第9話 彼らには王族だけの井戸があり、魔法使いの毒薬は撒かれてなかったから
Day Side
境界線エリアは何でもありな状態だ。戦闘や諜報、武器や薬物の売買、情報は溢れ、それに流されれば判断が鈍る。酷い時はそのまま死亡だ。ギリギリ鋼鉄派の領域に居るとはいえ、ビルの屋上に一人というのは危険だと分かっている筈だ。だがレナードは護衛を付けることを拒否し、俺を偵察に向かわせた。それだけ自分の力に自信があるのか、命を投げ捨てるような心持なのか。とにかく俺は自分の仕事に向かう。
レナードはライフルのスコープをカスタマイズした、と言っていた。それで空中に居るであろう『何か』を捉えることが出来るようだ。俺の予測では例の『ブローグ・ヒャータ』の解析が進み、鋼鉄派の兵器に応用できるようになったんだろう。レナードは多くを語らない。徐々に探るしかないだろう。
俺は毒喰派の領域に潜り込んだ。この辺りは鋼鉄派側のエリアと大して変わらない。電子機器の類も存在しているようだ。いざとなれば俺の技術で操作できるかもしれない。停めてある車やバイクなんかも。幸い今この場に人影はない。
レナードから渡された特製の眼鏡を装備し、辺りを見回す。
(大して変わったように見えないが……)
この眼鏡にはレナードのスコープと同じ仕掛けが施されているらしい。これによって俺も『何か』を捉えることが出来るらしいのだが。
視界の端に何かが映った。映ったというよりは表示されたと言った方がいいだろう。この眼鏡の使い方のようだ。幾つか読んで操作してみる。どうやら視界を絞るとセンサーの感度が増して対象を捉えやすくなるらしい。なるほど、良く出来ている。だが、未知の存在にこれでは苦労するだろうな。
俺は眼鏡を操作しつつ、上方を探る。当然地上での潜入もおろそかにできない。こいつは大仕事だ。高額な報酬は妥当だろうな。
しばらく空を見続けていると、あるポイントに妙なものがあった。視界を絞るとそれが強調されて映る。だが、解るのはそこに『何か』がある。というようなもので、それ以上は不明だ。俺はレナードに連絡した。
<ここを見てくれ>
俺の示したポイントをレナードがスコープで狙ったんだろう。返事があった。
<どうやら、それのようだな>
<視界を絞っても殆ど見えないぞ>
<今の我らにはこれが限界だ。もう少し様子を窺って、動きを報告してくれ>
<了解>
俺は偵察を続ける。だが、その『何か』はほとんど動かない。固定されているわけではないようだが、僅かな揺らぎを示しつつずっとその場にとどまっている。これは、空中に置かれた砲台のようなものだろうか? とにかくそのことをレナードに伝えた。
<わかった。今から攻撃する。その際の相手の動きや反応を記録してくれ>
<了解>
もとより全て記録している。俺は対象を見続けた。
パン、と乾いた音がしてから対象に変化が起きた。僅かに見える程度だが明らかに動きが激しくなった。そして空中を移動している。俺はその後を追うことにする。だが、全身に悪寒が走った。嫌な感じだ。何かが来る。そんな予感。俺は観測の度合いを弱め、自分の周囲に注意を払った。
俺は路地裏の物陰に身を潜め、レナードに報告した。
<レナード。何か嫌な感じだ。何か来る気がする。俺は……>
<どうやら、そのようだな。さっきまでお前が居たところに『何か』が向かっているぞ>
<『何か』って……奴等、地上に降りられるのか? 俺を探りに来るだろうか?>
<すでに探しているようだ。そのままだと危ない>
<どうする? 見つかるのを覚悟で鋼鉄派のエリアまで突っ切るか?>
<それが良いと思うが、ちょっと試してみたいことがある。やってもらえないか?>
俺はレナードの提案を実行することにした。報酬のことだけじゃない。何か新しい事がつかめそうだと思った。それで今の自分の状況が良い方向へ行くんじゃないかと思ってしまった。そう感じると、自分を抑えられなくなる。後は適当な理由を心に持って自分を納得させた。
俺は身を潜めるポイントを『何か』がうろついていると思われる通りの近くに変えた。そして僅かに物音をたてる。『何か』の注意が俺へ向く。徐々に近づいてくるのがわかる。そして俺へと『何か』が触れた。俺はそのポイントに置いた特製のデコイを解除した。
そいつが戸惑っていると信じ、少し離れた場所で乗り込んでいた車を『何か』に向けて急発進させた。
車が『何か』にぶつかった。そして弾き飛ばしたのがわかった。ブレーキをかけ、後ろを確認する。
「なんだ、あれは……」
そこに馬車に乗った騎士が居た。だが、それはどう見ても異形の何かだ。騎士には頭が無い。そして馬車を引く馬にも首が無い。そいつは体制を立て直すと、俺に向かって馬車を走らせた。これはまずい。
俺は再び急発進し、加速を続ける。そして、レナードへ通信。
<おい! あれが見えるか!>>
<ああ、見える>
<何なんだあれは!?>
<皆目見当がつかん。とにかくそのままこっちへ向かえ>
<わかった!>
そうしているうちにその首なしの騎士は俺に追いつき、運転席のすぐ横に迫っていた。腰から大ぶりの剣を抜き俺へ向け突き出そうとしている。俺は車で体当たりするがそいつは怯まない。反対に馬車で押し返される。このままだと弾き飛ばされそうだ。まずい、と思った時だ。急にそいつが胸に手を当てた。そして一気に距離が開いた。俺は道の真ん中へルートを戻し、鋼鉄派の領域に向けて走り続ける。
<どうやら、この弾丸の効果はあるらしい。だが、仕留めてはいない>
レナードから通信。ライフルであいつを撃ってくれたらしい。そしてミラーには、あいつが猛烈なスピードで追いかけてくるのがわかる。俺はアクセルを強く踏んだ。
<悪い知らせだ。そいつのようにはっきりは見えないが、『何か』が大勢集まってきている。お前の進路をふさぐつもりかもしれん>
<冗談じゃないぞ! どうすればいい!?>
<さっきのデコイ。まだ持っているか?>
<ああ、ある>>
<それを窓から投げろ。全部>>
俺は作戦開始前にレナードから貰った特製デコイの残りの4つを窓から投げる。そのまま走り続けていると視界が曇った。
<何だ!? 何が起こった!?>
<眼鏡を外せ>
俺は眼鏡を外した。すると外にはいつもと同じような風景。煙幕の類は何も無い。
<お前のデコイを撃った。賭けだったが、これも奴らには効果があるようだ。要検証だな>
<ああ……助かったよ……>
俺はそのまま鋼鉄派の領域に逃げ込んだ。
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