第11話 実は、人と一緒にいることを必要としていた

Day Side


 俺は持ち帰った情報を渡した。目標は仕留められなかったが報酬を貰う事が出来た。その後、新たな依頼が来た。俺に鋼鉄派の装備を整える手伝いをして欲しい、というものだ。俺は快諾した。つまり、この前の弾丸や眼鏡、デコイや煙幕の類に関して知ることが出来、尚且つ、新たな装備を俺が作り出せるわけだ。


 だが、箱を開けてみればまたその中にブラックボックスがあったようなものだった。レナードから渡された装備は、例のブローグ・ヒャータを俺たちの装備の製造過程に混ぜただけで作り出されたのだった。溶かしたり、粉末状にしたり。とにかく、ブローグ・ヒャータというのは、とてつもない可能性を秘めた素材であり、恐ろしほどの適応力を発揮する素材だった。俺たちの装備は強化され、その使い方も検討されて行く。素材の謎は深まるばかりだ。そして、この素材は俺たちにとって、あまりにも扱いやすい。まるで俺たちの意志を理解して装備に溶け込み、更に俺たちに語り掛けるようだった。


 俺に疑問が生まれる。毒喰派の攻撃兵が鬼卿だけだったとして、何故これほどのものを使わなかったのか? 毒喰派にも銃や無反動砲、防弾装備は存在するはずだ。ブローグ・ヒャータでそれらを毒喰派向けにカスタマイズすることだってできたはず。何故やらなかった? 未だ知りえぬ謎があるのか、それとも、俺たちがブローグ・ヒャータを手に入れることすら奴の手の内なのか? とにかく今はこのまま進むしかないな。


 今のところブローグ・ヒャータを俺たちが作り出すことは出来ない。鋼鉄派の科学者たちが全力で解明に当たっているらしいが、まるでわからないそうだ。俺たちの装備や技術が変わっていくと同時にブローグ・ヒャータの需要は増していく。大幅に。俺たちは毒喰派の領域に潜入し、ブローグ・ヒャータを奪わなくてはならない。そして生成方法を暴き出さなくてはならない。だが、嫌な感じだ。どこかで見たり聞いたりしたようなものが蘇る。


 電子機器を製造する際に必要とされた『レアメタル』『レアアース』の争奪戦。エネルギーを生み出し、兵器を稼働させるための『石油』の争奪戦。そして核兵器を作るために必要だった『ウラン』の争奪戦。その後に生じる悲惨な残り香。俺のやろうとしていることは、その悲劇をこの街に呼び込んでしまうんじゃないだろうか? 俺はこの街が好きなんだよ。そして毒喰派の奴らもな。どうすればいいんだろうな。


 俺は鋼鉄派のハンター、警官、どちらの仕事もこなしていく。今回の件で鋼鉄派の縄張り意識は相当に緩和された。元々慣れあいの感覚は強かったが、敵の脅威レベルが上がったこと、そして共通の目標が出来た事で結びつきが強くなった。越境捜査官だったこともあり、俺が仲介役となってそれぞれのエリアの行き来がしやすくなった。この調子で行けば毒喰派を圧倒できるだろう。連携を強めながら毒喰派エリアへの潜入任務を増強していった。


 情報を基にさらに多くの『工場』の場所を割り出し、そこへ仲間を送り込んだが、ほぼ壊滅してしまった。僅かに生き残った者たちから話を聞き状況を再現してみる。奴らは俺たちが工場を狙ってくると読んでいた。そこへ導く餌を撒き、俺たちが入り込んだところで一網打尽。完全に向こうの読み勝ちだ。俺でもそうした。手にした力に舞い上がり、警戒を怠った。俺のミスだ。この報いは必ずする。待ってろよ、鬼卿。



Night Side


 工場の事はどうにか守れた。元々、移動を頻繁に行う環境にしていた。だから餌を撒くのも、罠を設置するのも容易だった。


 毒喰派の人間は体質のこともあって、コンピュータを扱いづらい。外の世界や鋼鉄派の者たちとは技術水準とそれを扱うスキルの差が大幅に開いている。それ故に直接の結びつきが強い。私はそこを頼りにして工場を設置し、秘密を守ってもらっている。みんなの結びつきを精霊たちで支援し、徐々に強化していく。この戦法で今回も乗り切ることが出来た。捕えた鋼鉄派の者たちはハドソンに引き渡した。彼はその後の事を私には知らせなかった。いつもの事だ。私がそこに関わることをかたくなに拒む。私はそこに甘えている。


 『工場』でブローグ・ヒャータを生成する過程はものすごく単純だ。私が各精霊に対応する『種』を『素材』に混ぜてしばらく見守ってもらうというものだ。だから『工場』の設備はとても少ない。保管のセキュリティを強化すれば今後はしのげるだろう。その『素材』と『種』を生み出すのは、エリア9の地下にある『秘密の部屋』。そこが本当の工場だ。


 精霊たちに鋼鉄派の装備を与える。これは苦渋の決断だった。彼らが苦しむ姿が想像できた。だが、実際には違った。痛みや苦しみは示された。彼らにも、私にも。だが、時間と共にそれは薄くなり、今ではもうほとんど感じなかった。どういう事かはわからない。私自身が直接触れると、いつも通りの拒絶反応が起きた。疑問を払拭すべく、精霊たちと一緒に実験を繰り返していく。どうにかわかったことは、精霊たちが鋼鉄派の装備を持つと、それは徐々に毒喰派に適応したものとなり、ある程度その状態を継続すると毒喰派の者たち、そして私が触れることが出来るようになる、というものだった。意外な発見。そして戦力。奴らが手にするのが『魔術的科学力』なら、私たちは『科学的魔力』を手にしたわけだ。


 だが、何かがひっかかる。上手くはまりすぎているような気がする。何者かが仕組んでいるのではないか? だが、奴らは攻撃の手を止めないだろう。私たちも手にした力と共に進むほかない。私は毒喰派の一部に精霊たちの存在を明かし、鋼鉄派の領域に存在するガーゴイルに与えるブローグ・ヒャータを増産することを決めた。これでしばらくは対抗できるだろう。


 ある時私は、ルドビコ、ブラックバードと共に街を駆けまわった。そして三人で語り合っていた。


「この街の状態って、似てるね、冷戦に」


 ブラックバードが言う。私は驚いた。


「冷戦って……その歳で、そんなことを知っているなんて、あなた一体どういう……いや、それがわからないんだったね。えーと、まあ、とにかくそれは言えていると思う」

「そして、それぞれがお互いの主義を持ちつつ、相手の力を盗み、自分たちのものとする。まったく、その通りだと思うよ」


 ルドビコも言った。


「二人とも辛そう。でも、冷戦の時代には生まれていないよね。どうしてそんなに辛そうな顔をするの?」


 この子は鋭い。この感覚を持つのはきっと、彼女も大変な思いをしたからだろう。どうしよう。答えようかな?


「話してもいいんじゃない? この子なら」

「うん」


 私は話すことにした。


「私たちは言ってみれば『実験』の犠牲者なんだ」

「実験って?」

「うん。ルドビコはね、イングソックのプロメテウスに作られた、その、あの、怪物なんだ」

「いんぐ……そっく……それは、あの『一九八四年』の?」

「あなた……あんな本を読んでたの? もうちょっと明るいのを読んだ方が良いって。まあ、その通りだよ。『イギリスの社会主義』の中で生まれた欲望の収束点。そこで、ルドビコは人としてのあらゆるものを奪われ、継ぎ接ぎされて、再び世に放たれた。そして、精霊と話せるようになった。代償は、大きかった」

「……時計じかけの……」

「……そう言う事、でもね、それがわかるのはダメだよ……

「……実有は?」

「私はジェイキャップのプロメテウスに作られた怪物」

「じぇい……きゃっぷ……?」

「これは私の作った言葉。『日本の資本主義』の収束点。そこで私は、彼女と同じ道を辿った。違うものが混ざり合い、それぞれ別の道を進むはずだった。それが結果として同じ苦しみを生み出し、怪物を生み出し、出会った」


 私たちは沈黙した。



 その日は、そのまま三人で話しながら過ごしていた。

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