第12話 精神病患者がちゃんとした順番で音を弾いたことなんてある?

Day Side


 毒喰派の戦力が一気に増した。これほどの力を隠していたとは信じがたい。だが、現実に起きている以上信じるしかない。奴らは俺たちの装備を確保し、それを自分たちでも使えるように改造したようだ。これで俺たちも戦力を増強しなければならなくなった。どうやら奴らの力が増すのに合わせてブローグ・ヒャータを作る量も増えているようだ。こちらの被害も多いが、奴らの『工場』の数も増えている。セキュリティにかける力を分散せねばならないようだ。俺たちが確保できる量も増えていった。


 ある日、俺はブルワ・ザン・インディゴのトップと再び話すことになった。例のモニターで、だ。



 /『工場』を一つ確保したい。人も設備も丸ごと。

「奴らも警戒を強めている。簡単にはいかないぜ」


 /機動歩兵部隊と装甲車部隊を用意した。お前にも参加してもらいたい。

「……そいつらの装備は、例のもので作られたのか?」

 /その通りだ。

「わかった。だが、俺は何をすればいい?」

 /『工場』を制圧する作戦の指揮を執ってもらいたい。援護する部隊にはレナードを配置する。

「……いいだろう」



 俺は依頼を受けた。どうにか生成方法を暴き出せれば毒喰派を圧倒できるだろう。そうすれば交渉になっても俺たちが優位に立てる。それで鋼鉄派の安全が守れるならそれでいい。俺は作戦に向けて準備を進めた。



Salt Side


 上手く行きそうで上手く行かない状況が続く。どこか間違っているのか。それに、懐柔した住人たちを動かしたことでわかったことがある。この街の強さの秘密だ。毒喰派の存在だけではない。あのディープ・スパイダーという組織だ。


 最初に知った時から、どうも統制が取れているとは言い難い状況だった。時間はかかっても、徐々に侵食しつつ俺がコントロールを奪えると思っていた。だが違った。


 統制が取れていない理由の一つは、もともと統制を取ろうとしていないのだ。それぞれのエリアに根を張るものの、そこから先はそのエリアを仕切る者に丸投げだ。結果、ディープ・スパイダー本体よりも各々のエリアに重点が置かれる。ボスは存在している筈だが、上手く線が繋がらない。おそらく、俺が一つのエリアを乗っ取れたとしてもディープ・スパイダーは動じない。奴らは独立しつつ連携し俺を潰しにかかるだろう。


 考えてみれば、あまりにも良く出来た状況だ。アメリカ合衆国の州と連邦制、それと徳川幕府の幕藩体制のいいとこどりじゃないだろうか。


 こんなに狭い土地で、と思い始めるが……もしも、この状況を誰かが望んだとしたら。そう考えると恐ろしくなる。


 その『誰か』は知っている。人間はどんなに狭い土地でも、少ない人数でも、他人との違いを見出し自己を確立しようとする。


 性別、体格、言葉、肌の色、広い世界では違う事にすら気付かなかったものが目立ち始める。突き詰めていけば遺伝子レベルで違いを見出し、敵対心を芽生えさせる。この状況を作った者がいるとすれば、そいつは人間の特性を知り、あらかじめ所属する場所と敵対する相手を作っておき、それぞれのエリアの安定を保ち、尚且つ個人の安全を確保する仕掛けを施したことになる。


 それでも悲劇は多かった。だが、もしも、これが最良の結果だとしたら、どうか?


 法も正義もそれだけでは人を救えない。人の行動の先には更なる違いがあり、予測不能の、よく言えば無限の可能性へ広がる。救えなかった者たちを支えるディープ・スパイダー、それらが繋ぐネットワーク。表の世界には警察の『越境捜査官』がいる。それぞれが自分の為に力をつけ、磨いていく。


 歴史を見れば『出る杭は打たれる』という状況は頻繁にあった。突出した存在は危険と判断され、力を奪われるか潰される。だが、この街に関して言えば世界全体が『優しい忘却』とやらで静観している。結果、力の差は大きく開いた。


 日本政府も大規模な改革を成功させておきながら成果を強調しない。そして、この街の知事がという状況も全く報じられない。


 俺の介入は俺の意志だろうか? それとも誰かの? こんなことは考えたくない。俺のための行為と信じるのみ。



Marine Side


 この一か月はみんな興奮しっぱなしだ。自分たちに宿った新しい力とそれを試してみたい欲求が合わさってエネルギーに満ちている。ハンターたちも警察の部隊も自信に溢れている。だが、これはまずいんだ。


 それなりに長く生きて来た。だから知っている。このままいくと自分たちの力を盲信するあまり、他を弱いと決めてしまう。その果てに起こる様々なことは歴史に刻まれている。お互いの力を高めつつ『抑止力』となるものが必要だ。


 ひょっとしたらあの娘は、そのことを解っていたんじゃないか? 自ら憎まれ役を買っていたのでは? だが、考え過ぎだろう。何にしても、そこまで頭が回るというのはよくない。ただぶつかり合うことも必要だろう。


 部隊は強力。あの雪本不滅という男も信頼を置かれている。これで工場はどうにか奪えるだろう。そこから先は、その時考えるよりほかにない。

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