話してから私たちの許へ来た。


「誰か来たみたい。なんだか大きな機材を持ってきてる。それを運び込ませてほしいって言ってる。渡良瀬さんっていうらしいけど、知ってます?」


 え…? 何でここに……えーと……


「うん、知り合い。でも、その人も一応鋼鉄派だから色々と気を付けないと――」

「あ、その辺は話してくれました。いつもなら門前払いだけど、オーナーの事を知ってるような感じだったし、この状況だし、ちょっと聞いてみようと思って」

「あ、そうなんだ……うん、じゃあ通してくれないかな。お願い」

「わかりました」


 そう言ってヴェロニカは出て行く。しばらくしたら戻って来た。何だろう?


「えーと、機材を一階に置いたらそれでよかったみたい。それでオーナーの傍にこれを置かせてほしいって」


 そう言って近くにあったテーブルの上に何かを置いた。ノート型パソコンのようなものだ。今、開かれて画面に何か写っている。


「これは!」


 不滅が画面を見て驚いた。


「どうしたの?」

「この、この名前」


 名前? 画面には文字が出ている。文字は……


 Salt_BTI


 となっている。


「こいつは、つまりこいつは……お前たちを襲わせている……そうだな、スポンサーだ。何でこいつが?」


 へえ。どういうことかな。

 でも、渡良瀬さんが持ってきたってことは、きっと大丈夫。


「私、話してみるよ。でも、今はキーボードを打つのは難しいかな。それにもう、ずいぶん長い間触ってないし……」


 すると画面に新しく文字が現れた。


/そのまま話してもらって大丈夫だ。ディープ・スパイダーに頼んでにそちらの音を拾わせてもらっている。


/もしもお前たちに損害を与えるようなことになったら、俺への請求が増す。それがアイアン・インゲルに支払われる。


「なるほど。わかったよ」

 私は上半身を起こして画面と向き合った。


「それで、あの雪本さん?」

「ああ、俺か?」

「えーと、下に居る渡良瀬さんが話があるって。だから、あなたはこっちに来てくれない?」

 不滅は私と画面を交互に見て、ヴェロニカに答える。

「わかった行こう」

 そう言って二人は部屋から出て行く。

 私は画面に向かって言った。


「もしかしてそれ、『藍より青し』って言いたいの?」

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