第10話 我がガリバーには様々な回路がつながれた

Night Side


 私は異常があったと知らされたポイントへ向かう。着いた頃にはもうルドビコが精霊たちと話をしていた。私は急いで駆け寄る。


「ごめん! 遅くなった」

「うん。大丈夫。でも、ちょっと方針を変えないといけないかも」


 ルドビコは精霊たちの話を解説してくれた。

 『光喰』を纏って肉眼では見えない筈の精霊たち。だが、鋼鉄派の連中はそれを捉える術を得たようだ。上空のセイレーンが狙撃された。精霊たちには通常の弾丸ではほとんど効果がない。だが、セイレーンにはダメージがあった。攻撃の手段も得たことになる。まずい展開だ。


「彼らが得た力は、もしかして……」

「あなたのブローグ・ヒャータでしょうね」


 やっぱりか。奴らはブローグ・ヒャータを解析して精霊たちや毒喰派への攻撃手段を得た。あの男がきっかけとなって私の『工場』が立て続けに襲われている。奪われたものも多い。


「ルドビコ、ごめん……私が、私が悪いの……だから……」

「あなたは悪くない。きっといつかはこうなったはず。私があなたの役目を負っていたとしても」

「うん……」

「それで、あなたはこれからどうするの?」

「私もみんなから話を聞きたい」


 そう言って私は精霊たちと話した。セイレーンからは撃たれた状況を聞き、体内にあった弾丸を渡してもらった。慎重に触れたが私に害はないようだ。触れる分には。これを分析してみよう。


 デュラハンからは襲撃者の情報を聞いた。撃たれたことも。それと精霊たちをおびき寄せる『おとり』のようなものを使ったらしい。そしてそれを撃つと煙幕になるようだ。厄介なものを創った。そして車で突撃され『光喰』が剝がされたことも聞いた。これで奴らに精霊たちの存在が知られた。もう隠すことは出来ない。この上での対策を考えないと。



 私は精霊たちから得た情報を記録し、それを渡良瀬さんへ届けて『幻想現実』を作ってもらう事を依頼、それからアイアン・インゲルへ向かい、弾丸を調べることにした。


 アイアン・インゲルの一室。ハドソンが管理する秘密部署。そこで精霊たちに撃ち込まれた弾丸を調べている。この辺りの設備は毒喰派が開発したもの。そして、私が近くに居ても平気なように調整してもらった。でも、ハドソンは私には触らせない。過保護なのか、それとも別の意図があるのか。


 考えを押しのけて私は聞く。


「何かわかった?」

「お前の推論通りだな。ブローグ・ヒャータと同じ成分だ。理屈の上では精霊たちにも効果がある。だが、これほど速く成し遂げるとは驚きだ。俺でさえ出来るようになったのは最近だというのに」

「敵にも科学者として優秀な者がいるのね。そして、そいつも兵士だったか……」


 私は少し沈黙。その後に言った。


「例の計画、進めてもらえない?」

「あれか……いいだろう。だが無茶はするなよ。何かあったらすぐに言え。いいな?」

「わかってるわ。お願いね」


 『例の計画』というのは、精霊たちに鋼鉄派の装備を装着させること。精霊たちを顕現させる力は私の力と繋がっている。みんなが鋼鉄派の装備を持てば本来の力と合わさって物理的な力は増すだろう。そして鋼鉄派が手にするであろう『魔術的科学力』にも対抗できるはず。だがそれらは私にとっての『重り』となる。肉体的にも精神的にも重荷となって私に圧しかかる。だが、覚悟の上だ。徐々に慣らしていけば耐えられるものも増えるかもしれない。


 ルドビコにもこのことを話した。彼女は鋼鉄派の襲撃から私たちを守ってくれていた。彼女自身の『仕事』としてこの街を守っていた。この決断は私だけでなく、ルドビコにもダメージを与えてしまうだろう。私はルドビコの助けとなる決意を一層強くして計画を進めた。



Joy Side


 私は実有の居ない時を狙って彼女の屋敷を尋ねる。ブラックスターから降り、呼び鈴を鳴らした。フリードは私を迎え入れてくれる。私は言葉を吐き出そうと思うが喉の辺りでつっかえてしまう。しばらくそれを繰り返していると、フリードから話してくれた。


「話すべき時が来たようですね」

「……ええ」


 その通りだ。でも、私はまだ戸惑ってしまう。いや、逃げているんだ。それでも、それがわかっても踏み出せない。


「持てる者は失うことを知り、幸せは苦しみを知る」

「ええ」

「私を彼女だと思って話してみてはどうです。何らかの行動で考えが変わることもあるのでは?」

「……うん」


 そのままフリードは黙った。私は、呼吸を意識してから話す。


「私は……私は、実有と同じ力がある。でも……」

「でも?」

「でも、実有と比べて、とても弱い」

「……はい」

「私が『精霊』として形にできたものは、ブラックスターとフリードだけ」

「……はい」

「後は、後は全部、実有から学んだもの。そして、盗んだもの」

「……はい」

「実有に会う前に出来たことは境界線エリアで暴れること。今も鋼鉄派の奥深くへは踏み込めない」

「……はい」

「私は……」



 それ以上は言えなかった。でも、フリードは笑って受け入れてくれた。



 私はイングソックのプロメテウスに作られた怪物。そいつらは私をバラバラにして、色々なものとつなぎ合わせ、再びこの世に呼んだ。奴らはあのおぞましいものを実際にやってしまった。私は、あの音楽を嫌悪するようになった。憎むようになった。にもかかわらず、そこから生まれたのがフリード。そして彼に助けられている。


 こんなひどい話はないよ。



Salt Side


 情報を得る毎に思考がぐらつく。どうも毒喰派の領域には異形の怪物が跋扈しているらしい。そいつらは普段、透明なヴェールを纏っており俺たちの目では見ることができないと。信じがたい事だ。だが、鋼鉄派の者たち、ハンターや毒喰派に潜り込んでいるスパイ、そして俺の手の者からも同様の報告があがっている。これは事実だ。受け入れるほかない。


 情報を小出しにして上へ報告した。それが功を奏したのか、強硬手段は思いとどまったようだ。俺はまた生き延びた。


 得られたものはあまりに強力だった。これを上にそのまま渡せば俺を押しのけてでもこの街へ侵攻するだろう。その結果相当なダメージを受けるとしても、ブローグ・ヒャータによって得られる利益の方が遥かに大きい。


 俺は上の連中に気取られぬように注意を払いながら、ブローグ・ヒャータの研究に力を集中させた。その結果、鋼鉄派と俺の部下たちの戦力は増強され、さらに力を増している。


 俺にとっても嬉しい話があった。嬉しい、は不謹慎か。


 例えばブローグ・ヒャータで全身を覆えば、今の俺の体でもこの街、そして毒喰派の領域へ踏み込めるだろう、というものだ。俺の迷いは無くなった。


 毒喰派にはブローグ・ヒャータを生み出す工場のようなものがあるという。それを確保しなければならない。俺は手配を進め、作戦を練る。こんなに力が漲るのは何時ぶりだろうな。

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